売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹

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働かせてください!

働かせてください!(4)

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 窓の外の空は橙色に染まり始めている。
 洗濯物を取り込み、外を気にしながらそれをリネンルームで畳んでいると、庭のほうで物音がした。
 物音は馬の足音だったようで、やがて窓の向こうを、白毛の馬に騎乗した人が通り過ぎていく。

 屋敷には黒毛と白毛の二頭の馬がいて、ラインハルトは出仕に際して乗る馬を毎日交互に替えているのだそうだ。白毛の馬は、今日は厩舎に繋がれていた。お留守番ということだ。
 お留守番の馬は、ラインハルトが自ら、朝夕、家の庭を散歩させるのだとか。
 ユリウスは残りの洗濯物を急いで畳み、庭に出た。ユリウスに気づいたラインハルトが、進行方向を変え、近くまで来て馬の足を止める。

 彼が見た目通りの怖い人ではないということは、これまでの数少ない会話やワーグナー夫妻の話からなんとなくわかっている。だが、ただでさえ体が大きく目つきの鋭い相手に馬上から見下ろされると、自ずと体が委縮してしまう。
 ラインハルトは今日は騎士服の上に黒いマントも羽織っていた。マントには、黒い生地に浮かび上がるように、胸元から肩にかけて金糸で細やかな刺繍が施されている。家紋と、それを取り囲むように、蔓の文様が描かれていた。銀色の留め具にはエメラルドが嵌め込まれている。
 沈みゆく太陽が、彼のダークブラウンの髪や黒いマントの輪郭を黄金色に染めていた。

「お帰りなさいませ。ライニ様」
「なんだ。もう来ていたのか」

 そっけない声色は昨日と変わらない。歓迎されていないが、露骨に嫌がられているわけでもなさそう。その表情は、夕陽が逆光になっていてはっきりとは見えなかった。

「はい。早速今日からお世話になっております。よろしくお願いします」
「何か要る物があれば、遠慮なく家の者に言ってくれ。ここでは好きに過ごせばよい」
「あ、はい。寛大なお心に感謝します」

 ユリウスは一礼し、「あの……、」と控えめに話を続けた。

「差し出がましいことを申し上げてもよろしいでしょうか?」
「何だ?」
「ライニ様はこの後、井戸端で水浴びをされると聞いております。この時期、外で水を浴びるのは寒うございます。せめて浴室で湯を浴びられてはいかがでしょうか?」

 返事はなかった。
 働き始めた初日に、主の長年の習慣に物申したのだ。きっと気分を害してしまったに違いない。
 言い訳をするように、慌てて言葉を追加する。

「もし、お許しを頂けるなら、浴室に薬草湯を用意します。お風呂に浸からずとも、薬草湯で体を拭ったり浴びたりするだけでも、体が暖まり、疲れが取れ、寝つきがよくなります。僕の家では、皆、好んで使っておりました」

 薬草湯を勧めたのは、少しでもラインハルトの疲れが取れたらよいと思ったのはもちろんだが、もし気に入ってもらえたら、庭の片隅で薬草を育てることを許してもらえるかもしれないという打算もあった。

「お前はそのようなことしなくてよい。たとえ真冬でも、外で水を浴びたくらいで風邪を引くような、やわな体ではない」

 エレナが言っていた通りの返事だった。
 アルファの体が特別丈夫なことは、姉のローザからも聞き知っている。やはり余計なお世話だったのだと、ユリウスはがっくりと肩を落とした。

「とてもよい香りなので、ライニ様にも気に入っていただけるかと思ったのですが……。すみません。エレナさんからライニ様はお風呂がお嫌いだとうかがっていたのに、差し出がましいことを申し上げました」

 一礼し、ひとまずその場を離れようとしたのだが。

「別に風呂が嫌いなわけではない」

 引き止めるように声がかかる。
 ユリウスは踵を返しかけた体を振り向かせ、再び馬上の人を見上げた。

「湯を沸かして溜めるのは、かなりの重労働だろう。しなくてすむのなら、そのほうがよい」

 その言葉で、彼の水浴びが、使用人に負担を強いないための優しさからきたものであることを知った。風呂自体が嫌いでないとわかり、ユリウスはもう少し粘ってみることにする。

「僕は故郷では土を耕したり運んだりしていたので、それなりに腕力があります。できれば香りだけでも楽しんでいただきたいです」

 何かを考え込むような間があり、ふっと短く嘆息する気配がする。

「ならば、湯を運ぶのを俺も手伝おう」

 言われたことをよく理解できず、ぽかんと口を開けたユリウスを残し、ラインハルトは颯爽と去って行く。

 それって、お風呂に入るってことだよな……?

 時間をかけて状況を理解したユリウスは、急ぎ厨房に行き、エレナにこのことを伝えて準備に取り掛かった。『湯を運ぶのを手伝う』と言ってくれたが、さすがに王族であるあるじにそこまでさせるわけにはいかない。彼が馬の散歩をさせている間に、自分一人で湯を運んでしまうつもりだった。


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