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7話 絶望
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バイト初日、俺は絶望している。
業務内容自体は良かった。今日も基本は皿洗いや力仕事だったし、少しだけど注文を受ける仕事も出来た。
バイト自体は順調だったんだ。問題は、その後。
「今、事故で電車止まってるぞ」
意外と大丈夫だったと満足していた俺を突き落としたのは、常連客の一人がくれたこの情報だ。
最悪なことに復旧の時間は未定で、駅は帰宅難民とタクシーを求める人々で溢れているらしい。
俺はタクシー代なんて持ち合わせてないし、まだ両親が帰ってくる時間じゃないから家に着いてから代金を持ってきてもらうことも出来ない。
完全に帰宅難民だ。
(バス……バスでも帰れるのか……?)
ほとんど使うことがないから、経路を調べようとスマホをカバンの中から取り出した時。
婆さん、ではなく女将さんがパンッと手のひらを合わせた。嫌な予感しかしない。
「蓮くん、うちに泊まって行ったら良いのよ! 明日は休みでしょ?」
(絶対嫌だ!)
心の中では即答できているのに、声には出なかった。危なかった、喉まで出ていた。
もっと、もっと人間の言葉に直して上手くお断りしなければ。
俺は脳内の会話辞典の数少ない項目から、適切そうな言葉をひっぱりだそうと必死に考える。
「そんな迷惑はかけられないので」
「遠慮しないでいいぞ! 布団はあるから! なぁ母さん」
爺さん改め大将には人間の言葉が通じないらしい。やっぱり宇宙人なんだろうな。
「そうそう! 着替えは大和のをまた貸すわよ。ねぇ?」
「え……」
宇宙人夫婦のノリに、話を振られた大和が固まってしまった。俺と交代して洗い物をする手が完全に止まっている。
ジャバジャバとただ水が流れる音が数秒した後、再び手を動かしながら大和は頷いた。
水音に掻き消されそうな低い声がボソボソと聞こえてくる。
「俺ので良ければ……いつでも……」
いつでも良いって間じゃなかったぞ今の。嘘が下手か。
「ほら! 大和も喜んでるし、親御さんには私から連絡するわ!」
なるほど宇宙人にはあれが喜んでるように見えるのか。そんな馬鹿な。どう考えても嫌だって言える空気じゃないから了承しただけだろ。
でもこのポジティブさが女将さんの元気の秘訣なんだろうなってちょっと羨ましい。
女将さんは俺の返事を待たずに、すでにレジ横の固定電話を手にしている。
プルルル、とよくある発信音を聞きながら俺は祈った。祈るしかなかった。
(母さん頼む! 自力で帰らせるって言ってくれ!)
結論から言うと、俺はお泊りする羽目になった。
母さんがとりあえず形だけ遠慮して、女将さんがもうひと押ししたら、「じゃあよろしくお願いします」という大人特有の適度なやりとりを隣で聞いていた俺は白目剥いて倒れそうだ。
健康すぎて倒れたことなんてないけど。
嘘だと言ってくれ。
誰かに助けを求めたいが、この場で一番俺と感覚が近そうな大和は空気を読んで黙々と洗い物をしてる。
絶対嫌だって思ってるはずなのに口にしない。
言ってくれ。勉強の邪魔になるからくらい言っていい。
俺は念を送るけど、その願いが叶うはずもなく。
風呂に入ってさっぱりして大和のブカブカの服を着ていた。Tシャツはこのくらいのサイズもありかもしれないと思うくらい楽だ。まとわりつかないから涼しいしな。ジャージ生地のハーフパンツは相変わらずウエストの紐を絞れば問題なし。
女将さんが出してくれた麦茶飲みながらホッと一息、つけるわけもなく。
俺は足を揃えて四人用のダイニングテーブルの前に座っていた。
(落ちつかねぇ)
いっそずっと風呂に一人で引き篭もってたかった。
いつもより開いているデコルテに濡れた金髪が掛かって冷たい。ドライヤー貸してくださいって言う勇気を誰かくれ。
ソワソワするとカタカタ椅子が鳴るから身動き取れない。
手持ち無沙汰な俺はぐるりとダイニングを見回した。店と一緒で、置いてある家具に年代を感じる。でもリフォームしているのか、フローリングの床や白い壁はほとんど傷がなくて綺麗だ。
