勝負如此ニ御座候(しょうぶかくのごとくにござそうろう)

奇水

文字の大きさ
7 / 10
(一)

勝負如此ニ御座候

しおりを挟む
  七.




「それは、その、武蔵殿に、その時の敗北に心魂を殺されてしまったと、そのような……?」

 宮本武蔵に負けるということは、それほどのことなのか。兵法者として生きる道を挫けさせるほどの衝撃があったというのか。

 清秀老はそれには答えず。

「兵法者として死んでしまっては、もはや仕官どころではない。母を如雲斎様と珠殿の任せて、何処かへと去ってしまおうかと思ったが――」

 連也斎殿に、止められた。

「叔父御に……?」

「『外他流の太刀筋、学ばせてくだされ』とのことであったが、儂は血族に対して連也斎殿が慮ってそのように言われたのだと思った……」

 その後は、二人は如雲斎の許可を取り、どちらが師というでもなく弟子となるでもなく、修練の成果を見せあい、試しあった。師弟ではなく、共同研究者というべき関係であった。

「連也斎殿は、儂より十歳年下であったが、才覚は凄まじいものであったよ」

「はあ……叔父御が外他流の研究をなさっていたとは……」

 複数の流派を学ぶ兵法者も特段珍しい話ではない。厳延の祖父である如雲斎も、若き日に新当流の薙刀を学んでいた。

 兵法者として一人前に生きるということは、いついかなる事情で他流仕合をせねばならぬか解らない。

 だから他流の技を学ぶというのは理にかなっている。

 それが将軍家指南も務めたことがある小野家の一刀流に近しいものとあれば、むしろ知ろうとして当然であるかのように思えるが。

 ――とはいえ、そんな話はまったく聞いたこともなかった。

(本当のことなのだろうか)

 と、そこで初めて疑問が湧いた。

 今までつらつらと、あまりにも刺激的な話を息継ぐ間もなく重ねられてつい真に受けていたが、話の全部が真実であるという保証は何処にもない。あるいは一部だけ本当なのか、それとも一部だけが嘘なのか。その全てが虚構なのか。

 厳延がそのように考えたのは、さすがに彼の叔父である連也斎についてはしっくりこなかったからだ。

(叔父御はそのようなものを残していなかった)

 何かしら外他流についての覚書のひとつふたつは、ありそうなものではないか、と思う。

 少なくとも浦屋敷には、そのようなものはなかったのは間違いない。そう確信をもって言えるのは、当の連也斎の遺言によって遺品を彼が処分したからである。連也斎は財産を尽く処分するように遺言したのだ。

 さすがに敬愛する叔父であり師である人の遺品を、何も確認することもなく処分するということは躊躇われた。

 使用人が自分たち親族の目を盗んでかすめ取るということも考えて、叔父御の体調が悪くなりだした頃にはすでにそのことを聞かされていた厳延は、浦屋敷にある物を叔父御と他の門弟たちの立ち会いのもとで確認している。

 それに。

 外他流についての研究をしていたのなら、弟子であり甥である自分には何かしらの話を伝えていたのではあるまいか。

(そもそも、今までの話からでは、なんで自分がこの人のことを知らなかったのかの説明になっていない)

 と気づく。

 そのことを素直に告げるべきか迷っていたが。

「…………天井裏にな、櫃が一つ残してある」

 とこちらの考えを悟っていたのか、清秀老は言った。

「天井裏に!?」

「自室のな。遺品の全てを処分するように遺言したというから、あれも残してはいないと思っていたが、先日に確認するとまだあった。他流についての研究の尽く、儂から得たものも含めて、円明流のものから多々残されておったわ」

