神様の料理番

柊 ハルト

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ショコラの接吻

01 ー 亜種

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 走っている途中で、逃げている冒険者のパーティーを見かけた。リーダーらしき人物はアレクセイの制服を見てほっとしたらしく、眉が下がっている。
 詳しい話を聞くと、出現したのはコカトリスの亜種だそうだ。

「石化された者は?」
「俺らの中には居ません。近くに他の冒険者も居なかったから、多分大丈夫なんじゃ無いかと…」
「そうか。冒険者ギルドに連絡は?」

 聞きながらも、アレクセイは周囲を確認している。

「緊急用の信号を飛ばしました」

 緊急用の信号とは、何か異変が起こった時に冒険者ギルドに連絡を飛ばせる魔道具だ。ある程度のレベルになると持たされる魔道具で、誠も先日レベルが上がった時に持たされている。
 アレクセイはそれを聞くと頷き、彼らに「気を付けて避難してくれ」と促した。
 それから数組の冒険者パーティーを見かけ、アレクセイは同じような質問を繰り返しては避難を指示していた。まだ若いパーティーは自分達も戦えるようなことを言っていたが、どう見てもレビ達よりは弱い彼らを連れて行くことはできない。
 少し睨んで「指示に従え」と、アレクセイは魔力を漏らしながら威嚇すると、顔色を悪くした彼らは渋々従っていた。
 そんな余計な時間を喰ってしまったが、元凶に近付くに連れて空気がピリピリとしてくる。それに、鶏に似た鳴き声が聞こえる。かなり近付いている証拠だ。
 アレクセイは走りながら通信の魔道具を取り出し、連絡事項を短く伝えている。ポケットにしまったところで、誠は声をかけた。

「アレクセイ」

 羽ばたきの音が聞こえてくる。

「ああ。近いな」

 速度を落とし、近くの茂みに身を隠した。物語や何かで有名なコカトリスだが、誠が想像した通り、雄鶏とドラゴンと蛇を合わせたような姿が木々の隙間から見えてきた。

「どうする?」

 誠が小声で聞く。アレクセイの戦い方は、何度か見ているので合わせることは簡単だ。
 どちらかというと、誠は鉄砲玉のように突っ込んでいく前衛タイプで、アレクセイは中・後衛もできるオールラウンダーなので、相性は良い。
 問題は、アレクセイが誠を守りたいがために守りに徹してしまうことだ。けれど相手は通常の魔獣とは段違いの強さの亜種だ。一瞬眉を顰めたアレクセイは気持ちを切り替えたのか、騎士団らしく誠を戦力の一つと見たようだ。
 小さな溜息を吐くと、絶対に危ないことはしないでくれと前置きをしてから作戦を伝えてきた。

「相手がしっかりと視認できたら、俺がヤツの足元を氷魔法で固める。誠はその隙に攻撃をしてくれ」
「了解。首、落とすよ」
「ああ。けれどコカトリスのブレスには要注意だ。ブレスは石化の魔法だ。少しでも当たると危ない」
「それは一緒なんだね」

 そう言うと、首を傾げたアレクセイに誠は説明をした。

「向こうの物語に、コカトリスが出てくるんだよ。石化のブレスを吐くのも一緒なんだなーって」
「そうなのか。けれど、戦ったことは…」
「無いね。想像上の生き物だから。でも、俺の故郷には鵺っていう、コカトリスみたいな合成獣が居て、それなら戦ったことはある。ヤツも尻尾は蛇だったから、できれば尻尾も凍らせて欲しい」
「分かった。上手くいけば、嘴も凍らせる」
「頼んだ」

 お互いに小さく頷き合ってから、獲物を構えた。
 ぶつかるポイントの地形を確認していると、小さな地響きと共に腐敗臭がより一層強くなった。

「…来た」

 アレクセイが低く呟くと、誠はその場から離れた。向こうに回り込むのは、相手の視線をアレクセイだけに留めないのと、攻撃を分散させるためだ。
 呪文を唱える度に、アレクセイの手元が淡く光っている。以前よりも魔力が乗っているのが、離れた位置からでも分かった。それに少しだけ、慣れた龍神の神気も混じっている。これは龍玉の効果なのだろうか。
 龍玉の効果は、実は誠も良く分かっていない。死なないような加護がかかる以外は、話を聞き流していたからだ。

