売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹

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働かせてください!

働かせてください!(5)

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 慎重に火ばさみでかまどから焼き石を取り出し、火鉢に入れて浴室へと運ぶ。
 焼き石は、浴室を暖めるためのもので、ラインハルトが湯浴を了承したときのために用意していた。

 石造りの浴室は、ユリウスの家にあるものよりも狭かった。
 大人の男が膝を抱えて入れるくらいの木製の桶があり、その桶が、浴室の半分ほどを占めている。湯桶に入ってもあまり寛げそうにはなく、ラインハルトがさっさと水浴びで済ませようとする気持ちもわからないではない。
 壁際に置かれた小さな棚に、石鹸や体を拭うための浴布が置かれていた。その上のフックに壁掛けの燭台をかけると、火鉢を床に置き、再び厨房に行く。
 何往復かして、盥にいっぱいのお湯を溜めた。熱いし重いしで、最後のほうは汗だくになり、汗が目に落ちて来るほどだった。

 湯の中に、故郷から持参してきた、薬草を乾燥させ、すり潰して粉にしたものを入れてかき混ぜる。森林の中にいるような、清涼感のある爽やかな香りが漂い始めた。
 後はラインハルトが湯浴みをする直前に、焼き石にお湯をかけて蒸気を発生させれば完成だ。故郷では、薬草の香りと温かな蒸気に包まれて湯に浸かるのは、美味しい食事にも勝る至福のひとときだった。

 浴室の前室で待っていると、まもなくして燭台を片手にラインハルトが現れた。既にマントとコートは脱いでいる。ユリウスは断りを入れ、焼き石にお湯をかけて蒸気を発生させてから前室に戻る。

「香りは大丈夫ですか? お嫌いな香りなら、湯を足して香りを薄めます」

 扉の隙間から薬草の香りが漏れてくる。
 ラインハルトは扉に鼻を近づけるでなく、壁際に控えたユリウスのほうに一歩踏み出し、距離を詰めてきた。

「汗だくではないか。俺も湯を運ぶのを手伝うと言っただろ」
「それほど大した仕事ではありません。これは湯気にあたって少し汗ばんだだけです」

 得意げに言ってみたが、湯を運んでいる間は腕がぷるぷる震え、途中で落とさないようにするのに必死だった。

「そのままではお前が風邪を引く。お前が先に湯を使え」
「い、いえ、そんな! 使用人が主より先に湯浴みをするなど、聞いたこともございません!」

 ラインハルトは困ったように眉尻を下げた。

「働いたほうがお前が気兼ねなく過ごせるのなら、好きにしたらいいが、俺は自分をお前の主だとは思っておらぬ。あの者たちと同じように、ここにいる間は、お前のことは家族の一人として扱う。それ故、遠慮はいらぬ」

 あの者たちというのは、ワーグナー夫妻のことだろう。夫妻が主の留守中に応接間でお茶をしたり、午睡をしたりして、我が家にいるかのように振る舞っていた理由がわかった。ユリウスのことも「家族の一人」と言ってもらえたことも、嬉しかった。でも、だからといって、さすがに先にお風呂に入るわけにはいかない。

「お気持ちはありがたいですが、家族だとしても、ライニ様はこの家の家長ですから。家長より先に湯を使うわけにはいきません」

 きっぱりと断ると、彼は小さく嘆息した。

「では、風邪を引かぬように汗を拭き、後で必ず湯で温まるのだぞ」

 真冬に外で水浴びしても風邪を引かないと言っていた人の言葉とは思えなかったが、ユリウスは「ありがとうございます」と礼を述べた。

「あの……、香りは大丈夫ですか?」

 それを聞きたかったのに、話が逸れてしまっていた。

「お前が好きな香りなら、それでいい」

 そう言ってシャツの釦を外し始めたラインハルトが、その手を止め、不可解そうにユリウスに顔を向ける。

「もう行っていいぞ」
「湯浴みの手伝いをするように言われました。お着替えをお手伝いしたらよろしいのでしょうか」
「湯浴みの手伝いなどいらん。普段の水浴びも、人の手を借りたことなどない」

 本気で嫌そうな顔をしているから、遠慮しているわけでもなさそうだ。
 ただ、本当にそれでいいのだろうかと戸惑う気持ちもある。

「あの……。差し支えなければ、お風呂上りに髪を乾かすお手伝いだけでもさせてください」

 ユリウスの家では、湯浴みの際、着替えも一人でするし湯にも一人で入るが、髪を乾かすのはいつも従僕の仕事だった。
 おずおずと申し出ると、ラインハルトはしばらくの間、逡巡を顔に張り付かせてユリウスをじっと見つめていた。やがて観念したように口を開く。

「居間で待ってろ」
「あ、はい。では、ゆっくり暖まってくださいね。浴室が冷えてきたときは、焼き石に湯をかけると蒸気が出て暖まります」

 ユリウスは一礼し、前室を離れた。


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