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ショコラの接吻
03 ー 新居
しおりを挟む飯盒で米を炊いている間にスープを作る。二人だから簡単なものにしようかと思ったが、夜も寮の食堂だし、いつまた料理ができるのか分からないので大きめの鍋を出した。
作るのはトマトとコンソメベースの野菜スープにした。これで少しは舌と胃を休めたい。
角切りにした野菜と燻製肉を煮込んでいると、アレクセイが戻って来た。手ぶらなのだが、獲物はスクエアポーチに入れてあるのだろう。
「お帰り」
誠はまな板から顔を上げて声をかけた。
「ああ。アルミラージとスノーラビットを仕留めてきた」
「凄ぇな、こんな短時間で?」
「近くに居たからな。どうするマコト、どちらを捌こうか」
そう聞かれても、その魔獣は見たことが無いので迷う。誠は実物を見せてもらうことにしたが、どちらも抱えきれないくらい大きかった。
結局アレクセイの好きな方にしてもらったが、この場で両方解体するそうだ。
スープの香りが漂う中、アレクセイは黙々と作業をしている。風向きが変わって彼の方に匂いが強く向かう度に尾の揺れが激しくなるので、相当期待しているのが分かる。バサバサと尾の音が聞こえるので何かと思ったが、原因が分かると吹き出しそうになった。
そう言えばと、誠は手を止めてアレクセイの元に向かった。
「アレクセイ、ちょっと待って!」
内臓を穴に埋めようとしていたので、何とか間に合ったようだ。誠は忘れがちな鑑定スキルを使って、食用可能か調べた。
「コイツの内臓も使うのか?」
「うん。レバーパテはパンに合うらしいから、作ろうと思って。スノーラビットの方は食べられそうだから、こっち頂戴」
「ああ。…マコトは食用可能かどうか、見えるのか。…鑑定のスキル持ちか?」
誠の言い方でピンときたのか、アレクセイは誠を見ている。
そう言えば、言っていなかったかもしれない。誠はここに来るにあたって統括の神から貰ったスキルのことを話した。
「なるほど。誰でもスキルは一つか二つ持っているが、マコトの世界は無いのか」
「無いよー。あれば便利なんだろうけどね」
「そうだな。俺も鑑定スキルが欲しかったが、剣技しか取れなかったな。それでも騎士団には最適なスキルだから重宝しているがな」
スキルは訓練をしていると段々と育つらしく、ある程度の経験を積むと取得できるそうだ。アレクセイは剣技と、もう一つは統率だそうだ。
なるべくして班長になったんだと、誠は納得した。
「…それで、マコト。レバーパテは、昼食に出るのか?米の匂いがしているのだが」
アレクセイは、チラリと飯盒を見た。期待させておいて悪いが、レバーパテは冷蔵庫で数時間寝かせないといけないのだ。
それを伝えると、アレクセイの尾はあからさまに元気を失ってしまった。
「今後の楽しみができたって思えば?」
「…そうだな。でも、ちょっと元気を補充させてくれ」
お腹が空いているから、余計にショックだったのかもしれない。アレクセイは洗浄魔法を自分にかけてから誠に抱きつくと、鼻を誠の髪に埋めた。
体を離す前に額にキスをされた。もう、と少し睨むが、アレクセイにはどこ吹く風だ。これは、ソテー作りを手伝ってもらわなければ割りに合わない。それに昼食作りは手伝ってもらう約束だったのだ。
誠はニヤリと笑うと、早速アレクセイに肉のスライスを頼んだ。上質なのはスノーラビットの肉なので、アレクセイはそちらを選んだようだ。
「切り終わったら、両面に小麦粉まぶしてね」
「了解。フライパンで焼くのか」
「そうだよ。イタリアンソテーにしようかと思って。シチューとかワイン煮も美味しいみたいだけど、煮込み系は時間がかかるから」
「…そうだな。残念だ」
「今度作ってあげるよ。俺も食べてみたいし」
以前、貰い物のウサギ肉で作ったのはシチューだけだ。調べるとワイン煮やパエリアなどのレシピがヒットしたので、いつか食べてみようと虎の巻に加えてあるのだ。
「本当か?楽しみだ。早く新居を決めなければな。キッチンには、何が必要だ?冷蔵庫とオーブンは絶対だろう?」
気持ちが逸っているのか、銀色の尾は忙しなく揺れている。
「あと、広い作業台も欲しいな」
「逗留用の邸の厨房みたいなのか?」
「それくらいあれば、嬉しいな。でも、そんな物件になると、大きな家になるんだよね?」
「そうだな。だが、改装すれば君の理想のキッチンができるぞ」
理想のキッチンという言葉を聞いて、誠の手が止まる。とても素敵な言葉だ。けれど、その改装費が気になるところだ。簡単に頷いてしまうと、この狼はすぐ誠に貢ぎそうなので、ある意味怖い。
アレクセイの財布の紐を閉めるのは自分だと、妙な闘争心を燃やしながら誠はフライパンに肉を並べて焼きはじめた。
「美味かった。ありがとう、マコト」
フォークを置いたアレクセイは、誠を見て笑った。何度見ても、ドキドキする。
こういう時に、料理の道に進んで良かったと思うし、またアレクセイに美味しい物を食べさせたい、食べてもらいたいと思う。
つられて笑った誠に、アレクセイはキスを一つ落とした。
「さあ、片付けをして戻るか」
率先して食器に洗浄魔法をかけるアレクセイの背中を見て、こういうところも好きだと見つめてしまう。実家では自分の使った食器を流しに持って行くのは当たり前だったが、製菓学校時代の同期の話では、食後何もしない彼氏が居るとのことだった。
その時は併設されているカフェコーナーで話していたのだが、気が付けば人数が増え、駄目彼氏の愚痴大会になっていたものだ。
公爵家の子息だし、騎士団内でも班長の位置に居るのだから他人が何かをして当たり前だと思っていないところも好ましい。これが狼獣人なのかと、ご機嫌に揺れる銀色の尾を見ていた。
「そろそろ戻るか」
「そうだね。魔道具店が待ってる!」
いよいよ時間経過有りのマジックバッグを買うのだ。定住するのだからもう不要な気もするが、王都の隣の町や村には行ってみたい。
誠が元気良く答えるとアレクセイは広角を上げたが、すぐに表情を引き締めた。何かあったのだろう。辺りを警戒すると、遠くで嫌な気配を感知した。このドロリとした気配は、はじまりの森で感じた物に似ている。
誠はアレクセイの腕に手を添えた。
「アレクセイ、どうする?」
走って向かうか、影に潜って最短距離で行くか。
口にしなかったが、アレクセイは正しく理解してくれたようで、軽く頷いている。
「狩りに行っている時に、何人かの冒険者を見かけた。誰か怪我をしている可能性があるから、走って行くぞ」
「了解」
王都に着けば少しは落ち着けると思ったが、その予想は外れだったようだ。誠は遅れないように、アレクセイの背中を追いかけた。
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