それが運命というのなら

藤美りゅう

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それが運命というのなら#5

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 次の日、将星との約束を守る為、まだ怠さの残る体に鞭を打ち登校した。左手首に残った将星の噛み跡は未だ熱を持ち、空気に触れただけでジクジクと痛み、せめて空気に触れないようにと適当ではあったが包帯を巻いた。

 理月が登校すると、不良たちがこぞって理月に大きな声で挨拶をしてくる。うるさいのでやめて欲しい、そう思っているのだが、これもここの伝統である為、我慢するしかなかった。
だが、いつもうるさく感じるその挨拶に、今日はホッとしていた。将星と体を繋げ、自分に何か変化があったのではないかと感じていたからだ。だが、それはいらぬ危惧心だったようだ。

 理月は秋吉に会う為、早速B組に向かった。クラスの入口で話し込んでいる二人の生徒に声をかけると、相手は理月の姿にギョッとしている。
「秋吉っているだろ?呼んだくれ」
「秋吉?わ、分かった、呼んでくるよ」
生徒は慌てて教室に入り、一人の華奢な男を連れて戻ってきた。
「おまえが秋吉か?」
オメガ特有の中性的な小綺麗な顔立ちと小柄な体型をしている。周囲は言わずとも、秋吉がオメガだと気付いているだろう。黒髪で前髪が長く、そこから覗く目は自分を前にしているからかなのか、元々なのか分からないがオドオドとしていた。

「な、何?」
秋吉は理月の姿に顔を引き攣らせている。
「ちょっといいか?」
「お、俺、なんかした?」
秋吉は震える声でそう言った。チラリと目を向けると、秋吉は怯えたように視線を下に向け、理月が黙って歩き出すと、秋吉も慌てて後を追った。

屋上の扉を開けると同時に、理月はタバコに火を点けた。
「天音……くん?」
どう話しを切り出そうかと暫く考えていると、秋吉は溜まりかねたように声を発した。
「おまえ……ウリやってんのか?」
そう秋吉に言葉を投げつけると、秋吉の肩が大きく揺れた。
「やってるなら今すぐ辞めろ」
理月の言葉に秋吉はキッと睨みをつけてきた。
「か、簡単に言うなよ!うちは母子家庭で母さんは体が弱くてまともに働けないし、まだ小さい弟もいて生活が苦しいんだ……!オメガだから病院だって行かないといけないし、バイトもしてるけど、それだけじゃ足りないんだよ……!あと使えるのはこの体だけなんだ!」
大人しそうに見えた秋吉がそこまで捲し立てた事に、理月は思わず面食らった。

 自分は恵まれている方だ。家族との絆などなかったが、家庭は裕福な方であった為、金に困る事などない。ましてやオメガであれば、普通ならば病院にだって通わなければならない。抑制剤が高額というのは理月も知っていたが、確かに生活が苦しい人間にとってかなりの負担になるだろう。オメガの人間は社会的に地位の低い者が多い。生活の為にウリやっているオメガはそう珍しくもないのも事実だ。

「天音なら分かるでしょ!?」
そこまで言って、秋吉はハッとしてように口を手で塞いだ。
秋吉は自分がオメガだと気付いている。自分も秋吉がオメガだと分かったように。
「ご、ごめん……」
「いや……気にするな。言わないでいてくれるだけで、ありがたい」
理月は目を細めると、タバコの煙をゆっくりと吐き出した。

「紅羽って知ってるだろ?」
その名前を出した途端、秋吉の目が揺れた。
「紅羽が何?紅羽は俺の常連だけど……」
「そいつがウリを辞めてほしいって言ってるらしい」
「関係ないだろ、付き合ってるわけでもないし、ただの客の一人になんでそんな事……」
秋吉は動揺を隠すように、目をせわしなく動かしている。
「紅羽がケルベロスのメンバーって知ってて寝たのか?」
「し、知らない……嘘……あいつケルベロスだったの?」
本当に知らないのか、秋吉の目は大きく見開かれ、小刻みに震えていた。
(本当に知らなそうだな……)
秋吉の反応は嘘ではないように思えた。
「おまえに本気らしい」
その言葉に秋吉の顔が朱色に染まったのを見逃さなかった。
「無理だ……」
「なぜ?」
「俺はもう汚れてる……それに、アイツはアルファで結構ボンボンだって聞いた」
「一度話してみろよ」
「前に、自分が養うからウリ辞めろって言われて……喧嘩して連絡先消しちゃったから、連絡できない」
秋吉自身も紅羽に対して、客以上の思いがあるように理月は見えた。
「どちらにせよ、ウリは辞めてもらう。行徳でそんな事してるのを見逃すわけにはいかない」
「……」
将星の連絡先は聞いていない。そうなると直接会いにいくしかないようだ。
理月は吸っていたタバコを水の張ってあるバケツに投げ入れると、
「今日、放課後付き合え」
そう秋吉に言った。

 放課後になり、理月と秋吉はバスを使って隣町までやってくると、寂れた自動車整備工場までやってきた。
「ここって……」
秋吉は整備工場をじっと見つめている。
「ケルベロスの溜まり場って話だ」
理月は怯む事なく、その工場に足を踏み入れる。そこには数台の大型バイクが並んでいた。この中のどれかは将星の物かもしれない、そう思うと胸がギュッと締め付けられた。
 工場にはメンバーらしき男が二人、談笑しながらバイクを弄っているのが目に入った。
秋吉を見るとその視線に気付いた秋吉は首を振った。どうやら紅羽ではないようだ。

