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ショコラの接吻
01 ー 突撃隣のキャンプ飯
しおりを挟む誠が目覚めると、アレクセイが先に起きていた。我慢できなかったのか、誠の目が開くと途端にベロベロと顔中を舐められてしまった。
お返しにと誠も舐めてやり、人型になって朝食を食べ終わったところで誠は夢渡りで牡丹と会ったこと伝えた。
その中で聞いた龍玉のことも伝えると、もしかしたら怒るのではないかと思っていたアレクセイの態度は何も変わらなかった。
「怖く無いの?」
「なぜだ。前にも言ったが、強くなれるのは嬉しい。君と皆を守れるからだ。その想いは変わっていない。それに、君とずっと生きていられるのも当然嬉しいに決まっている。…マコトが不安なのは、神罰が下るということか?」
「そうだよ。だって諏訪さんの加護は凄い効力があるけど、その分、神罰は…」
誠が言葉を濁すと、アレクセイは大丈夫だと言うように誠をしっかりと抱きしめた。
「何度も言ったが、ヴォルクの者は生涯ツガイはただ一人だ。そしてそのツガイを悲しませるようなことは、絶対にしない。絶対にだ」
「アレクセイ…」
「俺達は驚くことに、出会ってまだ二ヶ月も経っていない」
「…そうだっけ?何か、ずっと一緒に居るような気がしてた」
「俺もそう思う。けれど、事実だ。そんな短期間だからこそ、まだ俺の全てを信じてくれと言っても、心のどこかでは信じられないと思っているだろう。だから、俺の傍で俺を見ていてくれ」
「ずっと?」
「ああ。ずっとだ」
「俺がずっと張り付いてたら、アレクセイは浮気できないな」
「だろう?」
アレクセイは誠と額を合わせると、クスクスと笑い合った。
絶対に心変わりをしないと言い切られるよりも、そう言ってくれた方が誠にとっては安心できた。歯の浮くようなイタリア人顔負けの台詞を吐く時も多いが、アレクセイはこうした言葉もくれる。
俺のツガイはいわゆるスパダリだと、誠は誰かに自慢たくなった。
それから何度も軽いキスをしていると、アレクセイは急に空を見上げた。あんなに揺れていた尾は動きを止め、耳は周囲の確認のためか、いつもよりピンと立っている。
「…鳥?」
誠もアレクセイに倣い、周囲を確認してみたが、空高く飛ぶ鳥の気配しか感じられなかった。
「鳥と言うか、鳥獣人だな。けれど…いや、まさか」
アレクセイはまだ耳を立てたまま凝視している。誠もその鳥獣人に感覚を絞って注視していたが、あることに気付いた。
「オスカー…?散歩かな」
「マコト、分かるのか?」
「あれだけ遠いと分かり辛いけど、オスカー達の気配ならもう分かるよ」
「ほぉ…凄いな。普通あれだけ高く飛んでいれば、獣人か鳥魔獣かの区別がつかなくなるのだが」
「アレクセイは判別できたじゃん」
「まあな。一応、班長だからな」
アレクセイは照れたのか、尾が揺れる速度が早くなった。それだけ訓練を積んだという証なのだろう。
そしてそこまで感覚を研ぎ澄まさねば、王都騎士団の役付にはなれないということだ。それに気付いた誠は、やはりアレクセイは凄いなと感心していた。
「手、振ってみる?…あ、でも仕事で駆り出されてる途中ならマズいか」
「…そうだな。そっとしておこう」
そうしてオスカーのことは見なかったことにした。
それから二日は、朝は宿に戻って風呂に入り、屋台やカフェでリサーチという名の朝食を取り、昼からはまた草原に出向いて思い切り料理をしたり、結界で姿を隠してアレクセイと獣身で走り回ったりという生活を繰り返していた。
そして、そろそろヴォルク家での調理を控えているため、買い出しを終えた午後。蜜月のような暮らしは、ある訪問者達によって終わりを迎えてしまった。
誠としては名残惜しい気もするが、このままでは半分野生に帰ってしまいそうで、彼らが来てくれて良かったとも思っている。けれどどう見ても邪魔をされる形となったアレクセイは、不満そうな表情を浮かべていた。
そして魔力が漏れ出しているので、彼らは寒そうだ。
「アレクセイ。まずは話を聞こうよ」
「…マコトが言うなら仕方が無い。お前ら、一体何の用だ」
緊急の要件なら、連絡鏡に通信が入るはずだ。彼らは一様に切羽詰まったような表情を浮かべているが、騎士団関係の話ではなさそうだ。
何だろうと話を切り出すのを待っていると、アレクセイの威嚇によって寝かけていた耳を更にぺしゃっとさせた捨て犬もといレビが悲壮感たっぷりな声で誠に縋り付いてきた。
「お願いです…ご飯を…ご飯をください…」
「おい、レビ。マコトに気安く触るな」
誠を避けて、この一帯だけ吹雪が舞う。どうやらこの数日で誠を独占しっぱなしだった狼は、まだ思考が野生に傾いたままのようだ。
