異世界転移が決まってる僕、あと十年で生き抜く力を全部そろえる

谷川 雅

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終章 ここに生きる、と決めた日

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その夜、丘の上に二人きりで火を灯した。

 分水国の灯りは遠く、星の方が近く見える。
 風は冷たく、けれど不思議と寒くはなかった。

「……現世に戻る道は、まだ残っている」
 陽介が、確かめるように言った。

 四河峡谷の門は閉じていない。
 呼びかければ、応じる術もある。
 それを知ったうえで――二人は、しばらく黙っていた。

「ねえ」
 紬が静かに口を開く。
「私、もう“戻りたい”って思わなくなってる」

 陽介は驚かなかった。
 むしろ、その言葉が来るのを待っていた気さえした。

「ここで出会った人たちがいて、
 守った国があって、
 次の世代が、ちゃんと歩いてる」

 紬は分水国の方を見た。
「この先も、ここで生きていく未来しか、想像できないの」

 陽介は、小さく息を吐いた。

「……俺も同じだ」

 現世には、確かに未練はある。
 だがそれは、“失ったもの”ではなく、
 きちんと終えた過去だった。

「ここで死ぬ、ってことはさ」
 陽介が言う。
「ここで老いて、
 ここで笑って、
 ここで全部終わらせるってことだ」

「ええ」
 紬は頷いた。
「だからこそ、ちゃんと選びたい」

 二人は視線を交わし、
 言葉を重ねる必要もなく、同時に頷いた。

 翌日。
 二人は誰にも大々的には告げなかった。

 ただ、十人の養子たちと、ほんの近しい者たちだけに伝えた。

「私たちは、ここに残る」
「この国が続く限り、外からではなく、中で見守る」

 驚きはあったが、反対はなかった。
 彼らはもう知っている。
 二人が“去らない”という選択が、
 支配ではなく、信頼から来るものだということを。

 それからの二人は、
 王でも、象徴でもなくなった。

 畑に出て、
 水路を見て、
 若者の相談に乗り、
 ときどき昔話をする――
 この国の、ただの年長者として生きた。

 歴史書には、
「分水国建国期の指導者」
とだけ記される。

 だが民は、こう呼び続けた。

 **「最初に水を分けた人たち」**と。

 季節が巡り、
 国が変わり、
 それでも川は流れる。

 二人はその流れのそばで、
 静かに、確かに、生き続けた。

 帰る場所を選ばず、
 生きる場所を選んだ――
 それが、二人の物語の結末だった。
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