公爵令嬢の辿る道

ヤマナ

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いつか見た夢の世界で

あくむのなかで

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瞼は重く、意識は鈍い。
思考さえもままならず、目を覚ましてから現状を認識するまでに多少の時間を要した。 けれど、上手く回らない頭をなんとか動かして状況を整理していく。
私が今居る、豪華なれども華美に過ぎず、そして品のある装飾品や調度品の揃えられた部屋から記憶を辿り、ここは王城にある居室の一つである筈だとあたりを付けた。 
根拠としては、過去に一度この部屋に押し込まれて拘束されていた事があるから。 2度目の世界で、裁きを受けるまでの間軟禁されていた部屋と、間取りや内装がほぼ同じなのだ。
よく見れば調度品には王家の紋が彫られている物もあり、この場所が王城内の何処か空いている部屋であると確信を得るには充分な要素が揃っていた。
そんな風に苦々しい記憶を根拠に組み立てた推測は、次いで、霞がかっていた記憶を明瞭にする呼び水となって、今に至るまでの様々な出来事を呼び起こした。
王城主催のパーティー、会場の襲撃、貴族達の騒乱、そして……。

「痛っ! ……ああ、思い出した。 私、殿下を保護してもらう為に人を探しに行って、誰かに殴られたのだったわ」

そして、そのまま誘拐されて今に至ると。 どうやら、そういう事らしい。
気絶する前に見た犯人らしき者の姿は給仕服だったけれど、そんな人間が何故私を襲って拉致、軟禁などするのか。 
まあ、考えるまでもなく何者かの差金で、私は今、誰かの悪意や思惑からこの場所に囚われていると言った所だろう。

「一体、どれくらい寝ていたのかしら。 多分、そんなにも時間は経っていないと思うけれど……それに殿下やサリーは無事かしら」

賊の襲撃が初めの火矢による一射のみに限る筈もない。 
高確率で王太子であるジークを狙ったものであると思われるし。 それに暗殺なら、むしろ場を掻き乱してその機に乗じて為される恐れがあると騎士団長様から頂いた教本には書かれていたもの。
だからこそ、護衛対象の傍を離れないようにと言い聞かせられていたのだけれど、ジークの傍を離れて、まさか自らが今のような状況に陥る事になるなんて。 迂闊だったと言うほか無い。
けれど、反省は後。 今はここから逃げ出す手立てを考えなければならない。 
幸い、今のところ部屋には私1人だけで、誘拐犯や主犯らしき人物の姿は見えない。 それに王城の一室であれば廊下を歩いていれば騎士の1人にでも遭遇するだろうと考え、犯人達が戻ってくる前に部屋を出ようと扉へと歩み寄る。

「……まあ、そんなにも都合良くなんていかないわよね」

扉にはしっかりと鍵が掛けられていた。 
おそらくこの部屋は、高位の身分にある罪人か容疑者を留置しておくための部屋なのだろう。 内側ではなく、外側から鍵を掛けるタイプの扉だった。
まあ、そうでなければ私の腕や足を縛って拘束しておかずに放置して部屋を離れるわけ無いわよね。
ではどうするかと考えて、窓から外に出られないかと思ったけれど、嵌め殺しな上に窓を割っても柵があって外に出られない。 そもそもが罪人を捕らえておくための部屋なのだから当然の処置と言えばそうなのだけれど。

「……床をなんとか破れないかしら。 この部屋、斧なんてないわよね」

「おやおや、なんて物騒な事を言っているんだ。 それに逃げ出そうだなんて酷いじゃあないか」

不意に声がして、唐突な事に体が一瞬硬直した。 
いつの間に部屋の中にと思うよりも早く、向けた視線の先に居た声の主の姿に戦慄を禁じ得ない。
思考も上手く回らない。 だって、それ以上に本能と、刻み込まれたトラウマが私の全てに警鐘を発しているのだから。

「あぁぁ……。 そうやって青褪めた顔もまた美しい。 君はいつだって、そうして僕を虜にするのが上手だねぇ」

感極まった様子で、悦を顔の満面に乗せて、その手が私の髪へと伸びる。 私はビクリと震えるだけで、抗えない恐怖からその手を拒む事が出来なかった。
さらり、さらりと数度髪を梳くと満足したように満面の笑みがまた吊り上がった。