地方にある俺の祖母さんの家とは雰囲気が違って現代的な住まいだな、などと考えていると。
「蓮くん」
最早聞き慣れた声が聞こえて、椅子をガタンッと鳴らしてしまう。顔を向けると、布団を抱えた女将さんが笑っていた。
「ごめんなさいねー。シャンプー切れそうだった気がするから大和に詰め替えてって伝えてくれる?」
「はい」
使わせてもらったけど、切れそうだったことに全然気付かなかった。シャンプーの残量なんて気にして生きたことがなかったからな。
(シャンプー切れそうだから詰め替えてって女将さんが言ってた。シャンプー切れそうだから詰め替えてって女将さんが言ってた。シャンプー切れそうだから詰め替えてって女将さんが言ってた)
廊下を歩きながら、俺はなんども言葉をシュミレーションする。このくらいの業務連絡、やり遂げてみせないと。
まずは引き戸をコンコンとノックする。何の反応もない。
小さく深呼吸して、そーっと脱衣所に入る。
ドアを開けてすぐ目の前の鏡には自分で思っているよりポーカーフェイスの俺が写っていた。
この感じならちゃんと伝えられそうだと安心して、中のシルエットがぼんやりとだけ分かる曇りガラスのドアを軽くノックする。
「しゃ、シャンプー、切れそうだから詰め替えてって女将さんが言ってた」
ずっと聞こえているシャワー音のせいだろうか。
大和が向こうで何か言ってるはずだけど全然聞こえない。
「シャンプーが切れそうだから、詰め替えてって女将さんが言ってた!」
大きめの声で言い直してやると、また何か聞こえる。たぶん、「了解」とか言ってんだろう。
都合よく解釈して俺が出て行こうとすると、シャワーの音が途切れた。
「何って? 聞こえなかったんだけど」
ドアが開くと共に出てきた男を見て、俺の脳はバグった。
業務内容自体は良かった。今日も基本は皿洗いや力仕事だったし、少しだけど注文を受ける仕事も出来た。
バイト自体は順調だったんだ。問題は、その後。
「今、事故で電車止まってるぞ」
意外と大丈夫だったと満足していた俺を突き落としたのは、常連客の一人がくれたこの情報だ。
最悪なことに復旧の時間は未定で、駅は帰宅難民とタクシーを求める人々で溢れているらしい。
俺はタクシー代なんて持ち合わせてないし、まだ両親が帰ってくる時間じゃないから家に着いてから代金を持ってきてもらうことも出来ない。
完全に帰宅難民だ。
(バス……バスでも帰れるのか……?)
ほとんど使うことがないから、経路を調べようとスマホをカバンの中から取り出した時。
婆さん、ではなく女将さんがパンッと手のひらを合わせた。嫌な予感しかしない。
「蓮くん、うちに泊まって行ったら良いのよ! 明日は休みでしょ?」
(絶対嫌だ!)
心の中では即答できているのに、声には出なかった。危なかった、喉まで出ていた。
もっと、もっと人間の言葉に直して上手くお断りしなければ。
俺は脳内の会話辞典の数少ない項目から、適切そうな言葉をひっぱりだそうと必死に考える。
「そんな迷惑はかけられないので」
「遠慮しないでいいぞ! 布団はあるから! なぁ母さん」
爺さん改め大将には人間の言葉が通じないらしい。やっぱり宇宙人なんだろうな。
「そうそう! 着替えは大和のをまた貸すわよ。ねぇ?」
「え……」
宇宙人夫婦のノリに、話を振られた大和が固まってしまった。俺と交代して洗い物をする手が完全に止まっている。
ジャバジャバとただ水が流れる音が数秒した後、再び手を動かしながら大和は頷いた。
水音に掻き消されそうな低い声がボソボソと聞こえてくる。
「俺ので良ければ……いつでも……」
いつでも良いって間じゃなかったぞ今の。嘘が下手か。
「ほら! 大和も喜んでるし、親御さんには私から連絡するわ!」
なるほど宇宙人にはあれが喜んでるように見えるのか。そんな馬鹿な。どう考えても嫌だって言える空気じゃないから了承しただけだろ。
でもこのポジティブさが女将さんの元気の秘訣なんだろうなってちょっと羨ましい。
女将さんは俺の返事を待たずに、すでにレジ横の固定電話を手にしている。
プルルル、とよくある発信音を聞きながら俺は祈った。祈るしかなかった。
(母さん頼む! 自力で帰らせるって言ってくれ!)
