売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹

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辺境伯軍

辺境伯軍(5)

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 食堂を出て、ぐるりと辺りを見渡す。改めて見ると、隣のカッシーラー辺境伯の城が王宮にも負けない緑豊かな庭園を誇っていたのに比べ、このウェルナー城の中には緑というものがほとんど見当たらなかった。
 城内の道はどこも灰色の石畳で、たまに土の地面があっても、たいていは人や馬に踏み固められている。
 厩舎の周りには土の地面があり雑草に混じってタンポポを見かけたが、糞尿の匂いが漂い、ハエも飛びかっていて、衛生面から薬にするのは断念した。
 建物や城壁の壁際は湿気が多く、苔やシダこそ見られるが、薬草の類には出会えなかった。

 緑を求めて足を進めるうちに、練兵場や武器庫を通り過ぎ、いつのまにか来たことのない城の奥深くまで入り込んでいた。入ってはいけないと言われているわけではないが、軍営の使用人が足を踏み入れる必要のない場所だ。
 引き返すべきだと考えつつも、建物の角を曲がりアーチの先の中庭が目に入ると、吸い寄せられるように自然と足がそちらに向かっていた。漂ってくる優しい香りに、懐かしさを覚える。

 ……この香りはもしかして……、カモミラ?

 カモミラなら、煎じて塗り薬にできる。
 さほど広くない中庭だったが、殺風景な城内とは異なり、そこだけは、芝生や低木が植えられ、季節の花々に彩られた庭園があった。その中に小さな白い花の群生を認め、ユリウスは駆け寄ろうとした。――だが、次の瞬間。

「何者!?」

 鋭い女性の声が響き、びくっと体を慄かせて動きを止めた。
 

 アーチをくぐったところで、声のしたほうへとゆっくりと顔を向ける。
 花しか目に入っていなかったせいで気づかなかったが、建物の陰になっていた一角に東屋ガゼボがあり、テーブルと椅子が置かれていた。そこには、白髪の老女と若い女性が、花壇に向かい並んで座っていた。テーブルにはお茶やお菓子が並べられていて、傍らにはメイド服を着た二人の侍女が控えている。

 老女と女性は祖母と孫だろうか……。見た目からはそのくらいの年の差に見えるが、顔は全然似ていない。
 老女はかなり痩せていて、瞳も虚ろだった。体の病と、もしかしたら心も病んでいるのかもしれない。胸に男の子の人形を抱いている。

 若い女性はその美しさと首に巻かれたチョーカーで、オメガだと一目でわかった。肌が透き通るほどに白く、亜麻色の柔らかい巻き髪をふわりと胸元に垂らしている。整った鼻筋と薄く血色の良い唇、オリーブグリーンの大きな瞳が愛らしい。
 だが、意志の強そうなその目は、今は剣呑な光を放ち、こちらを睨みつけていた。
 上品な光沢を放つドレスに薄手のショールを羽織っていて、ひと目で貴族だとわかる。ユリウスは慌ててその場に片膝をついた。

「勝手に入ってしまい、申し訳ありません!」
「お前は誰だ。ここに何しに来た!?」

 先程と同じ迫力のある声は、若い令嬢のものだった。
 ユリウスは深く頭を下げる。

「僕は、軍営の使用人です。辺境伯軍の兵舎で皮膚病が流行っているため、城内に自生の薬草がないか探していたら、ここに迷い込んでしまいました」

 庭園の中にカモミラの花を見つけて、役に立ちそうだと喜び勇んで駆け寄ろうとしたことは、伏せておいた。採って薬にしようとしたことを知られたら、花泥棒扱いされて、罰を受けることになりかねない。

「兵士の皮膚病なんて珍しいことではない。放っておけばよいであろう」

 冷たく言い放たれた言葉に、ユリウスは思わず顔を上げた。

「では、有事の際、兵士らが痒みで戦に集中できなくなってもよいとお考えですか?」

 ユリウスは平民だが、伯爵家の子として姉弟たちと分け隔てなく育てられた。弟と取っ組み合いの喧嘩をしても、身分を理由に叱られたことはない。
 一瞬頭に血がのぼり、つい家にいたときの感覚で、身分もわきまえず言いたいことを口にしてしまった。

「なっ……、なんですって!?」

 顔を紅潮させた令嬢が椅子から立ち上がり、ユリウスが出過ぎた発言を後悔し始めたときだ。

「あなた……、オメガね……」

 それまで話を聞いているそぶりも見せなかった老女が、ふいに枯れた声を発した。

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