神様の料理番

柊 ハルト

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バターの微笑み

01 ー ジョーカー

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「…私が呪われている、か。誰が呪術をかけたか分かるか?」
「んー…薄っすらと繋がってるのは見える。雑な呪いだね。オニーチャンの魔力でかなり相殺されてるけど、どうする?利子付けて丁寧にお返しすることもできるけど」

 誠がニヤリと笑うと、フレデリクは口角だけを上げて笑い返した。

「ああ。君に危険が無いのなら、ぜひとも頼みたいところだな。…しかしマコト。君は呪術が使えるのか?」
「呪術って、魔法の親戚みたいなもん?俺のはそういうんじゃなくて、純粋な呪い…かな。妖怪ならある程度の奴は使えるし、遠野の妖狐は呪いは得意なんだ。まあ、これはアレクセイには言ってないけど」
「そうか。それを私に先に言って良いのかね?」
「それはオニーチャンだから…かな。もう少し、アンタを信用したいんだよ」
「そうか。それは…嬉しいな」

 そう言って、ふ、と笑う笑い方は、アレクセイと同じだった。
 誠はフレデリクに「少し触るよ」と言ってから、気高き黒豹に纏わりつく、粘ついた薄汚い触手のようなものを払う。そしてそれを掴んだまま力を流すと、触手は誠が握っているところから徐々に消えていった。

「…これで大丈夫。オニーチャン、体の不調は?」
「いや、かなり軽くなった。ありがとう。疲れていただけかと思っていたが、呪いのせいだったのか」

 明かりを絞っているので気が付かなかったが、こうして見るとフレデリクの顔色は良くなっているように思える。
 魔法だが呪術だか何だか知らないが、呪い系統の術は遠野の妖狐が最も得意とするものだ。妖怪は悪戯が仕事だと思われがちだが、呪いも立派な悪戯だ。ただ、その規模が違うだけ。
 だからアレクセイが自分につけた首筋の魔法をひっぺ返すことができたし、その効果を覆うこともできた。あれは大きく分類すると、まじない。つまりは呪いの一種だったからだ。

「俺にまじない関係で勝てる奴は、そうそう居ないと思うよ」
「そうか。君の力は、底しれんな」
「まあ、純粋な"力"だけならね」

 誠はそう言ってから、手の甲から何かを抜き取り、フレデリクに渡した。

「これは?」
「龍の鱗」

 誠は妖狐の姿しか取れないが、半分は諏訪の血が流れている。だから少しなら龍の鱗を出すことができるが、その大きさはギターピック程の大きさしかない。

「小さいが、ドラゴンの鱗に似ているんだな」
「まあね。一応それには加護がある。肌身離さず持ってて。呪いくらいなら弾けるし、何か用事があれば、鱗を握って俺に話しかけてくれれば聞こえるから」
「それは…」

 魔力も誠の纏う力の流れも見えるフレデリクだからこそ、その鱗が纏う力も見えたのだろう。フレデリクは渡された鱗をまじまじと見てから、そっと握った。

「ありがとう、マコト。二枚ということは、一枚はローゼスにか?」
「そう」
「アレクセイにも渡しているのか?」
「いや。アレクセイには、龍玉を渡してるから」
「リュウギョク…ああ、アレクセイが言っていたな」
「聞いてるかもしんないけど、龍玉は俺のツガイの証だ。あと、遠野の始祖の加護がバリバリ働いてるから、呪いなんかはかけようとした奴が即座に自滅する代物だよ」
「…随分、物騒な物に聞こえるんだが」
「物騒だよ。でも、それが遠野なんだ」
「なるほど。ヴォルク家の者のツガイは、こうでなければな」

 フレデリクはニヤリと笑い、ティーポットから紅茶を注いだ。誠はそろそろ帰ると言い、おかわりは丁寧に断った。

「…あ。オニーチャン、ちょっと鱗貸して」
「どうした?」

 誠は先程渡したばかりの鱗を返してもらうと、さっと撫でてからまたフレデリクに渡した。

「…穴?」
「そう。多分、誰も加工できないから。ローゼスとお揃いのペンダントにでもしてくれよ」

 鱗を撫でたのは、小さな穴を開けるためだ。革紐かペンダント用のパーツなら通せるサイズだ。今まで鱗を剥がしたことがなかったので、すっかり失念していたのだ。

「お揃いか。あの子猫ちゃんとのお揃いなら、いくつあっても足りないな」
「だと思った。水に濡れても大丈夫だから、風呂入る時も外すなよ」
「ああ。子猫ちゃんにも言っておこう。しかし…私はとんでもないジョーカーを手に入れたような気がするんだがね」
「…かもね。神には勝てないだろうけど、使い方によっては国崩しも可能かも」
「ほぉ…なら、気を付けないとな」
「オニーチャンなら、正しくジョーカーを使えると思ってる。…あ。オニーチャンに呪いをかけてた奴は、茶髪の猫系獣人。人間の見た目年齢で言うと、四十後半くらいかな。この建物の下の階に居る。…あー…鼠獣人と一緒みたい」

 呪いの痕跡を辿れば、それくらいは見える。直接赴けばもっと正確な情報を手に入れられるのだが、フレデリクはその情報だけで良いと言った。

「その鼠獣人は、多分私の子飼いの者だな」
「さすがオニーチャン。じゃあ、そろそろ帰るよ」

 誠は約束した通り、フレデリクにメレンゲクッキーとビスコッティが入った紙袋をいくつか渡してから席を立った。

「ありがとう、マコト」
「いやいや。笑顔で俺が作ったもん食べてくれるのが、最高のお返しだから」
「そうか。また何かあれば、いつでも来てくれ。私から連絡したい場合は、この鱗を使っても大丈夫か?」
「もちろん。それも兼ねて渡したから。俺もまた、何かあったら来させてもらうよ」

 それじゃあ。と、誠はフレデリクに軽く手を振ると、いつぞやと同じように闇の中に消えて行った。
 別館の厨房に戻り、壁にかかってある時計を確認すると、出る前に寝かせておいたクッキー生地は丁度良い感じになっていた。一時間程フレデリクと話していたことになる。
 誠は血の滲む手の甲を見て、舌打ちをした。

「オニーチャンとアレクセイにバレなきゃ良いんだけど。つーか、思ったよりも時間食ったな。まぁ、今夜は徹夜する予定だったから、しょうがないんだけど」

 片方の手で手の甲を押さえる。傷はすぐに治ったが、鈍い痛みは引かない。肉まで引っこ抜いてはいなかったが、鱗だけでこの痛みだ。逆鱗を抜けば、さぞかし痛いんだろう。
 誠は兄を思い浮かべ、心のなかだけでこっそり合掌していた。
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