以前のようなレビ達との、ちょっとしたボディータッチも許さない。そう全身で表している。
「アレクセイ!もう…」
誠はアレクセイを落ち着かせると、レビ達四人に向き合った。
「ご飯って…給料を使い過ぎたとか、博打で全部スったとかじゃないよね?」
「もちろんだ!俺はルイージに指輪を買うために、しっかり貯金している!」
「レビ…本当に?」
思わぬところで暴露してしまったレビに、ルイージは周りに花を飛ばしている。どうやらこの世界にも、伴侶に指輪を渡す習慣があるようだ。
珍しく手と手を取り合って二人の世界に入ってしまったレビ達を他所に、オスカーが話を続けた。
「俺は普通に貯金してるけどさ。お金じゃないんだよ…王都に戻って来たら、まず食堂の飯が合わなくて。屋台とかはまずまずなんだけど、何だか…なあ?」
オスカーに話を向けられたドナルドも、大きく頷いた。
「僕もそうです。スパイスの匂いが以前よりもキツく感じるし、かと言って塩胡椒だけの肉も飽きるし。マコトさんが僕らに言ってくれた通り、ちゃんと野菜を食べようと思ってもスープはあんまり美味しくないし…。それで、オスカー先輩がマコトさん達をこの草原で見かけたって教えてくれて…」
「あー…あれって、偵察は偵察でも俺らを見てたのか」
先日のオスカーの様子を思い出し、誠はオスカーを見た。隣からは、鋭い視線が飛んでいる。
「…すまん。本当はただの散歩だったんだけど、まさか気付かれてるとは」
「最初に気付いたのは、アレクセイだけどね」
「え…班長、マジすか」
気付かれていないと思っていたのだろう。オスカーは驚愕の表情を浮かべながらアレクセイを見た。アレクセイは牙を見せつけるようにニヤリと笑っていた。笑っているのだが、目が笑っていない。
きっとオスカーは、自分が狼の獲物になった気分を味わっているのだろう。一気に顔色が悪くなったオスカーは、自分よりもガタイの良い後背を盾にして、その視線を避けていた。
盾にされた後輩は、それでも先輩と自分の胃袋を守ろうと、必死になっていた。
「す…すみません班長。僕達も、もう限界なんです。美味しいご飯が食べたいんですぅぅぅ!」
純粋な狼と熊との勝負なら熊が勝つのだが、獣人の強さはそこが基準ではないのがよく分かる。哀れな後輩熊は、前門の狼、後門の鷹に挟まれ、レビと同じく悲壮感たっぷりな声を上げた。
「そっかー…。じゃあ、しょうがないよね」
可哀想な熊を助けたのは、前門にがっちりと腰を抱かれた狐だった。
餌付けしてしまったものは、仕方が無い。それに、そろそろ大量の料理も作りたかった頃だ。
誠はまだ野生味溢れるアレクセイに抱きつくように背伸びをして、「魔獣、狩って来て欲しいなー」と言ってやった。するとアレクセイは尾を勢いよく振ると、すぐに戻って来ると言い残して獣身になって勢い良く走って行った。
「…マコト君。班長の操縦、完璧じゃね?」
「いや、その場のノリだったんだけど、上手くいくもんだね。っつーか、アレクセイってあんなチョロかったっけ?」
アレクセイの態度が衝撃過ぎたのか、誠の疑問に答えてくれる人物は誰一人として居なかった。
少ししてから正気に返った皆が言うには、ツガイになったばかりで、しかもここ数日はほぼ二人きりで過ごしていたから、浮かれ期と本能が強く出たのでは?という結果に落ち着いた。
「これで肉は確保できるだろうし…皆、何か食べたい物ってある?」
「きっとそうだ」「ええ、班長はただの浮かれ期だから」とブツブツ呟きながら自己暗示をかけているレビ達に料理のリクエストを聞くと、彼らは一気に立ち直った。
そしてそれぞれスクエアポーチの中から食材を取り出し、誠に見せてきた。タダ飯をたかるつもりはないらしい。
「俺らは、絶対肉!班長が狩りに行ってるけど、俺らは俺らで良い肉を手に入れたんだぜ」
レビが見せてきたのは、ワイバーンの肉だった。ドラゴンの亜種とするか鳥魔獣の祖先とするかの説がこの国で分かれているそうだが、彼らによると肉質は鶏肉に近いらしい。
休日を利用して、ルイージと狩りデートに出かけた時の一番の獲物だそうだ。
オスカーからは、いろんな種類のカボチャとさつま芋。ドナルドは和栗を渡してきた。オスカーは市場で見かけたから、ドナルドは実家から大量に送られて来たのだと言う。
「秋の味覚セット…!」
まさか和栗があるとは思わなかったので、誠のテンションは上がる一方だ。カボチャもいろんな種類があるのでスープはもちろん、プリン、ケーキなどにも使える。
オスカーは、以前スイール村で誠が作ったカボチャを丸ごと使ったチーズ焼きが忘れられなくて、カボチャを買ったそうだ。見応えも食べ応えもそうだが、皆でつつくのが楽しくて良い思い出として残っているとのことだった。