「あ、いや……先日に確認?」

 清秀老は、また頭を振り。

「――――この裃をな、探しにいったのだ」

 それは。

「……では、先日に浦屋敷に出た怪異というのは!」

「結局のところ、全て話さねばならんか――」

 観念したかのように言って。

 清秀老は話を続けた。

「儂から学び得ることは、二年で全て連也斎は習得した」

 まさしく剣の天才だった。

 そして十六歳になった連也斎は、彼に「嶋家を継いでください」と言った。

「嶋家の……そういえば」

 叔父御は十六歳まで嶋を名乗っていた。

「最初は、師である方に渡し得るものが他にないとか言うておったがな。押し問答の末に、本音を言うたよ」



『私は、兵法の研究に生涯を捧げたかったのです』



 連也斎は剣に生きたかった。そして、剣に死にたかった。

 しかし母に嶋家の跡継ぎであることを望まれて、跡取りをとらなければならない。それで諦めていたが、そこに清秀が現れた。嶋家の血族であり、自分より年上の男子だ。健康でもある。

 嶋家の跡を継いでもらうのになんら問題はない。むしろ理想的だった――と、連也斎は考えたらしい。



「儂は、



「断った――?」

「揉めに揉めた。新六は激しい気性で、儂も引くに引けず……」

(新六?)

 叔父御の、連也斎の幼名だということに気づくまで数瞬かかった。

 考えれば当然のことではあったが、連也斎の号は隠居した後に名乗ったものであるから、寛永の頃からの付き合いであるのならば、そう呼んでいた期間の方がずっと短い。恐らく新六と名乗っていた時期に出会い、ずっと二人の間ではそのように幼名で呼び合うなりしていたのだろう。

「そうこうあって、母もすぐに病で亡くなり、儂も柳生家に居づらくなった。如雲斎様は気にするなと言われたが……その頃には、大曽根のご隠居が儂に侘びとして百石からの捨扶持をくださっていたのでな。思い切って柳生家も出た」

「百石も……」

「口止め料もこみ、だったのだろう。他家にてことのあらましを語ることなかれ、くらいの含みはあったわ」 

 さらりと答えて、以降は飼い殺しのようなものであったと言い、母の弔われた白林寺の近所に庵を結んでいたと述べた。

「そんなところに……」

 白林寺は柳生家の菩提寺でもあるが、そこにこんな人が住んていたなどとは、厳延は夢にも思っていなかった。

 もっとも、飼い殺し云々という話をそのまま厳延は受け止めたりはしなかった。

 詫びの気持ちだけで百石もの捨扶持を出すとも思えない。望めば正式に仕官することはできただろう。それをご隠居は期待していたのではあるまいか。

 あるいは先程言ったように兵法者として死んだ以上、仕官などする気にはならなかったのかもしれない。

(いや……それだと、間尺が合わぬ)

 この老人はまだこの期に及んでも語っていない事情がある。隠していることがある。

 そのことを今すぐ問いただすと話が滞るので、彼は黙って続きを聞く。

「連也斎殿は、嶋家については儂に譲ったのだと言い張り、以降は柳生を名乗り続けて養子もとらずに兵法三昧……如流斎殿は儂らの対立に嶋家の名が絶えるのを見かね、隠居の後は嶋を名乗ったり……このあたりの話は、別に長くなって面白くもない」

 父が嶋を名乗っていたのは、そのような事情があったのか。この話だけではどうにも意図が解らないが、何か中継ぎ的な意識があったのかもしれない。

「そうこうして五十年、ご隠居からの使い以外は、時折に如雲斎様や如流斎様の便りはあったが、連也斎殿はついぞ……いや、隠居の後に一度だけ来たか」

『嶋家の家紋を入れた裃を拵えてある』

 そう告げたという。

「いい加減に、養子でももらって嶋家を継いでくれということであったがな……ふん。お互い歳をとって、より頑固になっておった。その時も物別れしたが」

『この裃は櫃にいれて天井裏にしまっておく。必要な時があれば取りにこられい』

 それが最後に聞いた連也斎の言葉だった。

 それから十年して連也斎の死の報告を受け、葬儀にでることも憚られた清秀老は甥二人に熱田沖に散骨せよという遺言を知り……海に向かって見送りに酒を飲んでいたというのが、厳延が見かけたあの日の姿であった。