「うわ…俺ってお馬鹿さん」

 以前の自分を殴りたい衝動に駆られた瞬間、ガサガサと木の枝をかき分けてコカトリスが全貌を顕にした。

「…デカッ」

 自分がしゃがんでいるのもあるが、見上げていると首が痛くなる。長い首をゆらゆらと揺らしながら確実に前進しているコカトリスは、全体的に色が汚い。ドブにでも嵌ったのかと聞きたくなるような、腐った緑色をしていた。嘴だけが金色なのは、ワンポイントのお洒落なのか。
 いや、まさか。
 誠は自分のバカな考えを、一瞬で捨てた。
 草の間から見えるアレクセイと目が合った。顎をコカトリスの方に向けたので、それが合図だと気付く。

「ギョアアアァァ…!」

 バキバキと氷が急速に発生する音に負けないほどの大きな鳴き声を上げ、コカトリスの歩みが止まった。足止めは成功だ。
 誠は弾かれたように距離を縮め、足元に風を溜めて勢いよく空中に飛び出す。
 オークの亜種を捕らえた時よりも威力が大きいだろうアレクセイの氷魔法は、コカトリスの下半分を捉え、更にそこから氷の鎖が伸びて尾や羽までも絡め取っている。その鎖の一本を足場にして首元に接近すると、コカトリスは急に誠の方に向き直った。
 うっすらと開いている金色の嘴から、煙のようなものが漏れている。

「ブレスか…?」

 だとしたら、避けきれない。けれど誠はニヤリと笑った。
 その途端、氷の鎖が一瞬にしてコカトリスの首から嘴に向かって締め上げる。

「っかー!痺れるねぇ」

 誠は大きく鉄扇を振りかぶり、そして勢いよく下ろした。
 ストン、と着地をする。
 一泊置いてから、ズドンと背後で音がした。見なくても分かる。コカトリスの首だ。

「マコト!」

 アレクセイは誠に駆け寄ると、全身くまなく傷や怪我が無いかチェックをした。最後に両手を包み、指先まで見る程の念の入れようだった。

「怪我は…無いな。良かった」
「だって、アレクセイとだよ?怪我するわけ無いじゃん。けどさぁ…前のオーガよりも手応え無かったな」

 アレクセイに手を預けたまま振り返ると、ほぼ氷漬けになっているコカトリスが見える。首の切断部分から血飛沫が飛ばなかったのは、体がかなり凍っている証拠だろう。

「いや…マコトの戦闘力が高いのもあるが、俺の魔力も上がっているのが要因だろう」
「あ、やっぱり?前より威力高いなーって思ってたんだけど」

 オーガの亜種と戦った時の氷魔法は、途中で崩れかけていた。けれど今回は違う。崩れるどころか、そのまま凍らせているのだ。

「…以前、体のキレが違うと言っていただろう。それとは別に、何かの力が馴染んだ感じがするんだ。そのせいかもしれん」

 何かの力。その言葉を聞いて、誠はもしかしてと思った。

「それって…いつから?」
「ぼんやりと感じたのは、マコトがツガイにしてくれた後かな。胸元が暖かいと思った程度だったが、それからは…すまん、言葉にするのが難しい。けれど不快感は無かった」
「んー…そっか。じゃあ、やっぱ龍玉のせいかなぁ」

 誠はアレクセイの胸元に、そっと手を当てた。制服のコートのせいで体温は分からないが、龍玉の温もりを感じることはできる。

「これはマコトが前に言っていた、加護の一つなのか?」
「どうだろ。…実は、よく知らないんだよ。ゴメン」
「そうか。でも、そのおかげで以前よりも強くなれたのなら、僥倖だ。マコトも人々も守れるからな」

