売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹

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働かせてください!

働かせてください!(6)

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 湯浴を終えたラインハルトは、石鹸と薬草の匂いが混ざったような、とてもよい香りを漂わせて居間に現れた。
 夜になって冷え込んできたため、暖炉には火がくべてある。
 その暖炉の傍の長椅子ソファに座ってもらい、ユリウスはその傍らに立った。
 いつも従僕がしてくれていたのを思い出し、乾いた布でダークブラウンの硬質な髪を包みこみ、優しく揉むようにして水気を拭き取っていく。

「ライニ様。薬草湯はお気に召していただけましたか?」

 沈黙に耐えきれず、自ら会話の口火を切った。

「ああ。爽やかな気分になった。それに確かに、水浴びより体がほぐれてよいな」

 世辞ではなく、心からの賛辞に聞こえる。
 褒められたのは薬草湯だけど、なんだか自分自身が褒められたように面映ゆい。
 しかし、そこで調子に乗ったのがいけなかった。

「お気に召していただけたのなら、明日もご用意します。ですが、実家から持ってきた薬草には限りがあります。そのためできることなら、庭の片隅をお借りして、土を入れて薬草を作りたいのです。お許しをいただけますでしょうか……」

 ラインハルトはわずかに首を傾げ、横目でユリウスを一瞥した。返事はなく、答えあぐねている様子だった。
 短い付き合いの中で、彼について一つ知ったことがある。ラインハルトは、気にそぐわないことがあっても、頭ごなしに拒否したり否定することはしない。ただ、すぐに返事がないときは、その話題をあまり好ましく思っていない可能性が高い。

「そうしたければ好きにしてよいが……、薬草を育てるには月日が必要だろう? ここにどのくらいいるかもわからないのだから、土を入れるのはもう少し都の生活に慣れてからでいいのではないか? 薬草なら、トマスに頼めば買ってきてくれる」

 普段より慎重に、言葉を選んで話してくれていた。
 ユリウスが侍従を長く続けるとは思っていないようだ。実家で甘やかされて育った手前、そう思われるのは当然でもあるが、薬草湯を褒められて嬉しかった気持ちまで、しゅんと萎んでしまう。

「そ、そうですよね……。すみません。今日働き始めたばかりなのに、勝手に一人で先走ってしまって……。明日にでもトマスさんに薬草屋さんの場所を教えてもらって、自分で買いに行きます」

 しかしその瞬間、どこかばつが悪そうにしていたラインハルトが、急にこちらに顔を向けた。必然的に、至近距離で見つめ合うことになる。

「平民街に一人で行くのは危険だ。薬草屋に行きたいのなら、五日待て。休みに俺が一緒に行こう」
「――え? えっ?」

 思いもよらぬ提案に、ユリウスの声が裏返る。

「い、いえ。そんな……。ライニ様の貴重なお休みに時間を割いていただくわけには……」

 そもそも、トマスも一人で荷車を引いてきていたし、平民街を一人で歩くことがそれほど危険とは思えない。オメガで非力だから心配されているのかもしれないが、発情期ヒート中でもなければ、危険な目に遭いそうなときは走って逃げ帰ることはできる。
 ユリウスがしどろもどろに固辞していると、隣の食堂へと繋がる扉が開いた。
 顔を覗かせたのは、エレナだ。

「ライニ様、ユーリ様。そろそろお食事にしましょうか。……あら。とてもよい香りがしますわね。ユーリ様に薬草湯を用意してもらって、よかったじゃないですか」
「そうだな。なかなか良かったから、今度の休みに薬草屋に出かけることにした」

 一緒に出掛けることを既に決定事項のように言い、ラインハルトは浴布を引っ張り下ろして、ソファから腰を上げた。

「あら。休日にお二人でお出かけなんて、いいじゃないですか! ライニ様はお休みの日も剣を振るうか遠駆けくらいしかなさいませんから。たまには庶民のように街を歩くのも、楽しいと思いますわよ」 

 何故か、エレナ一人が『選定の儀』にユリウスを送り出したときの姉のようにはしゃいでいる。
 正直なところ、ラインハルトと二人で出かけるくらいなら、ワーグナー夫妻のどちらかについてきてもらったほうが気楽でよかった。それにユリウスの買い物に付き合っていたら、訓練で身体を酷使しているラインハルトがせっかくの休日に体を休めることができない。
 
 やっぱり明日の休憩時間にトマスに市民街まで連れて行ってもらい、こっそり薬草を買ってこよう。
 ユリウスは秘かにそう心に決めた。


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