「……今日は、ご隠居様に呼ばれ登城した」

 五十年以上前に一度会っただけの兵法者を、かつての光義公……光友、今は大曽根のご隠居様と通称される御方は覚えていた。

 ずっと捨扶持を与え続けていたのだから当然であったが、ご隠居様は綱誠公に何かの拍子で清秀老の詳細を語ったという。

 徳川綱誠公は好奇心旺盛な方であり、新陰流七世でもある。

 かつて宮本武蔵に負けた外他流の兵法者、などという面白い存在を聞けば、興味を惹かれてあいたくにもなろう。

(なるほど。半ばは自分の推測の通りであったか)

 清秀老を最初に見た時に考えた推論は、こと綱誠公に関する限りは当たっていたということか。

 長きの間に隠遁を決め込んでいた清秀老であったが、さすがに藩主直々の呼び出しに応じないわけにもいかなかった。

 それに。

『汝も盤寿ばんじゅも過ぎてそさすがにろそろ先も短いだろう。先日に連也斎の三回忌も済ませたところであるし、これを区切りとして、彼の意を汲んで名目だけでも嶋家を継いでくれないか』

 と言われた。

「三年もたつと、ようやく気づいた」

 意地を張り続けて五十年以上だ。

 連也斎も今は亡い。

 そろそろ、よいではないか――

 そう思えた。

 かつて抱いた無念の全てが摩耗してしまったわけではないが。

 それでも。

「それで嶋家の家紋を入れた裃のことを思い出し、浦屋敷に忍び行ったと……」

「騒ぎを起こして、済まぬことをしたと思っている」

「いえ……」

 こうして真相が知れたので、もうそれは良いのだと厳延は思った。

「新しく誂あつらえても良かったのだが、連也斎殿がせっかく仕立ててくれたものゆえ……できるのならば、それを身に着けていきたいと――まあ年寄の感傷だ」

「なるほど」

 話はあらかた終わったようで、清秀老はこちらの応えるのを待つように沈黙した。

 厳延は目を細めて考える。

(どうして柳生家との関わりを断っていたのか、そのあたりの諸々の事情は話された通りで間違いないのだろう。天井裏の櫃というのも、あとで人をやって確認すればよい。叔父御の他流への知見の覚書、なぜ俺に伝えなかったかは疑問は残るが、読んでいけばそのあたりは解るかもしれない。何より、叔父御の遺したもの、まだあるというのならば……) 

 頷き。

「なるほど」

 ともう一度言って。



「しかし――あと二つ隠されていることがありますな」



「…………ッ」

「叔父御の頼みを、何故断ったのですか?」

「それは、」

「そして、兵法者として死んだはずの貴方が、?」

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末

松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰 第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。 本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。 2025年11月28書籍刊行。 なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。 酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【時代小説】 黄昏夫婦

