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5度目の世界で
一つ目の罪
しおりを挟む私は、ずっと愛を求めていた。
それは偏に、誰にも愛されず、また恵まれながらも孤独に過ごしてきたからだと思う。
父は、前妻である私の母を嫌悪していて、そのせいなのか私までも嫌悪している。
ユースクリフ公爵令嬢として、政略の駒として扱う以外の目を私に向けず、そして私がどんなに頑張ったとしても一度だって褒めてはくれない。 そのくせ令嬢としての完璧さを私に求めてきた。
そして母は、父に嫌われていることに気付かぬまま、ひたすらに父に執着して私を一度として見てはくれなかった。 今際の際ですら、最後まで執着し続けた愛する父の幻影に縋り続けたのだ。
その後できた義母も、屋敷に来た当初から私を避けているようだった。
もっとも、私の方も義母を受け入れられる気がしなかったのでそれなりの距離感を取れる形となったのは、喜ぶべきなのだろうか。
義弟は、義母より徹底して私を避けていた。
それに、面識はなかったはずなのになぜか私を目の敵にしているようで、屋敷の廊下ですれ違えば私を睨み付けて舌打ちし、学園では猫を被っているのか態度が多少マシになるけれど、それでも言葉の裏にいちいち嫌味と罵倒を混ぜてくる。
嫌悪されていた。
忘れ去られていた。
避けられていた。
敵視されていた。
唯一、縋るように慕っていたアリーだって結局はただの侍女でしかなく、私と対等の存在ではない。
愛を向けられず、孤独を埋めてくれる人もいないまま、私は学園に入学した。
アリステル王国では、貴族の子息子女は14歳になると聖エイリーン学園へと通うことを義務付けられる。
学園では、普段お茶会や社交パーティーでしか会うことのない他家の子息子女とのより密接な交流があり、そこでは少しだけ心に根付く孤独感が和らいだ。
友人……だと思っていた取り巻きの令嬢らに囲まれて、心が癒されると同時に気が大きくなっていった。
そして、そんな大きな勘違いを拗らせてしまった私は、成績上位者として任された生徒会副会長の立場と仕事として補佐する会長 ーージークと結ばれて愛されることが、私の運命であり幸福なのだと錯覚した。
会長であるジークの補佐として常に側にいようとした。
ジークの側に言い寄る令嬢らを排除した。
ジークに構ってほしくてちょっとしたことで声をかけた。
初めは、会長と副会長として良きパートナーであろうと友好的に接してくれたジークも、いつの間にか私を鬱陶しそうに振り払うようになった。
それでも、ジークと私は結ばれる、ジークは私を愛してくれる、ジークと私は運命なのだからと、私はジークに執着した。
やはり、私はあの母の娘だ。 嫌われていることを自覚しないほど愚かではないにせよ、自らを嫌っている者に態度を改めるどころかより執拗に迫るなどと。
それでも、ジークは会長で私は副会長で、その関係からは逃れられない。 だから、私はジークが隣から居なくなることはないと慢心していた。
そこに、あの令嬢が学園へと編入してきた。
男爵家の令嬢で、最近までは庶民として生活していたという彼女は、貴族の子息子女ばかりの学園内において異端な存在だった。
所作やマナーも不出来で、目上の者に敬語も満足に話せない。
しかし、庶民の持ち前なのかその図太さと本人の性格もあってか、いつの間にかその令嬢の周りには階級や性別問わず人が集まってくるようになった。
そして、その中にはジークもいた。
それに反発心を抱いたのは、私を含めた殆どの伯爵家以上の令嬢だった。
学園の風紀を乱す庶民出の令嬢を学園から追い出そうと、私達は小さな嫌がらせから数人で取り囲んで罵倒するまでしてきた。
私はジークがあの令嬢に取られてしまうと、ただ嫉妬に駆られて令嬢を攻撃した。
令嬢は私達の嫌がらせや虐めに逃げることなく立ち向かい、そんな彼女に味方をする者も徐々に増えていく。
彼女の周囲には常に人が居るような状況になり、何もできずにいた私は歯がゆい思いで令嬢とジークが隣り合って歩き、共に笑顔で語り合っているところを睨み付けた。
呼び付けて多人数で囲んで罵倒するという直接的なことはできなくなったが、それでも令嬢の私物を壊したり捨てたりということは続いていた。