結論から言うと、俺はお泊りする羽目になった。
母さんがとりあえず形だけ遠慮して、女将さんがもうひと押ししたら、「じゃあよろしくお願いします」という大人特有の適度なやりとりを隣で聞いていた俺は白目剥いて倒れそうだ。
健康すぎて倒れたことなんてないけど。
嘘だと言ってくれ。
誰かに助けを求めたいが、この場で一番俺と感覚が近そうな大和は空気を読んで黙々と洗い物をしてる。
絶対嫌だって思ってるはずなのに口にしない。
言ってくれ。勉強の邪魔になるからくらい言っていい。
俺は念を送るけど、その願いが叶うはずもなく。
風呂に入ってさっぱりして大和のブカブカの服を着ていた。Tシャツはこのくらいのサイズもありかもしれないと思うくらい楽だ。まとわりつかないから涼しいしな。ジャージ生地のハーフパンツは相変わらずウエストの紐を絞れば問題なし。
女将さんが出してくれた麦茶飲みながらホッと一息、つけるわけもなく。
俺は足を揃えて四人用のダイニングテーブルの前に座っていた。
(落ちつかねぇ)
いっそずっと風呂に一人で引き篭もってたかった。
いつもより開いているデコルテに濡れた金髪が掛かって冷たい。ドライヤー貸してくださいって言う勇気を誰かくれ。
ソワソワするとカタカタ椅子が鳴るから身動き取れない。
手持ち無沙汰な俺はぐるりとダイニングを見回した。店と一緒で、置いてある家具に年代を感じる。でもリフォームしているのか、フローリングの床や白い壁はほとんど傷がなくて綺麗だ。
地方にある俺の祖母さんの家とは雰囲気が違って現代的な住まいだな、などと考えていると。
「蓮くん」
最早聞き慣れた声が聞こえて、椅子をガタンッと鳴らしてしまう。顔を向けると、布団を抱えた女将さんが笑っていた。
「ごめんなさいねー。シャンプー切れそうだった気がするから大和に詰め替えてって伝えてくれる?」
「はい」
使わせてもらったけど、切れそうだったことに全然気付かなかった。シャンプーの残量なんて気にして生きたことがなかったからな。
(シャンプー切れそうだから詰め替えてって女将さんが言ってた。シャンプー切れそうだから詰め替えてって女将さんが言ってた。シャンプー切れそうだから詰め替えてって女将さんが言ってた)
廊下を歩きながら、俺はなんども言葉をシュミレーションする。このくらいの業務連絡、やり遂げてみせないと。
まずは引き戸をコンコンとノックする。何の反応もない。
小さく深呼吸して、そーっと脱衣所に入る。
ドアを開けてすぐ目の前の鏡には自分で思っているよりポーカーフェイスの俺が写っていた。
この感じならちゃんと伝えられそうだと安心して、中のシルエットがぼんやりとだけ分かる曇りガラスのドアを軽くノックする。
「しゃ、シャンプー、切れそうだから詰め替えてって女将さんが言ってた」
ずっと聞こえているシャワー音のせいだろうか。
大和が向こうで何か言ってるはずだけど全然聞こえない。
「シャンプーが切れそうだから、詰め替えてって女将さんが言ってた!」
大きめの声で言い直してやると、また何か聞こえる。たぶん、「了解」とか言ってんだろう。
都合よく解釈して俺が出て行こうとすると、シャワーの音が途切れた。
「何って? 聞こえなかったんだけど」
ドアが開くと共に出てきた男を見て、俺の脳はバグった。
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