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レモンの憂愁
01 ー 冬将軍と銀狼
しおりを挟む「面倒臭いは面倒臭いけど、今ってどういう状況になってんの?」
騎士団内や宮中の力関係をあまり聞かないようにしていた誠にとって、分からないことだらけだ。唯一、話に出ていたシャンディ侯爵というのが、ヴォルク家にとって鬱陶しい家だということは分かった。
フレデリクの言い方からして、その家が王家やその周りと結び付けば面倒なことになるのだろう。
そして「勇者」の存在だ。神々の間では、異世界からの無理な召喚はやめようという協定が結ばれているはずだ。誠がこちらの世界に来たのは任意だし、無理な召喚のせいで世界間のバランスが危うくなっているので、安全に転移できるは神在月の期間だけらしいのに、その時期を外しているのも気がかりだ。
「…兄上もおそらく、伝えてくれた情報以上のことは掴んでいないんだろう。だから、先程聞いたことが全てだ」
「勇者のことも?」
「ああ」
アレクセイは眉を顰めながら連絡鏡を内ポケットにしまった。
「勇者ねぇ…勇者」
この状況で「勇者」という言葉や存在が出て来るのか分からない。いくら魔獣の亜種がアホみたいに出現しているからといって、勇者を召喚するほどなのだろうか。
誠が考えていると、紅茶を淹れてくれたらしいオスカーが目の前にティーカップを置いてくれた。
「勇者って、御伽噺だと思ってたんだけどなぁ」
「え…そういう御伽噺って、あるんだ」
「ああ。寝物語みたいなもんかな。領によって少しずつ話が違ってるみたいだけど、基本的にはドラゴンを倒して姫様を助ける…みたいな話?」
「へー。…その勇者も召喚された人だったのかな」
紅茶を一口飲む。香りが口内にふわりと広がった。
「どうだろ。俺が聞いた話はそこに触れてなかったけど…お前らは?」
オスカーはレビ達を見たが、彼らも聞いたことがないらしく首を振っていた。
カップを置いたアレクセイが、誠を見てくる。
「何か気になるのか?」
「んー…いろんなことが気になるな。何で亜種がこんなにも出てるのかとか、倒すのに勇者は本当に必要なのかとか。あの神の性格だと、俺についでに魔獣退治を頼んできてもおかしくないと思うんだよな。分かってて言わなかったのか、自分でも思わぬ展開になったから神託を出したのか」
そう言うと、ドナルドが不思議そうに見てきた。
「…思わぬ展開?」
オスカーが不思議そうに言う。
「うん。…ちょっと黙ってたことがあるんだけど」
誠はそうして、自分が「料理番」としてこの世界に来た理由を皆に話した。表向きの、料理を捧げるためという理由を彼らに話したことがあっても、なぜそうなったかは話したことがない。
彼らの信仰度合いも気になったが、余計なことを言って混乱させたくないからだ。
話し終わると、アレクセイ達は一斉に溜息を吐いた。
「…神様って何でもできるのかと思ってた」
呆気に取られているレビが、しみじみと言った。
「まぁ…そう言いたいのは分かる。でもルシリューリクって神様の中でもかなり若いんだってさ。だからこの世界に信仰心がかなりあるって言っても、力が足りなくなることもあるみたい」
「…教会が布教している神の姿とは大違いだな」
「うん。見た目も子供だし」
「マジかよ」
レビ達の神に対するイメージをかなり崩してしまったが、別に本当のことだしと誠は気にも留めなかった。
それからテントに戻った誠は折り畳みテーブルに置いた携帯鳥居の前で、どうしようかと考えていた。どれくらい悩んでいたのかは分からないが、辺りの見回りを終えたアレクセイが戻ってきてもそのままだった。
「…マコト?それは」
「ああ、お帰り。これは携帯鳥居って言って…連絡鏡みたいなもんかな」
「ほぉ。ニホンではそういう道具があるのか」
アレクセイは納得しているが、どの国にも携帯鳥居が流通しているわけではない。誠はその訂正をしてから、アレクセイに相模と連絡をしようと思っていることを告げた。
「別に良いんじゃないか?何が問題なんだ」
