釣った魚、逃した魚

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#20 ハズレの村

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俺の生まれ故郷は、北東の魔の森にほぼ隣接している辺鄙な村だ。
村に名前は無い。

近隣の者達からは『ハズレの村』と呼ばれている。
なぜなら、実質領主による管理下には無いといえるからだ。
領政機関による便宜も無いが、徴税も無い。出生死亡は村長が記録している。

魔の森はちょうど隣接する三国にまたがる。

大抵の場合隣接する国同士は、その国境線を巡って少しでも自国に多くと、領有権を主張し合って揉めたりするものだが、ここに魔の森が横たわっている事で、そのような問題が起きた事は無い。
村を通過する者は、魔の森に魔獣討伐や狩り、希少な薬草や素材を採取するために行き来する冒険者達が殆どだ。

ごく稀に、隣国の騎士などが負傷して現れたりもするが、『ハズレの村』ではどのような風体の者であっても、怪我を負って行き倒れたり、迷い込んできた者には救いの手を差し伸べるのが暗黙の掟だ。

つまりは俺の故郷の村は曖昧な国境線の際に存在している。
国土から見ても『ハズレの村』なのだ。

けれども。
動植物が豊富。しかも雪解け水が流れ込み、村に泉が何カ所もあるおかげで水も潤沢。
土壌自体が肥沃らしく畑なども不作を知らない。野菜も根菜も穀物も家畜も良く育つし増える。
果樹も良く実る。

本当に唯一の難点は魔獣が折に触れ発生する事くらいだ。

危険地帯として領主の管理下から外れているおかげで徴税が無い。

領主からしてみたら、この村がこの村の有りように従って存在していることで、魔獣発生の際には最前線であり、勝手に村人が防波堤の役目を果たす。
果たしきれなかったとしても騎士団を動員するまでの時間稼ぎになる。

現役を退いた冒険者や、怪我や問題を起こし除籍された元騎士、偏屈な魔法使いや、貴族社会の権力闘争から弾き出された元貴族、冤罪で追放された文官などが過半数を占めているせいもあり基本お互いあまり干渉し合わない。
まあ、最低限の近所付き合いはするが。

ただし、魔獣発生の際には決められた役割分担に従って連携する事。
ここに住む義務はそれだけだ。

ただし、冬は豪雪に埋もれてしまう。
雪が溶け始めて春が訪れるのは王都に比べればひと月半以上も遅い。
それでも・・・。いや。
だからこそ。
神子様は逃亡先にこの村を選んでくれた。

『ハズレの村』から領都までは、騎馬で行っても一日かかる。その途中の比較的賑やかな都市ストグミク市に、俺の唯一の肉親である姉の婚家が有る。
俺が騎士団に入る直前に、姉はストグミク市が拠点のそこそこ成功している商会の息子に乞われ結婚した。

姉が無事に嫁いでくれたおかげで、俺は安心して王都の騎士団入りが出来た。
婚家では、美人で働き者の姉は歓迎され、翌年すぐに子宝を授かった事もあり、裕福な商人の奥方として幸せに暮らしている。

ただ、この夏にまた懐妊したという知らせが届いた。これで3人目・・・いや、実は産婆の見立てで今回は双子だろうと言われているらしい。
過去二度、出産の経験はあるが双子という事もあり、酷く出産に向け神経質になっているらしい…というのはその後の手紙にもあった。二人目の出産が、割と難産だったせいもあるのかも知れない、と義兄から伝えられた。

義兄からは、何とか休みを取って姉に会いに来てやって欲しいと誘われていた。
姉が会いたがっているのだと。「もう会えないかも知れないから」なんて縁起でも無い弱音を吐き続けているらしい。

神子様がバルコニーの階段から滑り落ち、養生している間に少しずつ「行った事のある都市」の距離を伸ばしていたとき。
一度途中の大都市から商業ギルドを通じ、神子様から義兄に直接通信を送った事があった。

「マクミランの冒険者の相棒をしているタカという者です」
そう名乗ったらしい。

そこで神子様は絶妙なタイミングで届くよう義兄から俺に対する「帰還請願」を出してくれるよう依頼していた。

その際には、本来は俺のような一代騎士爵のような身分の者は、後宮の側妃の護衛騎士になどならない事、遠征が終わったら、俺が故郷に戻ってその界隈で冒険者として食っていく気で居た事、それなのに、未だ王宮勤めをしているのは、既に王都の権力争いに巻き込まれている故である事、王都の権力争いの手駒にされた騎士爵ごときの身分の者、いずれポイ捨てされる未来しか無い・・・などと語って聞かせ義兄の危機感を煽ったらしい。

義兄も賢い人だから、王都でも王室御用達の大商会の伝手を頼って後ろ盾になって貰い、その請願を提出したらしい。
商売がいくら好調で、最近は王都にも進出しているとは言え、貴族院にも影響力のある商会の後押しが無ければ、受理して貰えるかどうかという不安があったらしい。

あの神子様の、階段滑落事件以来足を伸ばした最も遠い場所は、当初の目的地までは延ばせなかった。

俺は義兄の帰還請願に後押しされ一足先に王宮を出る。

当初一時帰郷のつもりだったが、辞職を申し出る事になった。

そのまま一旦姉に会いに行くが、頃合いを見計らって神子様が最も足を伸ばした都市に、暫く滞在して神子様を待つ。
神子様は、冬の間に巡廻する治癒地から王宮に戻った直後に、姿をくらまし俺と落ち合う。

それが二人で立てた計画のだいたいの筋書きだ。

ひとつ気がかりなのは、神子様が冬の間に回る治癒に俺は同行出来ない。

当然俺が辞職した後、他の騎士が護衛に付くし、冬の間の治癒巡廻もその者が付くだろう。
それは酷く嫌だったが仕方が無い。

グレイモスの神子様へ向ける妙な視線も、もやもやするものは有ったが、それでも彼はこの世界の中では初めて、強引に召喚され一方的な要求を押しつけられるだけの、神子様の立場に思いを馳せてくれた人間だ。

俺はグレイモスに「神子様を頼みます」と告げて辞職の旨を伝えた。

「随分急ですね」

「いえ、義兄からはもう先々月ほど前から、戻って姉を励まして欲しいと打診されてはいたのですが。」

「・・・私は・・・神子様は決してあなたを手放さないと思っていたのですが・・・」
グレイモスは意味深な表情で言った。

「いえ・・・。俺の代わりなど、いくらでも居ますから」
俺は極力清々したような顔を心がけて笑顔で応えた。
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