 そう言って笑うアレクセイに、誠は見惚れた。強さを手に入れても、アレクセイは傲ることはない。
 力が必要な職業に就いていると、力はあればあるだけ良いだろう。けれど、しばし人は、強いことは自分が偉くなったことと錯覚してしまう者が出てしまう。アレクセイはそれを素直に、嬉しいと言う。

「…仕事に真っ直ぐに向き合ってんだな」
「そうだな。騎士団は、俺の天職かもしれん」

 仕事に真摯に向き合う者が好きだ。誠はアレクセイのその笑顔に、眩しささえ覚えていた。
 そして、絶対にアレクセイの道の邪魔になる者は、いかなる者でも潰そう。そう、誓っていた。


 暫く待っていると、アレクセイが呼んだ応援部隊が到着した。十数人は居るだろうか。その中に見知った顔を見つけ、誠はそっと息を吐いた。

「マコト!」

 名前を呼びながら駆け寄ってくるレビ達に小さく手を振っていると、あっと言う間に囲まれてしまった。

「おまっ…心配したじゃねぇか!いや、班長と一緒なら大丈夫だと思ってたけどよ」
「そうですよ。怪我はありませんか?」
「いや、大丈夫。アレクセイが一緒だったし」

 レビとルイージに少し遅れたが、オスカーとドナルドも誠を囲んだ。

「いやはや…王都に着いたばっかだってのに、災難だったな」
「ですね。少しは休めましたか?」
「おう。アレクセイのとこの宿で泊まってるんだ。高級なベッドだったから、緊張したけどぐっすり寝れたから大丈夫」
「え。班長のとこの?うわー、いいなー」
「あの宿は、王都一番と言われてますからね。僕も泊まってみたいです」

 気心の知れた仲間は、戦い終わった誠の緊張をほぐそうとしてくれているのだろうか。別に必要無いのだが、誠の過去を知らない彼らの気遣いが嬉しい。
 そのまま少し話していると、彼らのリーダーを務めているらしい獣人がアレクセイと話し終えたようで、こちらに向かって来た。

「貴方がマコトさんですね」

 縦長の耳と長い毛並みの尾を見る限り、白い馬獣人だろうか。隣に居たルイージがこっそりと「あちらが例の、氷の女帝です」と教えてくれた。

「ルイージ、聞こえてますよ。貴方達は、よほど休みが要らないとみえる」

 睨まれたルイージ達は、慌てて首を横に振った。

「えーと…カーマインさん?」

 何とか名前を思い出して呼んで見たが、正解だったようだ。カーマインはニコリと微笑み、誠と向き合う。

「ええ。カーマインです。貴方のお話は、部隊長や班長達から伺っております。道中、彼らの食事の面倒までみてくれたそうで…ありがとうございます」

 カーマインの雰囲気は、相模と似ていた。手を差し出されたので握手をすると、しっかりと握られた。どうやら少しは彼に受け入れられているようだ。

「カーマイン」

 アレクセイが、カーマインを呼ぶ。その視線は、握られている手に集中していた。

「何です?ただの握手でしょうが。これだから、ツガイを持ったばかりの獣人は…」

 スッと手を離されると、今度はアレクセイに手を取られてしまった。

「うるさいぞ」
「うるさくありません。それよりも、亜種ですよ亜種。まさか王都の近くにも出現したとは…」
「そうだな。何か起こる前兆なんだろうか」
「どうでしょう。第三部隊も調査しているそうなので、そのうち部隊長から何らかの話は回ってくるでしょう」

 カーマインは眉間を軽く揉むと、未だ凍っているままのコカトリスを見上げた。

「…大きいですね」
「ああ」
「一刀両断ですか」
「ああ」
「あれは…班長が?」
「マコトとの、夫婦の共同作業だ」
「……」

 淡々と答え、そして惚気たアレクセイに、カーマインは言葉を無くした。居た堪れなくなった誠はレビ達を見たが、休みの取り消しが余程嫌なのか、直立不動のまま視線を逸らされてしまった。

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