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レモンの憂愁
02 ー 冬将軍と銀狼
しおりを挟むもやもやした思いを抱えたままの誠は、眠れないでいた。
子供の頃から相模の話をよく聞いていたので、訳も分からないままに召喚された人達の不安や扱いを知っている。「君ならどうしますか?」と聞かれることもしばしばで、今考えるとそれは情操教育の一環だったんじゃないかと思う。
自分なら、まずは隠れる。そして情報収集をしながら生活の基盤を整え…と、それはいろんな経験を積んで大人になってからの考えだ。
転移後に能力を与えられる人も居る。誠は今の力を生まれ落ちた時から持っていたので、突然強い力を持つということがどういう影響を与えるのかが分からない。けれど、だいたいは碌なことにならないらしい。
上手くその地域や国の文化に溶け込めるなら、それで良い。気付いた陰陽省の人間が回収するからだ。けれど要らぬ情報を召喚した国に与え、パワーバランスを崩すのは少し違うのではないかと思う。
召喚された者は、その時は自国に新しい技術を持ち込んだと持て囃されるだろう。けれどそのせいで戦争などになれば、割りを食うのは民達だ。ドンパチなら対話のテーブルの上でやってくれ。もしくはその部屋内だけで、国のトップ同士の殴り合いで決めてみたらどうだと言いたい。
誠が心配なのは、この国に召喚された勇者がどのようにパワーバランスや文化を引っ掻き回すのかということだった。それと勇者の心だ。
まだ東京で失踪した少年達と勇者がイコールで繋がったわけではない。可能性は大きいが、まずは自分の目でどういう人物かを確かめなければならない。ケアをする必要があるならば、その後だ。
「…眠れないのか?」
「ああ…うん、ゴメン。起こした?」
寝返りばかりを打っていたのではないのに、アレクセイには分かってしまったようだ。シェラフを並べているが、それでもだ。
アレクセイはそこから腕を抜くと、誠の頬を優しく撫でた。
「いや。マコトが安心して眠れない時は、俺も眠れないようだ」
「何それ。俺、責任重大じゃん」
「ああ。だから俺だけじゃなく、自分の体を大事にしてくれ」
テント内は暗いはずなのに、アレクセイのアイスブルーが光った気がした。いつも、どんな時もアレクセイは自分を心配してくれている。それが誠にとって、嬉しいと同時に申し訳なく思ってしまった。
「…ゴメン」
すぐに謝るのは日本人の悪い癖だ。けれどどうしても真っ先に謝罪の言葉が出てきてしまう。
アレクセイは小さな溜息を吐くと、身を乗り出して誠を抱き締めた。
「謝るくらいなら、突っ走るな。譲れないことがあるなら、さっきみたいにちゃんと言ってくれ。きっと俺は止めると思うが、そうやって君と意見を交換し合えるのは素晴らしいことだと思っている」
「…お互いに言いたいことが言えるから?」
「ああ。言えない関係はすぐに破綻すると、兄上が言っていた。それにまだ話し合おうと言ったことは有効だぞ」
「そうだね。でも、あのオニーチャンがねぇ…まともなことも言えるんだな」
「…それは否定しないな」
耳元で、甘く低いアレクセイの声が響く。そして自分よりも高い体温に、安心する。
誠はいつの間にか小さな寝息を立てながら眠ってしまっていた。だからアレクセイがゆるりと笑い、頬にキスを落としたことなぞ知るはずがなかった。
そこから数日かけて隣村に移動した。今度はこの村で数日留まり、周囲の警戒と合わせて食料補給、そして少しの休憩を入れることになっている。
今回は他領の騎士団とバッティングすることは無かったが、この村が王都よりも北に位置することから少し早い冬を体験していた。
国の最北に位置するセーヴィルの港街辺り以来の冬だ。こう何度も秋と冬を繰り返していると皆の体調が気になるところだが、団員達は思ったよりも元気そうだった。けれど疲れも苛立ちも溜まるだろう今の時期は、何がきっかけで体調を崩すか分からない。
風邪予防と体を暖めるために、誠は毎回スープにたっぷりの擦り下ろした生姜を入れることにしていた。生姜の体を暖める成分は、三十分以上熱を加えなければ効果が出ないと聞いたことがある。たくさんの野菜を入れたスープは、生姜が効いていて美味しいとアレクセイ達には好評だった。
けれど、いくら風邪予防と体を暖めるためと言えど、毎回コンソメベースのスープは飽きるしポタージュもそうだ。そろそろ味噌汁が飲みたい。いや、こう寒いと粕汁でも良いかもしれない。
やっと室内で調理できる状況に、誠は腕を組みながら考え込んでいた。
数少ない丸一日の休みだからか、厨房と食堂の間のデシャップには、昼食の時間には早いだろうに獣達がウロウロしている。朝食をしっかり食べたあとはそれぞれ好きなことをしていたはずなのだが、気が付いたらこのざまだ。
屋台巡りを趣味としているルイージも、逗留用の邸を出て行ったと思ったら一時間もせずに戻って来ていた。
気付かない振りをしていた誠だが、こうも背後にデカい成人男性が集まっていると気が散ってしまう。こっそりと溜息を吐いたあと、くるりと振り返った。
「あのさぁ…。休みの日じゃん。ゆっくりしたら?」
「大丈夫、俺らゆっくりしてるから。ゆっくりマコトの料理見てるから」
