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5章 不公平の傍らで
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しおりを挟む随分と過去になった気もするが、一番のやらかしはニックの方で、ロスマンはどちらかと言うと諫めていた側だ。
だが、アイシアやオルガにとっては『やらかした奴』であるニックと仲が良く、一緒に居たという事で同じ扱い…つまり『やらかした奴』と言う認識になってしまったのだろう。
とは言えニック同様、神殿で忘却の施術を受けているので、エリューシア達の事は覚えていないはずだ。
ちなみにメルリナは当時辺境領に居たはずで、当然ながらエリューシア達と面識はなく、その件の事は知らない為、アイシアとオルガの様子にきょとんとしている。
聞けば、髪の一房だけ朱色なのは変わっていないようだ。制服のローブも着用せず、タイだけ首に引っ掛けると言う恰好で、チャラ男具合に磨きがかかっているように思われる。
何にせよ今後はニアミスに注意しなければなるまい。
「そ、そうなのね…」
「何て言うんですかね、あぁいうの…こう、単にチャラいだけならまだしも、頭が下半身に直結してるような輩は死ねばいいと思ってますんで」
テーブルを挟んだ向かい側の男子生徒が、揃って吹き出す。
「メルリナ、流石に見た目だけでそう判断するのは、少し乱暴では…?」
ゲーム内の彼を知っている身からすると、あまり否定出来ないのは確かだが、今のロスマンがゲーム内の彼と同じかどうかはわからない。
エリューシアが困ったように眉尻を下げつつ言うが、当のメルリナは反対に目を吊り上げ握り拳を握っている。
「エリューシアお嬢様の決めつけをしないお優しさ、清廉さ、高潔さはとても素晴らしいです! ですが挨拶が終わった途端、女子生徒に次々声をかけたり、髪や頬に触れようとしたり、挙句手を握ろうとしたりするような輩だったんですよ…絶対下半身が服着てるだけですって!」
魔具の修理を続けることが出来ず、お腹を抱えてゲラゲラ笑っていたギリアンが、浮かんだ涙を拭いながら口を開いた。
「あいつ、留年してもそれなんだ? いやぁ、一貫しすぎてていっそ清々しいわ!」
「有名なんですか?」
話しながらも笑い続けるギリアンに、オルガが低音で訊ねる。
「有名っつっか…」
笑いが収まらず、言葉が続かないギリアンに変わって、ベルクが答えてくれる。
「貴方達の時から変わったけれど、それまでこの学院は勉学の場と言うより出会いの場と言う面が大きかった。
だからコナード殿が特別だった訳ではないのだが、その装い等から目立っていた事は否めない」
オルガがベルクの言葉に考え込み始めた。
きっと、多分、万が一ニアミスした時他の撃退方法なんかを構築しているのだろう…こうなるとオルガは危険が発生したりしない限り、暫く思考の海にダイブしたまま帰ってこなくなるので放置するしかない。
「で、他は…ぁ、そうそう、今年から入学っていう令嬢がいるんですが、これがかなり可愛らしい令嬢で、男子生徒がざわついてますね」
メルリナが何を思い出したのか、苦笑交じりに話す。
「そんなに可愛いんだ?」
ギリアンが魔具の修理を再開しながら、メルリナに聞いてきた。
「私なんかは普段からアイシアお嬢様、あ~それにエリューシアお嬢様なんて最早人外ですからね。それを見慣れてますんで何も感じないんですが、客観的に見ればかなり可愛らしい令嬢だと思いますよ」
「……私、人じゃなくないですわ…」
アイシアがメルリナの言葉に、ちょっと意味が通じそうで通じなさそうな言葉を発しつつ『ぅ…』と涙声を詰まらせた。
慌ててエリューシアが、顔を伏せて涙を堪えているらしいアイシアを覗き込む。
「シアお姉様!!?? ち、違いますッて! メルリナが人外と言ったのは私です、私が人外と言っただけで、シアお姉様の事はお美しいと言ってるだけです!!」
「……な…なん、ですって……エルルが人外…?」
「え? そりゃ人外でしょう? こんな髪が光るような化け物、人と認められなくても仕方ありませんから、私が化け物扱いされるのは当然の事です。
それにこの瞳だってキモくありません? 自分で言うのも何ですが、なんか石かガラスでも刺さってんじゃないかってくらいキモイですよ?」
慌てるあまり、物言いが御令嬢に相応しくない事になってしまったエリューシアだが、それを気にかける事無くアイシアが突然立ち上がり、ぐりんと顔をメルリナに向けた。
メルリナを見つめるその目は、完全に座っている。
「ヒィィィイイィィッ!! ち、違う!! そうじゃなく!!
じ…人外級な美少女っていう意味で、ですからああぁぁぁ!!
エリューシアお嬢様も燃料追加しないで下さいって!!」
メルリナがアイシアの気迫にたじたじになり、椅子から転げ落ちながら弁明すれば、コロッとアイシアが笑顔になった。
「まぁ♪ それなら納得ですわ。
私のエルルは天使か精霊かと思える程可愛いくて美しいのです。だからそう言う意味でなら神にも通じる美しさという事で、その言葉も認めますわ」
「燃料って……事実でしょ? 人とも思えぬ美しさと言うのはシアお姉様にだけ許された言葉で、私はただの人外。どこにも間違い等ありません」
残念な子を見つめる視線が、エリューシアに集中する。
ここまで空気と化していたクリストファが、極上の微笑みで空気を読まずに呟いた。
「うん、エリューシアが最高に美人で可愛い」
クリストファの呟きに、エリューシアは頭を抱えた。
「ギリアン様かベルク様……クリストファ様を保健室にお連れ下さいませんか?」
流石にもう何年も同じ温室で昼食を摂る仲間なので、エリューシアだけでなく皆が名前呼びになってしまっている。全員それを許可済みなので問題はない。
問題はないのだが、クリストファからはいつの間にかなし崩し的に、エリューシアだけ呼び捨てにされていた。女子生徒でアイシアもオルガも未だ『嬢』とつけて呼んでいるのに、ピンポイントで呼び捨てにされているのだ。
まぁ、エリューシアだけ2歳も年下なのだから、構わないと言えば構わないのだが、クリストファが名を口にする度に、アイシアとオルガの目が半眼になってしまう事だけは頂けない。
「そ、それでその令嬢についてはそれだけ?」
何とも居たたまれない空気を払拭するかのように、エリューシアが話題の軌道修正を図った。
「……ぁ、あ~~~そうですね。髪と瞳が特徴的でしたね。少し赤みがかった薄いオレンジ色の髪色で、こう…ふわっふわなんですよ」
そう言って椅子に座り直していたメルリナが、自分の頭で再現するように手を波打たせた。
「へぇ、確かにそんな髪色はこれまで居なかったから目立ちそうだね」
ギリアンの言葉にメルリナが頷く。
「瞳も明るいオレンジ色で「!?」…」
メルリナの言葉を遮るように、エリューシアが息を呑む音が突き刺さる。
(オレンジ色……明るいオレンジ色ですって…?)
聞かされた髪色は違う。
だがその瞳の色には心当たりがあった。
あれは5歳のお披露目会前の事……
エリューシアの為に初めて仕立てたドレスを受け取りに、初めて領都カレンリースの商業区の一角に赴いた時の事……
店を出て直ぐ、扉が開かれた馬車に乗り込むだけと言う、あの短い時間を狙ったような襲撃。
エリューシアの願いで普段より多くの護衛騎士が居たにも拘らず、襲撃者の手はエリューシアに迫った。
当然のように発動した、眩いばかりの光を放ちながらの精霊の反撃で事なきを得たあの時、エリューシアは見えるはずのないモノを見ていた。
通りの奥、辛うじて人がいる事程度しか視認できない距離がありながらも、エリューシアがはっきりと見て取ったモノ…それは……。
―――座り込んだ少女と傍らに立つ男性。
男性の方は帽子を被っており髭と髪が茶色の、コートを着込んだ男性という事しかわからなかった。しかし少女の方は……。
茶色のまるで貧民の様な髪。
汚れてすり切れた衣服。
血が滲んだ素足。
仄暗い陰鬱さと歪んだ欲望が綯い交ぜになった顔。
そして、その纏う空気とは真逆の明るいオレンジ色の瞳。
(あぁ、シモーヌ…なの、ね……やっぱり現れるのね、やっぱり避けられなかったのね)
エリューシアはただ一人、痛みを耐えるかのように胸を押さえた。
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