「んー…オーブン無いけど、まぁ…何とかなるか」
無ければ、工夫次第でどうにでもなるのだ。要は熱を逃さなければ良いので、結界を使えば解決できる。
頭の中でメニューを組み立て、誠は作業台を出して食材をその上に置いた。
「皆、手伝ってくれるよな?」
「おう」
一斉に声が上がったあと、レビ達は真っ先に自らに洗浄魔法をかけ始めた。特に手は念入りに。これは誠が最初から徹底させていたことなので、さすがは騎士団。もう身につけて、条件反射になっている。
まだ日も高いので、時間がかかる角煮をまた作ろうかと大きな鍋を取り出した。
そしてオーク肉の塊を出すと、四人はわらわらと集まって来た。
「マコト…それは、もしかして…」
部位を見て気付いたのか、レビがゴクリと喉を鳴らした。
「おう。オークの角煮、いっちゃう?」
「やったー!それ、夢に出てきた…」
「僕もです。起きて枕に涎が垂れていました」
「甘いなドナルド。俺なんて、涎で地図ができてたぞ」
彼らはどれだけ飢えていたのだろう。少々申し訳なくなった誠は、何も言わずに鍋と肉の塊を追加で出した。
レビとルイージに下拵えの手順を伝えて任せたあとは、オスカーとドナルドには単純作業を行ってもらう。一口サイズに切ったワイバーンの肉を、永遠に串に刺すという作業だ。
ちなみに串は精肉店で売っていたので、まとめて購入しておいたものだ。
「マコト君…これって、屋台でよく見る…」
「串焼き…ですよね?」
アレクセイが置いたままにしてくれた作業台に、ボウルや調味料を置いている誠を二人が見つめる。誠はそうだとも違うとも取れる笑みを、二人に向けた。
串焼きは串焼きでも、誠が作るのはビールのお供、焼き鳥だ。
「俺がさぁ、そこらの屋台の串焼きと同じもん作ると思う?」
「思いません!」
「僕も思いません!」
オスカーとドナルドから良い返事が返ってきたところで、誠は角煮チームの様子を伺いつつ自分の作業を続けた。
スープはあっさりめで根菜中心に。カボチャサラダと、口直し用にキャベツとにんじんでザワークラウト風のサラダも作った。
角煮の鍋に調味料を入れているところで、口の周りを赤く染めた銀狼が戻って来た。砂埃が立つので近付くにつれて減速をしていたのが、誠的にはツボだ。
アレクセイは誠達から少し離れたところで、スッと座る。盛大に尾を振っていることから、大量だったのだろう。褒めて褒めてと目が訴えていた。
誠は笑いながらアレクセイの元に向かうと、ぎゅーっと抱きついてやった。
人型に戻ったアレクセイは、自分と誠に洗浄魔法をかけてから、戦果をスクエアポーチから取り出した。ズルズルと長いそれは、どう見ても大きな蛇だった。
「…班長、あんたってヒトは」
オスカーが口をぽかんと開けている。他の団員も同じように口を開けていた。
「何、そんな珍しい魔獣なのか?」
生きていれば、誠なぞ一飲みだろう。黒く艶めく鱗を突きながら誠が聞くと、アレクセイは尾をブンブンと振りながら答えた。
「数年に一匹、市場に出るか出ないからしい。ちなみにブラックサーペントの仲間で、ジェネラルサーペントという蛇型の魔獣だ」
「へー、ジェネラルか。凄い名前だな」
喉の辺りを一裂きされているが、あの立派な爪でやられたに違いない。アレクセイはそれだけ機敏に動き、倒したのだろう。
誠はアレクセイの動きに感心しているが、レビ達は違う違うと首を振った。
「マコト…あの…班長の話、聞いてた?」
「え?貴重な魔獣なんだろ?」
「そうだけど…そうなんだけど…それ、売ればひと財産築けるんだぜ」
「そうですよ。王族や高位貴族がこぞって探し求めるくらい美味しいらしいんですが…あの…班長?」
「何だ、ルイージ。お前は食べないのか?」
ひと暴れして落ち着いたのか、アレクセイは普段の様子を取り戻し、美味しい物ハンターのルイージに勧めている。
「いえ…食べてみたいのですが、良いんですか?冒険者ギルドか騎士団お抱えの商会に売れば、マコトさんとの家は買えますが…」
「いや、買っても釣りがたっぷり来るぞ」
オスカーのその言葉に、誠は目を見張る。それほど高価な食材をツンツン突いていたなんて。
誠はそっと手を下ろした。
「美味いと言われているのだから、食すに決まっているだろう。俺はツガイに食べ物のことで不自由はさせたくない」
「立派ー!班長、その心意気は立派ですが、でも値段ー!」
とうとうドナルドが壊れてしまった。オスカーやルイージは「分かる分かる」と言いながら、何とか宥めている。
「…何だこのカオス空間」
そんな中、誠は一人だけ冷静になっていた。
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