公爵令嬢の辿る道

ヤマナ

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5度目の世界で

懺悔

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ユースクリフ家の面々となるべく顔を合わせないよう朝は早くから、放課後は遅くまで生徒会の仕事をこなしている。 父も生徒会の仕事ならばと納得しているのか何も言ってこないので、いい具合にあの屋敷で過ごす時間を削減することができている。
しかし、それにも例外がある。
それは社交の場に家族で招待を受けた時や、今日のように学園が休日の時である。
社交会ならば友人も来ているらしいから挨拶をしてくると言って自由に動けるので問題はない。 
実際に友人がいなくとも、どうせ私のことなど知ったことではない父ならば騙すことは容易い。
しかし、休日となると難しい。 父は領地の経営と王宮の仕事で1日中執務室に篭っているけれど、義母も義弟も屋敷のどこにいるのか見当も付かず、迂闊に自室から出ることもできない。
だから、屋敷から出るならば私の方になるのだが、そうなると今度はどこで時間を潰すかということになる。
なるべくなら人のいない場所に行きたいけれど、いかんせんここは王都の中心部であり、大抵どの場所も人で溢れているのだ。
一番マシなのは一般市民にも解放されている国立図書館だろうが、そこは他の学園生も利用する人気の場所なため、できるだけ利用したくはない。
3日ほど前から、休日をどう過ごすか悩んでいた私は、ついに明日がこの世界で初の休日を迎えるという直前まで悩むこととなった。
気分転換として、御者に頼んで学園から屋敷までの帰り道を少し遠回りで走ってもらい、外の景色を眺めながら休日の過ごし方を考えていた。

「あ………ちょっと、止めてくれるかしら」

景色を眺めていて、少し思い付いた私は馬車を止めさせ、その場所に立ち寄ってみることにした。


  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


次の日、学園が休日である今日、特別な用事のない私は学園がある時より遅い時間に起床した。
そして、用意されていた少し冷めた朝食を食し、外行き用のシンプルな白のブラウスと濃いブルーのスカートに着替えて、本を3冊持って昨日帰りに立ち寄った場所へ向かった。

「ようこそお出でくださいましたラナさん。 神もきっと、若く敬虔な信者に喜んで我らが家に迎え入れてくださることでしょう」

私を出迎えてくれたのは、初老の神父様。
私が休日を過ごす場所として選んだのは、教会だった。
ここならば、たくさんの人がいるというわけではないし、教会で騒ぐという罰当たりな輩もいないだろうから静かだろう。
ちなみに、私はそこまで信心深くはなく、敬虔な信者でもない。 
時間を繰り返すという神の御業と言うべき経験をしてはいるが、それは罪業を持つ私への罰だと認識している。
今も、これまでも、神は一度として私に救いを与えては下さらなかった。 
愛を欲し、孤独に苦しんだ私は神に救いを求めて祈ったこともある。 それでも、神は私を愛することも、孤独から救い出すこともしてくれなかった。
祈りは届かず、ただ泡沫の如くささやかな私の夢は叶わない。 だったら、それはもう救いの神など居ないも同然ではないか。
だから、私は神に祈らない。
私が神の御前でするのは、懺悔だ。

「今日は、昨日お話した通りここで読書と懺悔をしたいのですけれど構いませんか?」

「ええ。 ここは神聖なる神の御膝元であり、迷える子羊らの家でもあります。 信者も、そうでない者も、等しくこの場所で祈り、また過ごす権利があるのですよ。 ですから、他の参拝者の御迷惑にならないのであればどうぞ自由にお過ごしなさい」

そう言って、初老の神父様は奥の執務室へと消えていった。
残された私は教会に並べられた長椅子の最前列左端に腰を落ち着けて、持ってきた本の1つを開く。
今日持ってきたのは、長編ラブストーリーの上・中・下巻の3冊だ。 休日に読むにはちょうどいい文量で、これなら一日中退屈せずに過ごせそうだ。

ユースクリフ邸に居ては、自室に篭っていたとしてもこうまで自由に過ごすことはできない。
侍女のアリーは既に終わらせた淑女教育のおさらいだと言って私にダンスや勉強をさせたがるし、父は突然私を呼びつけたかと思えば仕事の雑務を押し付けたりしてくる。
その反面、義母と義弟は不意の接触やこちらから干渉しない限りは何もしてこないのでまだマシだが、それでも見かける度に敵意を持った視線を向けるのはやめてほしい。 嫌っているなら無視すればいいのに。
明らかに私を毛嫌いしているような人が居るというだけで居心地のいいものではない。
休日なのに心休まらず、また趣味である読書すらままならないような場所なのだ。

久しぶりの自由な休日のために選んだこの本は、だいぶ刺激的な内容で、到底貴族令嬢が読むものではないという噂を聞いたことがある。
だが私は、その噂によって興味を惹かれてお忍びで王都の商店街にある本屋まで足を運んで購入したのだ。 
しかし、よくない評判の本を読んでいるのが見つかれば、父に叱られた挙句この本は捨てられてしまうことは想像に難くなく、同じ理由で学園でも読めないままずっと本棚の肥やしになっていた。 だから、この機会に読んでしまおうということだ。
今この教会には、奥の部屋にいる神父様の他には私しかおらず、お昼も、買ってきたサンドイッチをここで食べてもいいと神父様に許しをいただいている。 
静かな教会で1人、憂いも、煩わしさも、苦しく悲しいだけの現実も忘れて、私は楽しみにしていた物語の中へと意識を埋没させる。