休日だと手伝いに駆り出されないと思ったのだろう。レビはデシャップのカウンター部分に肘を突きながらニコニコしている。確かに休日はあまり手伝いを頼まないことにしているが、それでもこの状況は何なのだろう。
「…まぁ良いや。あのさぁ、作りたいスープがあるんだけど」
そこまで言うと、全員の目つきが変わった。俺は獲物じゃないと思いながら、誠はバッグからコンニャクを取り出した。
「…何だこれは。灰色の柔らかい板か?」
アレクセイが警戒しながらコンニャクの袋を突く。思ったよりもブヨブヨしていたのでビックリしたのだろう。一瞬だけ耳が後ろに寝たのを誠は見逃さなかった。
「コンニャクっつー食べ物。元は芋だな」
「芋からこんな物ができるんですか?」
興味を持ったのか、ルイージも袋を突いた。
「おう。けどコンニャクは芋と食感が違うよ。今から作るスープと言うか粕汁って言うんだけど、それにコンニャク入れたいんだけど…どうかな?」
誠がそう聞くと、レビ達は顔を見合わせた。
それはそうだ。見たこともない灰色のブヨブヨした板だ。誠は見慣れているが、彼らからしたら完全に怪しい物と言っても過言ではないだろう。最終的に決定権はアレクセイが任されたらしく、アレクセイは全身に洗浄魔法をかけて慎重に厨房に入ってきた。
「マコト…俺は君が出す物だから心配はしていない。していないのだが…」
「ああ、見た目がねー」
こちらに入って来たということは、アレクセイは手伝いをかって出てくれたとみて間違いはないだろう。決して監視役ではないはずだ。
誠は袋に切り目を入れると、中の水を捨ててコンニャクをまな板に置いた。
「…スライムよりは硬そうだな」
「比べる対象が悪い」
スライムはどちらかと言うと、ゼリーの方が似ているのではないだろうか。今度スライムを模したゼリーやババロアを作ってやろうかと思いながら、誠はコンニャクの両面に細かい格子状の切れ込みを風を使って入れた。
本当はネギカッターで切り込みを入れるのだが、生憎そんな便利な物は持っていないのだ。
一瞬浮き上がったコンニャクは、ブルンという弾力を見せながらまな板に着地する。向かい側のデシャップからは「おお…」と感嘆の声が聞こえてきた。
「本当は、煮込んだ方が美味しいんだけど、今回は炒め物にするね。これも美味しい…と思うから」
バッグからもう二パック取り出して同じように処理すると、そちらはアレクセイの前に置いた。
「俺と同じように、手で千切ってくれる?」
「…ああ。覚悟は決まった」
何だろう。灰色だからダメなのだろうか。それとも弾力だろうか。
アレクセイは尾と耳をピンと立たせたまま、誠の手元を見て自分も同じようにコンニャクを千切る。力を抜けば丸まった尾が見れるのではないかと思ったが、アレクセイのプライドと地位を崩すわけにはいかないので、誠は想像だけに留めておいた。
フライパンからは、甘辛そうな良い匂いがしている。コンニャクの味付けは簡単に焼肉のタレと輪切りにした唐辛子だけだ。器に盛る時にいりゴマと小口切りにしたネギをぱらぱらと乗せると完成だ。
「できたぞー」
これも味見なので、わざわざ食堂に行かない。少々行儀が悪いが、これが味見の醍醐味だ。
皆にフォークを渡すと、デシャップのカウンターにドンと器を置く。誠はバッグから箸を取り出すと、早速摘んで息を吹きかけた。
出来立てが美味いのは十分知っているが、誠は猫舌だ。ここは率先して食べなければ、皆が食べ辛いだろう。そこが少しジレンマだった。
隣から冷気がかかってくる。見なくても分かる、アレクセイだ。
「マコトは狐なのに猫舌だからな」
「やだ、ダーリン優しい。惚れる」
冷ますのを手伝ってくれるのは嬉しいが、良い歳をして猫舌というのを知られているのが恥ずかしい。照れ隠しも兼ねてそんなことを言うと、コンニャクを口に放り込んだ。
「ん。久し振りに食べたけど、やっぱ美味いよ」
殆どは焼肉のタレの味だが、コンニャク自体も良い物を買っているのでやはり美味い。そしてこの食感も、たまに求めてしまう。
「…マコトの故郷の物だ。俺も食べてみよう」
班長という責任からか、先程手伝ったからなのか。誠の言葉で頬を少し赤らめているのだろうアレクセイは、何事も無いようにフォークを動かした。
多分これまでもこうして皆を引っ張ってきたのだろう。ただのコンニャクを食べる時にそんなリーダーシップを発揮しなくても良いのだが、それがアレクセイの良いところなのかもしれない。
「うん…タレが甘辛くて、コンニャクと良く合っている。食感も面白い」
アレクセイが頷くと、次に動き出したのは美食ハンターのルイージだった。
「…じゃあ、次は僕が」
ルイージは恐る恐るフォークで突き刺す。レビは止めたそうにしているが、それでもルイージは止まらない。さすがに口に入れる前に一度フォークが止まったが、意を決して口に入れると尾がぶんぶんと揺れ出した。
「美味しいですよ、コンニャク。楽しい食感ですね」
「だろ?ほら、皆も食べてくれよ」
ルイージが美味しいと言うのならと、恐る恐るレビ達も食べ始めた。
結果的に、コンニャクは皆に受け入れられた。これで粕汁を出せると誠が喜んでいると、空になった皿に洗浄魔法をかけてくれたドナルドが聞いてきた。
「あの…マコトさん。結局粕汁って、何ですか?」
そうだ。そこからだった。
誠はおとなしくバッグから酒粕の塊を取り出した。
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