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第三王弟殿下
第三王弟殿下(1)
しおりを挟む向かったのは宮殿の入り口ではなく、先ほどの控えの間でもなく、宮殿の奥にある別の部屋だった。侍従は部屋の扉をノックし、ユリウスを連れてきたことを告げ、視線で入るように促す。
部屋に一歩足を踏み入れ、ユリウスはその場に呆然と立ち尽くした。
私的な謁見の間といった趣の、簡素ながらも品よく調えられた部屋にいたのは、射しこむ陽の光を金色の長髪に溶かし込んだ麗人――先ほど大広間で拝謁したばかりの国王陛下だったのだ。
部屋の中央には重厚な木製のテーブルが据えられており、その奥の椅子に斜めに腰かけ、優雅にティーカップに口をつけていた。
まるで絵画を見ているような光景に一瞬見惚れ、しかしそれが現実だと悟った瞬間、思わず漏れそうになった声を慌てて喉奥で押し殺した。
状況を理解するより先にほとんど反射的に体が動き、その場に跪いていた。直後、心の臓がバクバクと一気に加速し、嫌な汗がこめかみに浮いて来る。
なぜ、自分が王の元に連れて来られたのか――。混乱した頭で必死に考え、思い出したのは、選定の儀で売れ残ったオメガは臣下に下賜されるという話だった。しかし、平民のオメガ相手に、下賜する相手を陛下が自らお伝えになるとは思えない。
「ユリウス・イェーガーだな。床に這いつくばられては話ができない。まずはそこに座りなさい」
頭上で静かに響いた声に、伏せていた頭をそろそろと上げる。縮こまった体は鉛のように重く、腰を浮かすことができなかった。
平民の自分が王と差し向かいで席に着くなんてありえない。どう考えても聞き間違いに違いない。かといって聞き返す勇気もなく、前方の毛足の長い絨毯を凝視し途方に暮れていると、部屋の奥から陛下とは別の声が聞こえてきた。
「イェーガー様。言われた通りになさってください」
慇懃ながらどこか見下すような声の主は、陛下の背後に控える生真面目そうな壮年の侍従だった。
ユリウスはよろよろと体をふらつかせながら立ち上がり、針の筵に座る心持ちで王の向かいの席に腰を下ろした。
部屋の隅に控えていた侍女がすぐさまユリウスの前にも香りのよいお茶を置いてくれたが、到底口をつける気にはならなかった。
「お前はガイトナー公爵の細君の弟だそうだな。ガイトナー公爵が幼い頃世話になったという、地方貴族の息子だと聞いている」
「……さ、さようにございます。私は庶子ですが」
ユリウスは喉を震わせ、どうにか掠れ声を絞り出した。
ガイトナー公爵というのは姉の夫のエイギル・ガイトナーのことだ。とある事情で彼は子供の頃、イェーガー家で暮らしていた時期がある。幼くして父を亡くし、ガイトナー家の当主として今は宮廷に出仕しているから、陛下の覚えがあってもおかしくない。
しかしそれが場を和ますための世間話なのか、これからエイギルも関わる話をされるのか、判断がつかず、湯気の立つカップに視線を注ぎ続く言葉を待った。
「本来なら選定の儀で選ばれなかったオメガは臣下に下賜される決まりだが、私はガイトナー公爵の件で、イェーガー家には一つ大きな借りがある。そのため、できればお前のことは自由な身にしてやりたい。だが、法で定められたことを王が私情で覆せば、反対する貴族も出て来るだろう」
陛下はそこで一度息を継ぎ、短く嘆息した。
「そこで、お前に一つ密命を下したい。密命のためにお前を下賜しないことにしたと説明すれば、大臣たちも異議は唱えぬだろうからな」
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