 ーーーこれは、孤独で寂しがり屋な少女が背負った、罪と罰に侵された運命の物語。

とある公爵令嬢の少女には、愛する婚約者がいた。
少女は婚約者のことを心底愛していて、婚約者のためにと、ひたすらに全てのことを頑張ってきた。
淑女としての勉強やお稽古から始まって、父の領地経営の仕事を手伝いながら将来婚約者の支えとなれるよう様々なことを学び、社交界では婚約者の恥とならないよう努めて社交界の花とまで呼ばれる存在になり、常に婚約者に気を配って支えてきた。
しかし、問題が1つ。
少女は婚約者を愛していたのだが、婚約者の少年は少女のことを嫌っていたのだ。
自分と違って優秀な少女の才能を妬み、社交界で人気者の少女に比べて自身のなんと平凡なこととやさぐれていた。 
そこに少女と自身を比べる両親からの言葉を受けて、劣等感に苛まれていたのだ。
少年は、自分よりも才ある少女といることが苦痛で苦痛で仕方がなかった。 だから、拒絶してきた。
それでも少女は少年から離れようとせず、そのことで少年は少女のことが気持ち悪く見えた。

そんな噛み合わない2人の世界は、少年の初恋によって大きく変わっていく。

相手は下級貴族の令嬢で、初めこそパーティーで一曲ダンスを踊るだけの間柄でしかなかったのに、いつの間にか2人の距離は縮み、いつしか町にお忍びでデートへ出るまでに発展した。
当然、その令嬢への嫉妬と、今までの努力を否定されたことに悲しんだ少女は2人の仲を引き裂こうと画策する。 もっとも、そのせいでさらに2人の間により強い深い絆が結ばれたのは皮肉なものだが。
そして、愛する人を取られ、愛に狂った少女は令嬢を亡き者にしようとした。 しかし、それは未然に防がれ、少女は罪人となった。
少女の実家は火の粉が自らに及ぶ前に少女を放り出し、少女は捕まらないように必死に逃げた。
しかし、逃げた先で暴漢に捕まり、そこで純潔を奪われた挙句、奴隷として売りに出された。
そこからは、ひたすら堕ちるのみだった。
変態貴族に買われ、飽きられたら奴隷商館に売られ、また買われ、売られ、買われ、売られ……。 ひたすらそれが繰り返された。
買われるたびに尊厳も貞操も踏みにじられ、売られるたびにゴミのように奴隷商館に投げ捨てられ、少女はただただ堕ちていった。
これは罰だと、少女は思った。
自らの犯した罪から逃げ、報いを受けなかったから神様が下した罰なのだと。
けど、少女はただ少年を愛し、愛されるよう努めてきた。 注いできた愛に対する報いが、いつかあると信じて。
その結果が、現状なのだろうか。
愛することも罪だったのだと言うのか。
幼い頃から、両親からの愛情を向けられず、ひたすら優秀な淑女となることを求められてきた。 分刻みで詰められたスケジュールをこなし、両親の期待に応えられるように弱音を吐かないで頑張ってきた。
それでも、両親は褒めてはくれない。 愛もくれない。
心が折れそうだった。
少女は、ただ寂しかったのだ。 誰かに愛してほしかっただけなのだ。
そんな今にも擦り切れて、へし折れそうな心を救ったのは、少女の幼い頃の誕生パーティーに来た少年だった。
かけられた優しい言葉に泣きそうになるのを堪えて、そして心から笑うことができた。
その時初めて、少女は少年に恋をした。
その後、少年がどこの誰かもわからぬまま、少年に見合う立派な淑女となるために辛い教育に耐えた。
両親は相変わらず愛をくれないが、それでも少女の心の中には常に初恋の少年がいた。 少年のためだと思うだけで、いくらでも頑張れた。
そうして、努力して努力して努力して努力して努力して、ようやく少年との婚約まで漕ぎ着けられた。
少年は、現公爵である王弟殿下の御子息様だったらしく、両親は嬉々として婚約の話を推し進めた。
両親は少女が駒として大いに役立ったことを喜んでいるだけであったが、それでも少女には関係なかった。
初恋の、愛する少年との婚約だ。 
これまでの全てが、ようやく報われる時が来たんだ ーーー

そう信じてきたのに、今ある現実は残酷だった。
少年との明るい未来を描いていたのに、今は暗い奴隷商館の檻の中。
少年との可愛い赤ん坊を産むのが夢だったのに、今では何人に抱かれてきたのかすら覚えていない。

どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして ーーーー


小説の上巻は、そこで終わった。
主軸として描かれている少女の物語は、上巻での転落から始まるらしい。 
その内容は評判通り、なるほど過激なものだった。 
特に、少女が奴隷として売り飛ばされてからの悲劇にはいたく共感できるものがある。 得られもしない愛を求めた末路とは、全てがあの絶望に行き着くものなのだろうか。

本を閉じ、傍らに置いて、そして神父様に懺悔室の利用を申し出た。
本来、懺悔室では隔てられた2つの部屋に懺悔をする者と神父様がそれぞれ入り、そこで懺悔を神父様に聞いてもらうものだが、私はそれを拒んだ。 頭のおかしい女だと思われるならまだいいが、悪魔に憑かれたとして祓いの儀式にかけられるのは御免だからだ。
懺悔室で一人、目を閉じて祈るように手を組む。

「神様、どうかお聞きください。 私の罪と、これまで歩んできた道を。 今ここに、罪深い私の罪を全て懺悔いたします」

歩んできた道と、そこで犯した4つの罪。
私は、その1つを1つを、誰もいない個室の中で告解していく。
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