釣った魚、逃した魚

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#21 帰郷

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辞表が受理され、昔同じ騎士団で世話になった先輩や上司、仲の良かった同僚と挨拶がてら集まって呑んで、ちょっとした送別会的な流れとなり労われた後、俺は帰郷した。

実際に会ってみたら話しに聞いていたより姉はずっと元気で、それでも俺の無事の姿に本当に安堵して歓迎してくれた。

姉の家は、義兄の家族が住む立派な母屋と同じ敷地内に別棟で建っている。
義兄の両親と姉家族が住み、両家族とも仲が良く、日中は両方の子供達が混ざって元気いっぱいに遊ぶ。

数日間はそのチビどもにまとわりつかれ、夕方には一仕事終えた商会の従業員達に王都や王宮の話を訊かれまくり、夜は夜で義兄家族の男衆と酒を酌み交わしながら遠征の話を語らされた。

そして、当の姉は、確かに双子だけあってやけに腹がでかくて、ちょっとした動作もフーフーとしんどそうではあったが「もう会えないかも知れない」なんて言うほど弱ってなど居なかった。
早い話が俺を故郷に呼び戻す方便だったのだ。


これは滞在している間に訊いた話だが。
実は前国王が崩御して現国王が即位してから平民社会でもかなりの影響が出ていたらしい。

商売に関する様々な面で手続きが遅くなった事。増税。特に商人に対する税率の引き上げが厳しかったし、他国との交易に関してもあらゆる面で不自由や余計な費用が増えた。

そんな事もあり、義兄はじめ、姉の婚家である商会は王都での様々な情報を集めていたらしい。

商人の情報ネットワークは実に幅広いし場合によっては新聞などよりも早い。
そして先読みの嗅覚も鋭い。
そんな中で姉も義兄も、できるだけ早く俺を故郷に戻らせた方が良いと感じていたのだと言っていた。

だいぶ遡るが、国土のあちこちで瘴気が発生し魔獣の暴走が散発するようになった頃、度々交通網が混乱し商人達は特に流通方面に大きな打撃を受けた。

各地で物資の供給が遅れ、それによって物価が高騰したり、貴族や富裕層の買い占めが起き、食い詰めた弱者による犯罪なども増えた。

その話は、別れ際の飲み会で市井担当になった元同僚の騎士達からも聞いていた。

神子様を召喚し、王太子主導で浄化と魔獣討伐の遠征が始まったとき、これで楽になると皆が安堵した。
遠征が終わる頃には閉鎖された領道や商道も再開され、流通が次第に戻ってきた。
それでも無論完全再開にはほど遠く、混乱期の余波と戦いながらではあったが。

無責任に商品の値段をつり上げていった悪徳商会に対する暴動とか、とある領の貧困街がより一層酷くなって感染症の元になり、一気に伝播したのに神殿や救護院には物資がまだ回りきって居らず救いたくても救えなかったとか。
経済が停滞した事による失業者の増大とか。
治安が悪化した事で警吏達の意識が雑になり、理不尽で暴力的な取り締まりを受けた者も多くなったとか。諸々。


神子様が召喚され、遠征隊が成果を上げていっていた時、その遠征隊に弟が参加している事を、姉はとても誇りに思ってくれた。義兄にしても、義家族達も喜んでくれた。

だからその後、遠征が終わって神子様が後宮入りし、そのまま俺が神子様付きの護衛騎士になったときなど、涙のシミが付いている祝福の手紙が来たほどだ。

全ては神子様のおかげなのだと。誠心誠意お仕えしろと激励された。

市井の混乱は、正直俺はずっと後宮の護衛騎士だったからあまり実感が無かった。
たまに非番の時に外に出てもだいたい冒険者ギルドの依頼をこなす為に山野に出ていたし。

確かに荒れている様子も見たが、やはり瘴気や魔獣の影響が残っているんだなと漠然と感じてあまり気にとめなかった。
遠征で巡った各地の方がよほど酷かったから。

ただ、そんな中でも王侯貴族達はシーズンだからと、豪勢な茶会やら夜会やらを繰り広げていたことは、商人のネットワークで知れ渡っていた。
それこそどの貴族が、どの程度の額を投じてどう言う規模の宴を開いたのか。

それを催すためにどれ程の買い占めを行ったのか。

遠征隊が王都に帰還して間もなくして、王太子は元々婚約者だった公爵家令嬢を正式に妃と迎え、盛大な成婚の儀式を執り行った。三日三晩続く国家的な行事だった。
ほどなくして前国王崩御、そして新国王の即位の儀が有ったわけだが、このそれぞれの儀式もまた盛大だった。

ただでさえ疲弊していた国内経済がまだ立ち直っていない時に、この規模の式典を立て続けに平然とやってのけ、そして直後にまるでその穴埋めのように発された増税の宣旨。
現国王の経済センスを、又それを断行させてしまう国政の中枢達の政治センスを、シビアな有能商人達が、心の点数表にどう言う評価を下したかは推して知るべしだ。

ただ、その中央の愚かさを、それならばそれとして商機に繋げるのもまた商人脳ではあるが。

義兄はその頃から、更に頻繁に王都や王宮の情報もくまなく集める努力をしたし、それと同時に、以前よりも手続きが面倒になり費用もかさむようになっていても、交易方面に比重を置くようになった。

そして、その頃、国王が神子様を軽んじている噂も耳にしていた。

故郷の領は、義兄が商会を実質取り仕切るようになってから、人口が右肩上がりに増えた。
この領内に関しては物価が安定しているから。交易による物資の安定供給あったればこそだ。
次第に領主の覚えもめでたくなった。

そんな中で、よく義兄は姉に王宮関連の噂を語り、「いっそミランが神子様を攫って逃げてくれば良いのに」などとも言っていた事は、俺が帰郷した際に聞かされた話だ。

「神子様は神殿に籍を移す算段が付いたようだよ」

「それは良かった。絶対その方が良い」
姉も義兄も義家族の一同も、安堵と共に頷いていた。

姉の無事を確認し、暫く義兄宅に滞在したのち、ずっと無人のままになっている『ハズレの村』の我が家を目指し積雪の中の村道を進んだ。

ずっと無人になっていても必ず戻るからと、村長に定期的な掃除を頼んであったから整然とはしていたが、厳しい寒さの中で久し振りに足を踏み入れた我が家は、懐かしい匂いと共に底冷えする寒さに包まれていた。

けれど。
もうすぐ。
もうすぐ神子様をここに迎え入れる事が出来る。
そう考えるだけで胸の奥が熱くなるのを覚えた。
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