「うーん…問題って言うか、自分の考えが纏まらないんだよ」
「マコトの考え?」
「うん。やっぱ、わざわざ勇者を召喚するってことが納得できない。と言うか、無理な召喚は神々の協定で禁止されてるんだ。のっぴきならない理由があれば然るべき時期に行うことは許可されてるけど、今の時期に行うのはおかしいんだよ」
「…ということは、マコトは今回の召喚が創造神が無理に決行したと思っている…と?」
「そう…だけど、何だかなー…」
この急展開についていけない。誠にとって「勇者」という非現実的な存在が、妙に引っかかっていた。
RPGなどのゲームではあるまいし、この世界に魔王が居るわけではない。居たら事前にその話をされているだろうし、アレクセイか誰かからも魔獣と合わせて注意を促しているはずだ。
もしかしたら、ただ面白いからという理由だけでルシリューリクが勇者召喚を促したのかもしれない。だが、あれでも一応神だ。そんな訳はあるはずがない。
まだ誠がぐるぐると考えていると、アレクセイは誠の髪を何度か梳いてきた。
「とりあえず、先方に連絡と伝達だけはしてみたらどうだ。向こうの話を聞いているうちに考えが纏まるかもしれないし、何かヒントを貰えるかもしれないだろう?」
「んー…うん、そうしてみる。あ、アレクセイもここに居てくんないかな」
「俺もか?」
「相模さんに紹介したいし、何か有益な情報があるかもだし」
「分かった」
誠は相模と関東を統括する神との関係を簡潔に説明すると、鳥居に向かって手を合わせた。するとすぐさま鳥居が光り、統括の神の神域と繋がった。久し振りに聞く相模の声は、誠を安心させた。
『こんばんは、誠君。料理は届けてくださってますが、こうして声を聞くのは久し振りですね。変わりは無いですか?』
「すみません、ちょっと忙しかったもんで。元気なんで、心配しないでください。あ、今回はアレクセイが一緒です」
「初めまして。アレクセイです」
妙に姿勢を正したアレクセイだが、緊張しているのだろうか。誠はそんなアレクセイを盗み見ながら、口元を緩ませていた。
『初めまして、相模です。誠君からお話はかねがね…』
「あー!相模さん、それはまた今度で!今回は相談っつーか報告があるんだけど」
誠は慌てて相模の話をぶった切った。
相模宛の手紙には、何度かアレクセイのことを書いていた。そしてツガイになるかならないかのことも報告した。もう一人の兄のような存在の相模には、兄や両親に相談できないことも昔から話していた。
あの様子だと、きっとアレクセイにいろいろと言う気だろう。誠とて羞恥心を持っているのだ。
これ以上余計なことを言われる前に、誠はフレデリクから聞いた勇者の話を相模に報告した。相模は最初、しょうがないなというような笑い声を出していたが、誠の話に相槌を打つ頃には、段々とその声は硬くなっていった。
『あんのクソガキ…』
鳥居の向こうから、相模の低い声が聞こえた。
誠に対しては普段は温厚な表情で何かと世話を焼いてくれる相模だが、統括の神や同僚、他の神に対して毒舌を吐くことが多い。
そして陰陽省でもかなりの地位にいる相模は、神々の仕事に対しても厳しい態度を取ることが多いのだが、まさかここまで怒るとは思ってもみなかった。
「あの…相模、さん?」
『ああ、すみません。もう神在月の期間は終わっているので、あのクソガキは何をしているんだと思いましてね』
謝っていても、ルシリューリクのことをクソガキ呼ばわりしているところは直っていない。それだけ相模の怒りは大きいということなのだろう。
秋も終わりかけだというのに、誠の頬には汗が一筋流れていた。
「あの…それで、何で勇者召喚なんてしたんだろうって、そもそもの疑問なんですけど」
それでも誠が何とか声を絞り出すと、相模は「そうですね…」と少し考えてから言葉を返してきた。
『バカの考えは分かりません。けれど、最近東京で高校生が数人失踪したという事件がありましてね。普段から素行が良くなかったそうなので、ただの家出か何かだと思われているのですが…まさか、ね』
「…まさか」
「勇者がニホンという国から来た、と?」