それらは全て、取り巻きの中でも階級の低い者がしていた稚拙な嫌がらせだ。
しかし、塵も積もれば山となる、という言葉の通り、小さな嫌がらせは大きな波紋を呼んだ。
なんと、ジーク自らが犯人捜索に乗り出したのだ。
その事に、実行犯である令嬢らは顔を青ざめさせてどうしようかと私に縋ってきたが、私には関係のない事だった。
私は、常に誰かと一緒にいるあの令嬢に手を出せない状況に苛立っていた。 それも、令嬢と一緒にいることが一番多いのはジークで、それが余計に私を苛立たせる。
早く、早くあの女を排し、ジークの隣に戻らなければ。
ジークは私と運命で結ばれていて、私を愛して、私を孤独から救ってくれる英雄だから。 今はあの女に惑わされているだけ。 だから私が早く目を覚まさせてあげなくては。
そんな狂気的な思想に囚われて、私はずっと機会を伺っていた。
あの令嬢を排するための機会を、ずっと、待っていた。
そして、その時は来た。
あの令嬢が、階段の踊り場で1人になるタイミングを、ずっと令嬢を見張っていた私は逃さなかった。
バレないように、しかし速やかに影から出て令嬢を階段下へと突き落す。
階下へと転げ落ちていく令嬢。
それを見て、私は1つの達成感を得ていたのだけれど、それも次の瞬間には消え去った。
腕を捻り上げられ、階段の踊り場に組み伏せられたのだ。
「やりましたね、義姉上。 いや、エリーナ・ラナ・ユースクリフ!」
声だけでは誰か分からなかったが、顔を見てギョッとした。
義弟が、怒りの形相で私を睨め付けていた。
義弟に拘束され、次々とやってくる令嬢の友人らと、そしてジーク。
ジークもまた、義弟と同じように怒りに顔を赤くしている。 しかし王太子としての威厳を損なわないように、表情も眉の端がピクピクと動いていることを除けば無表情に近く、きっと怒鳴り付けて罵倒したいであろう気持ちを押さえつけて冷静に言葉を紡いだ。
「エリーナ嬢。 君は、普段からの彼女への所業だけでは飽き足らず、このような………殺人未遂事件まで起こすとはな。 君への処遇は決まり次第通達する。 それまで、部屋に軟禁されていろ………俺の愛する人を傷付けたんだ。 そう楽に死ねると思うなよ」
最後の呪詛が、ジークの怒りを全て表していた。
そして、その時点で私はジークの愛は既にあの令嬢にあったのだと、ようやく気付いた。
それから、私は裁判にかけられ、現行犯であったことや、日常的に行われていた嫌がらせ行為など諸々、私がしていないことまで全てを押し付けられて有罪判決を受けた。
弁明の機会はあった。 せめて、冤罪のみは語るべきだったと今では思うが、その時は唯一の愛の在り方を失くして、途方に暮れていたのだ。
受けた罰は、北の大地の牢獄での終身刑。
階級が下の令嬢を階段から突き落としたくらいで重すぎる罰だと思うが、あの時点で既に、ほぼ婚約が決まっていた次期王太子妃候補を害したからこその罰だった。
北の大地は年中雪が降る、極寒の地。
北の大地の牢獄は、冬でなくとも凍えるように寒く、吹き抜けの鉄格子からは冷たい雪風が入り込み、凍死する囚人が多かった。
私も例に漏れず、凍えるような寒さの夜に、少しずつ凍り付いていった。
意識までも凍り付いていくかのような感覚の中で、私は眠るように、人知れず孤独に果てたのだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「その時の私の罪は、愛を求めて他を顧みなかったこと。 そして、不遜にも彼に愛されるのだと思い込んだこと」
愛は求めるに非ず、与えられるもの。
求めて、強引に掴みとろうとして、そして結局この手には何も残らなかった。
代わりに罪人の枷を嵌められて、欲しかった愛は手に入らず、寂しくて嫌だった孤独に捨て置かれた。
罪過の果ては、孤独な死だった。
だから、望んだのは誰かに見守られながら逝くこと。
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今が罰だと言うのなら、せめてもの御慈悲を神様に乞うために。
語ろう。 罪人である私の罪を。
愚かな私の、残り3つの罪状を。
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