45 / 83
辺境伯軍
辺境伯軍(5)
しおりを挟む食堂を出て、ぐるりと辺りを見渡す。改めて見ると、隣のカッシーラー辺境伯の城が王宮にも負けない緑豊かな庭園を誇っていたのに比べ、このウェルナー城の中には緑というものがほとんど見当たらなかった。
城内の道はどこも灰色の石畳で、たまに土の地面があっても、たいていは人や馬に踏み固められている。
厩舎の周りには土の地面があり雑草に混じってタンポポを見かけたが、糞尿の匂いが漂い、ハエも飛びかっていて、衛生面から薬にするのは断念した。
建物や城壁の壁際は湿気が多く、苔やシダこそ見られるが、薬草の類には出会えなかった。
緑を求めて足を進めるうちに、練兵場や武器庫を通り過ぎ、いつのまにか来たことのない城の奥深くまで入り込んでいた。入ってはいけないと言われているわけではないが、軍営の使用人が足を踏み入れる必要のない場所だ。
引き返すべきだと考えつつも、建物の角を曲がりアーチの先の中庭が目に入ると、吸い寄せられるように自然と足がそちらに向かっていた。漂ってくる優しい香りに、懐かしさを覚える。
……この香りはもしかして……、カモミラ?
カモミラなら、煎じて塗り薬にできる。
さほど広くない中庭だったが、殺風景な城内とは異なり、そこだけは、芝生や低木が植えられ、季節の花々に彩られた庭園があった。その中に小さな白い花の群生を認め、ユリウスは駆け寄ろうとした。――だが、次の瞬間。
「何者!?」
鋭い女性の声が響き、びくっと体を慄かせて動きを止めた。
アーチをくぐったところで、声のしたほうへとゆっくりと顔を向ける。
花しか目に入っていなかったせいで気づかなかったが、建物の陰になっていた一角に東屋があり、テーブルと椅子が置かれていた。そこには、白髪の老女と若い女性が、花壇に向かい並んで座っていた。テーブルにはお茶やお菓子が並べられていて、傍らにはメイド服を着た二人の侍女が控えている。
老女と女性は祖母と孫だろうか……。見た目からはそのくらいの年の差に見えるが、顔は全然似ていない。
老女はかなり痩せていて、瞳も虚ろだった。体の病と、もしかしたら心も病んでいるのかもしれない。胸に男の子の人形を抱いている。
若い女性はその美しさと首に巻かれたチョーカーで、オメガだと一目でわかった。肌が透き通るほどに白く、亜麻色の柔らかい巻き髪をふわりと胸元に垂らしている。整った鼻筋と薄く血色の良い唇、オリーブグリーンの大きな瞳が愛らしい。
だが、意志の強そうなその目は、今は剣呑な光を放ち、こちらを睨みつけていた。
上品な光沢を放つドレスに薄手のショールを羽織っていて、ひと目で貴族だとわかる。ユリウスは慌ててその場に片膝をついた。
「勝手に入ってしまい、申し訳ありません!」
「お前は誰だ。ここに何しに来た!?」
先程と同じ迫力のある声は、若い令嬢のものだった。
ユリウスは深く頭を下げる。
「僕は、軍営の使用人です。辺境伯軍の兵舎で皮膚病が流行っているため、城内に自生の薬草がないか探していたら、ここに迷い込んでしまいました」
庭園の中にカモミラの花を見つけて、役に立ちそうだと喜び勇んで駆け寄ろうとしたことは、伏せておいた。採って薬にしようとしたことを知られたら、花泥棒扱いされて、罰を受けることになりかねない。
「兵士の皮膚病なんて珍しいことではない。放っておけばよいであろう」
冷たく言い放たれた言葉に、ユリウスは思わず顔を上げた。
「では、有事の際、兵士らが痒みで戦に集中できなくなってもよいとお考えですか?」
ユリウスは平民だが、伯爵家の子として姉弟たちと分け隔てなく育てられた。弟と取っ組み合いの喧嘩をしても、身分を理由に叱られたことはない。
一瞬頭に血がのぼり、つい家にいたときの感覚で、身分もわきまえず言いたいことを口にしてしまった。
「なっ……、なんですって!?」
顔を紅潮させた令嬢が椅子から立ち上がり、ユリウスが出過ぎた発言を後悔し始めたときだ。
「あなた……、オメガね……」
それまで話を聞いているそぶりも見せなかった老女が、ふいに枯れた声を発した。
755
あなたにおすすめの小説
溺愛アルファの完璧なる巣作り
夕凪
BL
【本編完結済】(番外編SSを追加中です)
ユリウスはその日、騎士団の任務のために赴いた異国の山中で、死にかけの子どもを拾った。
抱き上げて、すぐに気づいた。
これは僕のオメガだ、と。
ユリウスはその子どもを大事に大事に世話した。
やがてようやく死の淵から脱した子どもは、ユリウスの下で成長していくが、その子にはある特殊な事情があって……。
こんなに愛してるのにすれ違うことなんてある?というほどに溺愛するアルファと、愛されていることに気づかない薄幸オメガのお話。(になる予定)
※この作品は完全なるフィクションです。登場する人物名や国名、団体名、宗教等はすべて架空のものであり、実在のものと一切の関係はありません。
話の内容上、宗教的な描写も登場するかと思いますが、繰り返しますがフィクションです。特定の宗教に対して批判や肯定をしているわけではありません。
クラウス×エミールのスピンオフあります。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/504363362/542779091
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、
隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。
しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです…
オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が
なかたのでした。
本当の花嫁じゃない。
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
釣った魚、逃した魚
円玉
BL
瘴気や魔獣の発生に対応するため定期的に行われる召喚の儀で、浄化と治癒の力を持つ神子として召喚された三倉貴史。
王の寵愛を受け後宮に迎え入れられたかに見えたが、後宮入りした後は「釣った魚」状態。
王には放置され、妃達には嫌がらせを受け、使用人達にも蔑ろにされる中、何とか穏便に後宮を去ろうとするが放置していながら縛り付けようとする王。
護衛騎士マクミランと共に逃亡計画を練る。
騎士×神子 攻目線
一見、神子が腹黒そうにみえるかもだけど、実際には全く悪くないです。
どうしても文字数が多くなってしまう癖が有るので『一話2500文字以下!』を目標にした練習作として書いてきたもの。
ムーンライト様でもアップしています。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
愛する公爵と番になりましたが、大切な人がいるようなので身を引きます
まんまる
BL
メルン伯爵家の次男ナーシュは、10歳の時Ωだと分かる。
するとすぐに18歳のタザキル公爵家の嫡男アランから求婚があり、あっという間に婚約が整う。
初めて会った時からお互い惹かれ合っていると思っていた。
しかしアランにはナーシュが知らない愛する人がいて、それを知ったナーシュはアランに離婚を申し出る。
でもナーシュがアランの愛人だと思っていたのは⋯。
執着系α×天然Ω
年の差夫夫のすれ違い(?)からのハッピーエンドのお話です。
Rシーンは※付けます
※画像は男の子メーカーpicrewさんよりお借りしました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる