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5章 不公平の傍らで
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「しまった…」
小さく耳に届いたクリストファの声に、エリューシアは顔を上げる。
ギリアンも不思議に思ったのか『どうした?』と声をかけると、クリストファは少し急ぎ気味に、片づけをしつつ返事をした。
「サキュール先生に呼ばれてたんだった。
ちょっと行ってくるよ」
「ありゃ…資料室?」
「いや、副学院長室」
クリストファの出した単語が予想外で、ギリアンだけでなく皆が目を丸くしている。
「副学院長室? そりゃまた……」
「何だか大仰だな……私も付き合おう」
ベルクまで片付け出したので、慌ててギリアンも追随する。
「ま、待てって、俺も行く」
「昼寝は良いのか?」
「いや、流石に気になるって。サキュール先生の呼び出しなら教員室か資料室が普通だろ? それが副学院長室となれば普通じゃぁない! 何だか面白い事が待ってそうだろうが!」
「はぁ……」
ノリノリで片付けて、当のクリストファより先に温室を出て行くギリアンに、クリストファとベルクが苦笑を浮かべた。
「騒がしくして済まない。また後でね」
クリストファの視線がエリューシアに向けられ、アイシアとオルガがギロリと睨むが、何も返事しないのも申し訳なく思い頷きだけ返せば、クリストファも温室を後にする。
残ったのはアイシア、オルガ、メルリナ、そしてエリューシアのラステリノーア勢だけだ。
「何だったんですかね」
「さぁ?」
慌ただしく出て行った男子生徒を見送ったメルリナが不思議そうに呟けば、オルガが肩を竦める。
残りを食べ終え、いつの間にか思考を終えていたらしいオルガとメルリナが後片付けをしてくれているのを見ながら、エリューシアはメルリナの話に出た令嬢の事を考えていた。
今一度冷静になって考えてみれば、瞳の色に心当たりがあるからと言って、その令嬢がシモーヌであると決めつけるには、情報も何も足りていない。
全くの別人と言う可能性だってあるのだ。
瞳もそうだが髪色にしたって赤だの緑だの、前世では考えられないような色が普通に生まれる。
アイシアも深青だし、エリューシア自身が人外色なのだから、それを思えばオレンジ色くらい然程おかしな色味ではない。攻略対象のニックだって髪色はオレンジ色だった。
ふぅと心を落ち着けるように小さく息を吐いてから、エリューシアはメルリナに顔を向けた。
「…えっと……その令嬢の名前は?」
「ん? あぁ、さっきの? えっとフィータ嬢でしたかね、フィータ・モバロ男爵令嬢」
「え?
……モバロ? 貴族名鑑にそんな御家あったかしら……」
聞き覚えのない家名で、エリューシアは首を傾げる。
「あ~地方で代官をしているとか言ってました。流石にそこまでは把握しきれませんよね」
「それは…そうね」
「地方男爵家の令嬢が態々王都の学院ですか?」
小さく首を傾けてオルガが抑揚なく訊ねると、メルリナが吹き出すように笑って答えた。
「それを言ったらコナード令息だって同じじゃん」
「それはそうですけど、コナード男爵は商会店舗を王都にも置いていますから、地方代官と同じではないでしょう?」
オルガのいう事もわからないではないが、先だってベルクも言っていたように、人脈や婚姻相手を求めている者なら『地元より王都の方が』と考える者が居てもおかしくはない。
ただ、地元で教育を受けるより、どうしても負担金額は多くなってしまうから、『誰でも』『どの家でも』可能と言うものではないが……。
「少ないかもしれないけれど、ベルク様もおっしゃったように、元々出会いを求めてというのが前提にあった学院なのだし、そこまで不自然ではないかもしれないわ。
それでどんな方なの? 『とても可愛らしい令嬢』と言うのはわかったけれど」
そう、エリューシアにとって重要なのは、ソレではない。いや、ソレも情報としては持っておきたい所ではあるのだが、人柄と言うか……本当にシモーヌなのかどうか、判断できる材料が少しでも欲しいのだ。
「どんな……ん~まだ午前中の授業を受けただけですから、さっぱりわかりませんね。あ~男子生徒はざわついてましたけど、彼女本人は騒いだりはしてなかったですよ。今の所はそのくらいですけど、そんなに気になります?」
メルリナの言葉に、エリューシアはぎくりと強張った。
しかし正直に話す訳にもいかない。
いや、この面子なら話しても良いのかもしれないが、前世の記憶だとか言い出す勇気がない。
「ぁ…ぇっと……ほら、男爵令嬢って、ちょっと警戒してしまうと言いますか…」
苦し紛れの言い訳だったが、納得できる言い訳だったようで皆頷いている。
つい、過去に何か物を投げてきた男爵令嬢ことマミカを思い出して口にしてしまったが、未だ行方不明のまま消息のしれない彼女の事は、ずっと心に引っかかっている。同時期に行方不明となり、残念な結果となってしまったチャコットの件とも、繫がりがあるのかどうか等何一つ調べようがないまま、時間だけが過ぎてしまった。
エリューシアはマミカの事を考えて俯いたのだが、皆には落ち込んでいるようにでも見えたらしい。
「あ~確かに…アレに絡まれた経験がエリューシアお嬢様にはありますもんねぇ」
「そうね、その一点で警戒するのは申し訳ないけれど、エルルは実際に被害を被っているのだもの…気になって普通だわ」
「あれは失態でした……弁解の言葉もなく…」
オルガだけ方向が違う気がするが、誤魔化されてくれたのなら何よりだ。
「じゃあちょっと注意しときます」
「うん、お願い」
メルリナの言葉に、エリューシアは頷きながら返事をした。
そうして午後の授業の為に教室に戻ったのだが、もう間もなく午後の授業が始まる時間だと言うのに、クリストファは戻ってきていないようだ。
そして、何故かソキリスとバナンが机に突っ伏していた。
その横でポクルが2人を手で扇いでいる。
「どうしたんです?」
エリューシアとアイシアが首を傾げていたので気を回したのか、オルガがポクルに訊ねた。
ポクルは今も2人を扇ぎながら、苦笑の入り混じった顔を上げる。
「う~ん、何て言うかちょっと食堂でね……」
歯切れの悪い物言いに、今度はオルガも首を捻る。
流石に気になって重ねて問えば、突っ伏していたバナンがぐったりと顔を上げた。
「あ”~、俺、上位棟で良かったわ、マジで……な? ポクルもそう思ったよな?」
「あ、うん、それはね」
さっぱりわからなかったが、促す必要もなくバナンが巻き込まれた一件を話してくれた。
上位棟の教室には、今も通常棟の生徒は入室する事は出来ないが、食堂等の設備は一部使用が許可されている。
無駄に装飾の多い上位棟の校舎は、どういう訳か通常棟生徒に人気があり、お昼にはごった返すのが常だ。
だから、普段はバナン達も教室で食べるのだそうだが、今日はバナンがお弁当を忘れてしまったらしく、食堂でとなったらしい。
だが食堂に入った途端、別の意味でごった返しているのに巻き込まれたと言うのだ。
「いや、もう参った……通常棟の奴ら、なんでかこっちまで遠征してくるだろ? まぁそれは良いんだけど、それが今日は2つに割れて言い合いしててさ」
「と言うと?」
バナンの言葉にエリューシアが合いの手を挟むと、やっと顔を上げたソキリスも口を開いた。
「男子生徒達と女子生徒1名VS女子生徒達だね」
「そうそう、それで食事どころじゃなくて…。
まぁ女子生徒らがキレるのも納得な理由だったんだけどね。
だってさ、婚約者が別の女子生徒に侍ってたらしいのよ。そりゃキレるってもんだろ?」
「「「はい?」」」
流石にエリューシア、アイシア、オルガの声が揃ってしまった。
エリューシアの周りで婚約者が居る者は、メルリナの友人であるミリアーヌ他数名だが、婚約の絡みで退学した者も、4年生にもなればちらほら居たりする。
当然所属人数の多い通常棟の方が、婚約者持ちは多い。
しかしこれまでそんな騒動など聞いた事がない。
1年時には馬鹿リス殿下とその取り巻き他が、色々とやらかしてくれたが、対エリューシアと言う構図で、被害者は一人だけだった。まぁ騒音等で悩まされた生徒は居ただろが、少なくとも多数の生徒が言い合いをするような場面にまで至った事はなかったはずだ。
つまり新たな切っ掛けがあったという事だろう……となれば…。
「今年4年に入ってきた一人の女子生徒に、男子生徒がふらふらと?」
疑問形ではあるが、バナンの言葉にエリューシア達は目を見開いて固まった。
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