蒼と向日葵

立樹

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 あれは、高校卒業式が終わった夜。寝る前に蒼へメッセージを打っていた。
 進路が違えば、そうそう頻繁に会えなくなってしまう。だったら、ここで気持ちを伝えたいと思ったのだ。

 メッセージを打ち終わってからよくよく考えてみれば、同性からの恋愛感情は、蒼にとって重いだけだということに気づいた。

 だから、送信はしなかった――のだが、考えているうちに眠くなって寝落ちしたらしい。そして、次の朝、ねぼけてなのか、たまたま手が当たったのかわからないが、告白文は蒼に送られていた。

 しかも、取り消そうにも、『既読』済。

 その日から、蒼の返事をずっと待っていた。

 後悔と不安で、こっぴどく振られる夢を何度も見てしまった。
 待っても返信は来ず、電話もなし。ただただ待つ日々が続くばかり。

 卒業して一年が経った頃、ようやく諦めもついてきた。

 それから六年ほど経った今日、その告白を蒸し返され、僕は羞恥心でここから逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。

 あのとき返事がなかったのに、どうして、今になって聞くんだよ。

「も、……げほっ、それは、もういいから。 けほけほっ」

 僕は、麦茶を飲んだ。
 そして、思った。

 まさか、その返事をするために会いにきたとか?

 ちらっと蒼を見た。目が合うと、ふっと優しい笑みを浮かべた。

「いや、ごめん。そんなに動揺するなんて思ってなくて。今日、ここに来る予定はなかったんだ。急にきて悪かった。ご飯食べ終わったら帰るよ」

 蒼は立ち上がり、向かいの席に戻った。

 ここに来る予定はなかったのなら、無意識に酔った勢いでぼくの家まで来たってこと?じゃあ、告白の返事をするために僕の家に来たわけではなさそうだ。
 でも、どうしてそんなに飲んだんだろう?

 それともう一つ気になったことを先に聞くことにした。

「家までの電車はあるの?」

「まだ九時だろ。終電まで間に合うさ」

「明日、仕事?」

 そう尋ねると、一瞬、蒼が固まった気がした。

「そうだな」

 とすぐに、にっこりとよそ行きの笑みになった。

 この笑みを貼り付けた蒼は、知っている蒼じゃなかった。

 なんだか線をひかれたと感じた。踏み込んでほしくないのかもしれない。

 何年も話していないんだ。
 知らない蒼があっても不思議じゃない。
 でも、少しさみしい気がした。

 それから、僕と蒼は、目の前の夕飯をたいらげ、「帰る」という蒼を、駅まで送っていった。
 駅は、田舎の無人駅ともなれば、閑散としている。駅だけが明かりを灯し、暗闇に浮かび上がっている。

 人がまばらな駅のロータリーで車を停めた。

「助かった。千昌にはみっともないとこ見せちゃったけど、会えてよかったよ」

 ドアの取っ手に手をかけた蒼が言った。

「うん。蒼があんなに酔うまで飲むなんて意外だった。気をつけて帰って」

「ありがとな」

 助手席からおりた蒼が、ドアを閉める前に、身を縮めた。

「長い間、連絡せずにごめん。また、近いうちに会いにくる」

「わかった。じゃあな」

「ああ」

 ドアを閉めた蒼が、駅の改札を抜けて行くのを見届けて、車を出した。

 僕は、「待っている」とは言わなかった。というよりも、言えなかった。来ないかもしれない。そう思っているほうが気が楽だから。

 車を運転しながら、六年ぶりに会った蒼と、記憶の中の蒼を照らし合わせていた。
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