蔵屋
歴史・時代
 江戸時代、東北地方の秋田藩は貧かった。  そんな中、真面目なひとりの武士がいた。同僚からは馬鹿にされていたが真面目な男であった。俸禄は低く貧しい。娘二人と実母との4人暮らし。  秋田藩での仕事は勘定方である。  仕事が終わると真っ直ぐ帰宅する。 ただひたすら日中は城中では勘定方の仕事をまじめにして、帰宅すれば論語を読んで知識を習得する。   そんな毎日であった。彼の名前は立花清左衛門。年齢は35歳。  娘は二人いて、一人はとめ15歳。もう一人は梅、8歳。  さて|黄昏《たそがれ》は、一日のうち日没直後、雲のない西の空に夕焼けの名残りの「赤さ」が残る時間帯のことを言う。「|黄昏時《たそがれどき)」。 「黄昏れる《たそがれる》」という動詞形もある。    「たそがれ」は、江戸時代になるまでは「たそかれ」といい、「たそかれどき」の略でよく知られていた。夕暮れの人の顔の識別がつかない暗さになると誰かれとなく、「そこにいるのは誰ですか」「誰そ彼(誰ですかあなたは)」とたずねる頃合いという意味で日常会話でよく使われた。  今回の私の小説のテーマはこの黄昏である。  この風習は広く日本で行われている。  「おはようさんです」「これからですか」「お晩でございます。いまお帰りですか」と尋ねられれば相手も答えざるを得ず、互いに誰であるかチェックすることでヨソ者を排除する意図があったとされている。  「たそかれ」という言葉は『万葉集』に 誰そ彼と われをな問ひそ 九月の 露に濡れつつ 君待つわれそ」 — 『万葉集』第10巻2240番 と登場するが、これは文字通り「誰ですかあなたは」という意味である。  「平安時代には『うつほ物語』に「たそかれどき」の用例が現れ、さらに『源氏物語』に 「寄りてこそ それかとも見め たそかれに ほのぼの見つる 夕顔の花」 — 『源氏物語』「夕顔」光源氏 と、現在のように「たそかれ」で時間帯を表す用例が現れる。  なおこの歌は、帖と登場人物の名「夕顔」の由来になった夕顔の歌への返歌である。  またこの言葉の比喩として、「最盛期は過ぎたが、多少は余力があり、滅亡するにはまだ早い状態」をという語句の用い方をする。 漢語「|黄昏《コウコン》」は日没後のまだ完全に暗くなっていない時刻を指す。「初昏」とも呼んでいた。十二時辰では「戌時」(午後7時から9時)に相当する。  「たそがれ」の動詞化の用法。日暮れの薄暗くなり始めるころを指して「空が黄昏れる」や、人生の盛りを過ぎ衰えるさまを表現して「黄昏た人」などのように使用されることがある。  この物語はフィクションです。登場人物、団体等実際に同じであっても一切関係ありません。  それでは、小説「黄昏夫婦」をお楽しみ下さい。  読者の皆様の何かにお役に立てれば幸いです。  作家 蔵屋日唱    

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)

三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。 佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。 幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。 ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。 又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。 海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。 一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。 事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。 果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。 シロの鼻が真実を追い詰める! 別サイトで発表した作品のR15版です。

【読者賞】江戸の飯屋『やわらぎ亭』〜元武家娘が一膳でほぐす人と心〜

旅する書斎(☆ほしい)
歴史・時代
【第11回歴史・時代小説大賞 読者賞(読者投票1位)受賞】 文化文政の江戸・深川。 人知れず佇む一軒の飯屋――『やわらぎ亭』。 暖簾を掲げるのは、元武家の娘・おし乃。 家も家族も失い、父の形見の包丁一つで町に飛び込んだ彼女は、 「旨い飯で人の心をほどく」を信条に、今日も竈に火を入れる。 常連は、職人、火消し、子どもたち、そして──町奉行・遠山金四郎!? 変装してまで通い詰めるその理由は、一膳に込められた想いと味。 鯛茶漬け、芋がらの煮物、あんこう鍋…… その料理の奥に、江戸の暮らしと誇りが宿る。 涙も笑いも、湯気とともに立ち上る。 これは、舌と心を温める、江戸人情グルメ劇。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

仇討浪人と座頭梅一

克全
歴史・時代
「アルファポリス」「カクヨム」「ノベルバ」に同時投稿しています。 旗本の大道寺長十郎直賢は主君の仇を討つために、役目を辞して犯人につながる情報を集めていた。盗賊桜小僧こと梅一は、目が見えるのに盗みの技の為に盲人といして育てられたが、悪人が許せずに暗殺者との二足の草鞋を履いていた。そんな二人が出会う事で将軍家の陰謀が暴かれることになる。

処理中です...