きっと、悪魔はああいう顔をして笑うのだろう。 何度も何度も、ソレを悪夢に見てはただ過ぎ去るのを待っていた。 
もうあんな地獄は訪れないのだと自らに言い聞かせて、アレは悪夢の中だけの存在であると思い込もうとしてきた。
けれど、そうして逃げ続けてきたものが今になって追い付いてきた。 兆候はあったというのに、それからさえも目を背けて忘れようと努めてきた。
今、私は追い付かれ、追い詰められている。
いや、私はそれでも未だ、これは悪夢だと、そうであれと願っている。 無駄だというのに。

……ああ、あの手が迫ってくる。
私を痛め付け、嬲り、犯し、壊す。 いつまでも私を恐怖で縛り付け、ずっとずっと頭の中から消えてくれない呪いの手。
その根源にして、私に大きなトラウマを植え付けた豚。 
私にとって恐怖の具現たる男。

ルーディック・ヤザルが、三度私の前へと現れた。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「な……ぜ、ヤザル辺境伯が……」

恐怖に竦み、震える口を懸命に動かして、ようやくそれだけの疑問を言葉に出せた。
たったそれだけの事でさえも必死な私に対して、ルーディック・ヤザルは余裕綽々と言葉を放つ。

「おっと、失礼。 オルトリンの小娘が寄越した仕事の出来ない愚か者のせいで君を傷付けてしまったねぇ。 頭は痛む? 気分は? ほら、殴られた頭を見せてごらん」

ルーディック・ヤザルは、私の言葉を無視して真っ先に私の頭を撫で回し始めた。
ゾワゾワと怖気が立ち、身じろぎ一つとれない。 ただ、されるがままに受け入れる他無く、目を瞑って時が過ぎるのを待った。
やがて頭を撫で回す不快な手の感触が離れるのを感じて、恐る恐る目を開く。

「ああ、良かった。 瘤も無ければ傷も無いとは、本当に良かった」

ルーディック・ヤザルは心底安堵したように息を吐き、何度も「良かった」と繰り返す。
その口元は表情筋が引きちぎれんばかりに吊り上がり、抑えきれない悦の色を浮かべていて心底、気持ちが悪い。
私にベタベタと粘着質に触れる手も、情欲を隠しもしない下卑た視線も、意味不明な言動も、かつて3度目の世界で蹂躙された時と何一つ変わっていない。 まさしく、悪夢の再来も同然だった。
なぜ、今になってこのような者が再び私の前へと現れたのか。 少なくとも、この世界では何も悪い事などしていないのに。
悪い事をしたからあんなにも悍ましい結末を迎えてしまったのだと行き場の無い気持ちを歪に収めるしかなかった苦痛は、一体なんだったのか。

「なぜ、なぜ……? なぜ私がこんな目に」

懺悔のため、贖いのため、安らかな死を得るため。 
そのために、これまで積み重ねてきた全ては何だったのか。
再びこんな豚に、活かされ、壊され、利用され、最後には殺されるのがこの生での終わりだとでも言うのか。

「いや……あ、あぁぁぁぁぁ!!」

「何を泣いているんだい、愛おしい君。 その泣き顔もとても可愛いけど……ひょっとして、殴られた所が痛むのかい!? ああぁぁァ! なんて事だッ!! せっかく君を手に入れる為に愚図共に手を貸してやったというのに、まさか他の男に唾を付けられそうになるとは、失敗だった! 僕自ら人を用意し、後始末まで付ければよかった!」

これは悪夢だ。 悪い夢だ。
目の前の狂人が狂乱し、腹いせとばかりに調度品の一つを蹴飛ばした。 それでも収まらず、何度も何度も蹴り潰す様子は悪夢に他無く、恐ろしい光景だった。
……気分が遠退き、喉元に胃液が上って酸っぱ臭い。 ぐわんぐわんと耳が鳴り、平衡感覚が損なわれていく。
男性の、理性の無い暴力は苦手だ。 理外にある快楽の果てにその欲をぶつけられて殺されたあの時から、ずっとトラウマになっている。
蹲り、頭を抱え、丸くなって暴力が終わるまで堪える。 
やがて破壊の音が消えると、息を切らしたルーディック・ヤザルは溜め息を一つ吐き、先程までの野獣のような声からは想像もつかない程優しげな口調で言った。

「大丈夫、もう安心すると良い。 これからは僕だけが君を愛するから! さあ、この手を取っておくれ愛しい人よ。 これからは2人、こんな国を出て幸せに暮らそう!」


ねぇ………イザベラ。

狂気に染まったルーディック・ヤザルは、かつて私を殺した時のように、自らの愛おしい者の名で私を呼ぶ。
それは悪夢の再演で、襲い来る絶望の予兆なのだ。
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