公爵令嬢の辿る道

ヤマナ

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いつか見た夢の世界で

逃避の果て


くにをでてしあわせに……………?

悪夢の中の豚は、呪いの手を私へと差し出しながら、未だ意味不明な言葉の羅列を並び立てる。
心底から、何を言っているのかと脳内で疑問符が大量に浮かんでくる。 私を三度目の世界では甚振って殺し、そして今まさに拉致しているくせに何を言っているのか。
そもそも、この男が宣っている愛も、私を母の名で呼ぶ理由も、悦楽の叫びも、怒りも、暴力の意味さえも理解には至らない。 
ただ、得体の知れない恐怖と共に、逆らう事の出来ない暴力があるだけだ。

「この国では到底、僕は君を正式に手に入れる為の手立てを整えられなかったんだ。 それで僕も考えてねぇ、他国に移住してはどうかと思った訳だよ……で、根回しをしてみれば遠く離れた地の帝国が移住の受け入れをしてくれると言うじゃあないか!! その報せが届いた時には大いに喜んだものさ! 何せ、ようやく正式にイザベラと一緒になれるんだから!」

ルーディック・ヤザルという狂人の言葉は到底理解には至らない。 故に、私に語られているのであろう言葉に何も意味など無いというのに、ルーディック・ヤザルはベラベラと話し始めた。
狂乱したように……いや、実際に狂っているのだろう。 その口からは興に入り、悦に浸り、私はその内容さえまともに聞いてもいないのに、止めどなく言葉が流れ出てくる。
まるで、歌劇の一幕であるかのように、大きな身振り手振りも交えて、唄うように喋っている。

「まあ、条件あっての事なんだけれどね? 帝国側は、戦争を起こしてでもアリステルを侵略したいようでねぇ。 アリステルに属する辺境伯として、この国の中枢に潜り込んで、機密情報を帝国側へと流すよう指示されたわけさ」

そんな話の中で、ルーディック・ヤザルはその狂乱した様を何一つ変えず、先程まで自らの幸福な未来を謳っていた口でまた意味不明で、より一層頭の可笑しな事を宣いだした。

アリステル王国の情報を他国へとリーク。 
この国に侵略戦争を仕掛けようとしているという遠く離れた地の帝国。

正直、突拍子も無さ過ぎる話。
遠い、それも教本でしか聞いた事のない帝国が、このアリステルまで侵略の手を伸ばし、あまつさえその先駆けとしてルーディック・ヤザルを取り込んで内部情報を集めていたなど。
もしも本当ならば、とんでもない。 ルーディック・ヤザルは売国奴であり、国家反逆罪にあたる大罪人だ。
………けれど、そんな事実を知ってどうしろと言うのか。
いくらルーディック・ヤザルが他国にアリステルを売ろうとしていると知ろうとも、恐怖に屈している今の私には何も出来る事なんてありはしない。
ただそれまでと同じように視覚と聴覚を閉じて、蹲る事しか出来なかった。
だから、キツく瞑った瞼に更に力を込めて、耳を塞ぐ両手は筋繊維の軋む音で外界の音を遮断する。
聞く必要は無い、見る必要も無い。
けれど、目を瞑れどもルーディック・ヤザルはそこにいる。
耳を塞げども、言葉の全てを完璧に遮断する事など出来はしない。
少しずつ、少しずつ、理不尽な現実が私の逃避へと迫ってくる。 呪いの手は、その根源は、もうすぐそこにいるのだから。

「この国の情報を集める内に様々な内情を知ったよ。 王太子派と第二王子派に二分された貴族院に、上層から下層まで貴族社会は汚職ばかりだし、挙句、汚職を糾弾しようとしていた王太子を暗殺しようとするなんて阿呆な糞狸共には心底ガッカリだ! この国の辺境を守ってきたヤザル家の現当主として少なからず僕の内にもあった貴族としての矜持を踏み躙られた気分だったよ!! ……まあ、それはそれとして、王太子暗殺は君を手に入れるのに使えそうだから利用させてもらったんだけどね。 君をこの手に収めるために阿保共の企みに加担して、援助も惜しまなかった! 今夜、あの狸供が馬鹿な騒ぎを起こしてくれている隙に、僕はその機に乗じて君を僕の元へ迎え入れる事さえ出来れば良かったんだから………そして、ようやく僕の元へ来てくれたねぇ」

戯言を未だ語るルーディック・ヤザルは、その手を私へと伸ばす。
視界を封じている私に伝わってくる、呪いの手が私の頬を撫でる感触。
長い長い言葉を垂れ流して、その末に吐き出された呼気と共にルーディック・ヤザルが顔を寄せてくる気配。
無視しても、拒絶しても、逃げ出しても、どこまでもどこまでも追ってくるそれは、とてもとても悍ましい恐怖だ。

「だから、こんなにも上層部の貴族連中が腐りきった国なんて捨てて、僕と一緒に帝国で幸せになろう? なあ、イザベラーーー心の底から、君の事を愛してる」

そして恐怖ーーールーディック・ヤザルは、またしても愛を語った。 
私に向けて、私ではなく、今は亡き私の母へと。
三度目の世界でも向けられたその狂愛は、とても醜悪で、そして私にとって、とてつもなく残酷な在り方をした愛だった。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


耳を劈く不快な恐怖の声音に、膝を抱えて身体を丸めて、両目も耳も塞いで堪え忍ぼうとしている、臆病者な私。
何も出来ず、何も成せず、死を通して生を繰り返し続ける罰から逃れられない罪人でしかない私。
ここでもまた、恐怖に屈して抗う事も出来ずに震えて、殺されるだけの私。
……なんて、情けない。 
……なんて、愚かしい。
何も変わらないし、変えられない。
全ては無駄で、犯した罪に対する神から与えられた罰の中で苦しみ続けるしかないような愚者なのだ。
今だって、実質的な死の一歩手前に居るというのに、抗う手立ての一つも無い。 ただ怯えて、震えて、流されるままだ。
何かを成そうと動いて、けれど私の結末を変えるに至らないような些事ばかりしか出来なかった。
苦しみの生の中で赦されるための贖いを続けてきた。 それまで積み重ねてきた死の経験の中でも、特に1番惨い結末であった三度目のようにはならないようにと踠いてきた。 
踠いて、踠いて………それは今、無意味に終わろうとしている。 
また以前のように、抗えぬままに諦めるしかないのだろうか。 

ーーーけれど、今回はその諦観の中に何か別の、激しい感情があった。

それは、これまで生きてきた世界の中で積み重ねてきた感情の、なれ果て。 
憎悪、嫉妬、怒り。 
そんな感情が蓄積し、沈澱し、渦を巻いて混沌と化した、心の残骸だった。
そんな得体の知れない何かが、恐怖に震える心の中で燻っているのだ。
あえてそれに名前を付けるなら、きっと相応しい名前は……『復讐心』なのだろう。
けれど、憎めども、恨めども、結局は恐怖に屈して震えながら蹲るしかない程度の貧弱な精神性でしかない私だ。 そんな私に復讐だなんて戯言に過ぎず、精神安定と鬱憤を晴らす程度にしか機能していないようなものだった。
けれど、臆病の奥底に潜んだこの激しい感情は、ずっとこの機を待ち構えていたのかもしれない。
与えられた屈辱を晴らすため、そして植え付けられた恐怖を払拭するために。

だってその証拠に、ずっと前から地肌へと当たっている冷たい感触は、胸の内の復讐心を昂らせているのだから。
………この身の理性が焼き切れるその時を、虎視眈々と待っているのだから。
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