「なあ」
理月はその二人の男に声をかけた。
「あ?なんだおまえ」
男は理月の姿に気付くと、怪訝そうな顔を浮かべている。
「紺の詰襟……?そ、その制服……!おまえ行徳か!?」
顔に傷がある男が理月を見て、ギョッとした表情を浮かべている。
「そうだ、行徳の天音だ」
「天音って……行徳の頭じゃねえか!なんで……!」
「紅羽ってやついるか?それか将星でもいい」
できれば紅羽にいてもらいたい、そう願ったが、
「うるせえぞ、滝」
聞き覚えのある掠れた声が聞こえ、工場の奥の事務所らしきプレハブ小屋から髪を一つに束ねた男が出てきた。将星だった。将星の姿を見た瞬間、理月の心臓が大きく跳ねた。

 将星は理月の姿に気付くと、一瞬動きが止まり眉根がピクリと動いたのが分かる。
「か、かしら行徳の天音が……!」
「見れば分かる」
将星は狼狽える事なく、理月にじっと目を向けている。
「何か用か?」
その言葉に理月はカチンとする。
「紅羽に会いにきたんだよ。秋吉と話させる為に。連絡先消しちまったって言うからよ」
「そうか……今日は来るか分かんねえな。ちょっと待ってろ、電話してみる」
そう言って将星は携帯を取り出した。

 昨日、自分と体を繋げたとは思えない程、将星は冷静だった。理月の心臓は将星の姿を見た瞬間から、ドクドクと鼓動が速くなっているというのに。自分だけ緊張している事が酷く馬鹿らしく感じた。

「すぐこちらに来るそうだ。少し待っててくれ。なんなら中で待つか?」
そう言って奥のプレハブ小屋に親指を向けた。その手には理月と同じように包帯が巻かれており、自分たちの間にあった事は事実である事を実感させられる。
「いや、いい……ここで待たせてもらう」
将星は何も言わず、プレハブ小屋に戻って行った。

 理月と秋吉は、目の前の道路の路肩に並んで腰を下ろすと、
「天音はケルベロスのリーダーと知り合いなんだ?」
意外そうに言った。
「……知り合いって程でもねえよ。紅羽って奴の事で俺におまえと話つけてくれって、直接尋ねて来られて頼まれたんだよ」
「そうだよな。ケルベロスと行徳は交わらないのが決まりだもんな。しかし、リーダーの宝来将星?初めて見たけどオーラ凄かったな……あれがカリスマ性ってやつなんだろうな」
秋吉は独り言のように言葉を漏らした。
 『ケルベロス』という荒くれ者の集団を纏め上げ、無意識に人を惹きつけるカリスマ性を将星が持っているのは自分でも感じた。
(喧嘩が強いだけの俺とは違う)
一つ舌打ちをし、理月はタバコに火を点けた。秋吉に煙がいかないように下に向かって煙を吐くと、
「これ、良かったら飲んでくれ」
不意に上から声が降ってきた。
「?」
 顔を上げると顔に傷のある男が缶コーヒーを差し出していた。
「頭から」
そう言って、缶コーヒーを手渡された。
「どーも」
(てめえで持ってこいよ……)
 素気ない将星の態度に苛立ちを感じた。関わらないでくれ、と言ったのは自分だ。そしてそんな風に思う勝手な自分に呆れもした。

 バイクの低いマフラー音が微かに聞こえてきたと思うと、その音が段々と近付いてくる。そして目の前に一台のアメリカンタイプのバイクが止まった。
「陽一!」
大柄な男がバイクを降りながらヘルメットを脱ぎ、次の瞬間には秋吉を抱きしめていた。
(あいつが、紅羽……)
 秋吉と頭二つ分近く違う。おそらく身長は2メーターを越えるかと思うほどの高身長だ。小柄な秋吉は、すっぽりとその腕に収まってしまっている。
 遠目で二人を見守っていると、何やら二人は揉め始めている。だが、最終的に二人は抱きしめ合い、めでたく一件落着のようだ。
(これで役目は終わった)

 理月は腰を上げ、チラリと工場奥のプレハブ小屋に目を向けた。数人のケルベロスのメンバーの中心に将星がやはり、二人を見守っている。
将星と一瞬目が合ったか思うと、慌てて視線を逸らし理月はその場を立ち去った。
将星は自分を引き止める事も話しかける事もしてこなかった。
それが無性に腹が立ち、悲しかった。

 将星との接触はそれ以来なかったが、街中で将星を見かける事は何度かあった。その度に、なぜか互いの存在を確認するように目が合う。それは、自分から伸びた細い線がたくさんの人や建物を避け、将星へと真っ直ぐに繋がっているような感覚に陥るのだ。

 《運命の番》
 そんな都市伝説のような事が本当にあるのならば、その相手が将星なのかもしれない、ふとそんな風に思う。

 短い秋が終わり本格的な冬に入る頃、将星がケルベロスを引退したと耳にした。理月はそんな将星の後を追うように、行徳学園の頭を降りたのだった。
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