アレクセイが、誠達がまさかと思っていた確信を突く。誠は苦笑いのまま、アレクセイを見た。
「まさか…。無理な召喚は神々の間で今は禁止されているんだよ。その前に、召喚を唆す理由も…」
「創造神がマコトやサガミ殿の言う通りクソガキなら、その決まり事を無視することもあるのでは?」
「…確かに」
『そうですね。あのクソガキならやりかねません。だとしたら、勇者召喚の理由は…』
「楽しそうだから、とか。まさかね」
誠は自分のバカな想像を自分で否定したが、アレクセイはまじまじと誠を見た後で、こくりと頷いた。
『…誠君。私は今からしなければならない事ができました。統括の神の尻を引っ叩いて、東京で消えた少年達の行方と、召喚元の世界を探します。もし彼らがイコールで繋がるのだとしたら、大急ぎでこちらに戻さなければなりませんし、そのための世界間の調節もしてもらわなければ…』
「お願いします。俺は…どうしようかな。とりあえず勇者がどんな奴なのか、その面拝みに行こうかな」
『ええ…あ、ちょっと待ってくださいね』
相模はそう言って、中座した。何かあったのだろうかと思っていると、アレクセイに急に腕を掴まれてしまった。
「マコト、シャンディ侯爵領に行くのか?」
「え?うん。そうだけど」
「危険だ。もし見つかりでもしたら、どうする」
アレクセイの耳は、ピンと立っていた。少し怒っているようだが、こちらも引けないのだ。
「絶対に見つからないようにする。俺だったらできるよ」
「しかし…」
「大丈夫だって。ちょっと顔見て人数確認したら、すぐ戻るし」
「…確かにマコトならできるだろう。だが向こうには兄上の子飼いの者がすでに侵入している。任せられないか?」
「その子飼いの人達を信用してない訳じゃないんだけど…俺なりに情報を集めたいだけなんだよ」
そう言うと誠は更に腕を引っ張られ、すっぽりとアレクセイの腕の中に収まってしまった。
「向こうの教会には、利益だけを求める司祭や神父が居ると聞く。俺は君を、そんな下賤な奴らの元に向かわせたくない」
「アレクセイ…」
心配してくれるのは分かる。けれど、もしかしたら勇者は日本人という可能性が出てきたのだ。だったら誠が確認した方が早いし、すぐに相模や統括の神に連絡してそれなりの対処をしてもらうことも出来る。
そう言って納得してもらえば良いだけなのに、誠は口を開くことができなかった。
この心地良い体温から、抜け出せなくなっていた。ただただ純粋に心配してくれる人が居ることが嬉しいのだ。
けれどそれは、いつまでも続かなかった。
『誠くーん。良い雰囲気のところ悪いけど、戻って来ましたよ』
いつから聞いていたのだろう。向こうから見えるはずもないのに、誠はアレクセイから離れようとしたが無駄な抵抗だった。
おとなしくアレクセイの腕に収まりながら平謝りすると、相模は笑うだけだった。
『先程、統括の神に話をつけました。すぐに調べてくれるそうです』
「ありがとうございます。こちらも勇者を調べ次第、すぐに連絡します」
それから少し話をして連絡を終えた。けれどアレクセイはまだ納得していないらしく、解放してくれる気配が無い。
誠はそのまま体の力を抜き、アレクセイの背中に腕を回した。
「アレクセイ…お願い、今回は譲って」
「……」
「絶対にムチャしないって"約束"するから」
そう言うと喉奥でグルルと小さく唸ったあと、アレクセイは誠を解放した。
「絶対に、だぞ」
「うん。見るだけにするから。それだったら良い?」
「…ああ」
アレクセイは渋々頷くと、また誠を抱き締めた。
「約束」をしたから、誠はそれを破ることはできない。なぜか「勇者」の存在が気になるのだ。そんな予感めいたものは、今まで外れたことがない。
それにヴォルク家と対立するという侯爵家の領に降り立ったのも気になるし、その家と教会が噂通り癒着しているのなら、今後ヴォルク家やアレクセイに何かしてくるかもしれない。
考え過ぎならば、それで良い。
誠は少し顔を上げると、アレクセイのキスを待っていた。
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