売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹

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辺境伯軍

辺境伯軍(4)

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 すっかり酔いの抜けた三人から謝罪を受けたのは、彼らに絡まれた翌日のことだった。

 昼食時、最後の組が食事を終えたところで、フリッツが厨房にいたユリウスに声をかけてきた。
 彼の後をついて食堂の外に出ると、一様に神妙な顔をした三人の兵士が立っていて、昨夜の兵士たちだとすぐに察しがついた。
 同じように左の頬に痣があるのは、もしかしたらフリッツに殴られたのかもしれない。
 三人はユリウスの姿を認めると、一斉に片膝をついた。たじろぐユリウスをよそに、右手を胸に当てて深々と頭を下げ、代わる代わる謝罪の言葉を口にする。
 その声には聞き覚えがあったから、確かに昨夜の男たちのようだ。

「謝罪を受け入れますので、頭を上げてください。誰に対しても、あのようなことを二度としないと約束してくだされば、それでよいです」

 おずおずと頭を上げた三人のうち、一番年かさの男が口を開いた。

「せっかくの休息日なのに、街に繰り出したら、娼館に入るのを断られたんだ。ついむしゃくしゃして飲みすぎてしまった。そこにあんたみたいな見目のいいのが通りがかったから、つい箍が外れてしまって……。本当に申し訳なかった。あのようなことは誰に対しても二度としないと、神に誓う」

 助けを求めるように隣にいたフリッツをちらりと見上げると、フリッツが「立ってよい」と声をかけ、三人が腰を上げた。
 屈強な兵士たちに囲まれ、再び無意識に体が身構えてしまう。
 早々に話を終えて厨房に引っ込みたかったが、一つ気になることもあった。

「あの……、なぜ、娼館に断られたのですか?」

 一度も足を運んだことのない場所でも、娼館が何をするところかは知っている。
 もし、断られたのが彼らだけでないのなら、同じように鬱憤を抱えた兵士が大勢いることになる。それは軍営を管理する上で、あまりよくないことのように思えた。
 原因によっては、上層部の耳に入れるべき話かもしれない。

 三人は困ったように顔を見合わせ、最後はフリッツに助けを仰いだ。
 フリッツがぽりぽりと人差し指でこめかみを掻く。

「今……、兵舎に皮膚病が流行っているんだ。皮膚病持ちは娼館では断られるからな。騎士団が来て、騎士たちに二人で一室があてがわれたせいで、辺境伯軍の兵はもともと六人で使っていた部屋を今は十人で使っている。ぎゅうぎゅう詰めだから、一人が病気になればその部屋は全滅だ」

 ユリウスは唖然とした。
 十人で一部屋を使うのは使用人部屋でも同様だが。彼らは兵士だ。一人一人が体格がいいし、汗もかく。それに、ろくに手足も伸ばせない状況では、訓練の疲れも取れないのではないだろうか。
 何より、一人が病にかかって部屋全員が全滅しているようなら、流行り病が一気に蔓延し、いざ戦が起きたときに戦えない兵士が続出するような事態が起こりかねない。

 三人は痒みを思い出したかのように、露出している肘や腕、首筋を掻き始めた。
 言われてみれば、確かに皮膚の一部が赤く盛り上がっていて、皮膚病のようだ。
 フリッツにそれがないのは、部隊長の彼は騎士と同じ二人部屋だからだろう。

「軍団長には何とかしてほしいと言ってあるんだが、騎士団長の言いなりだからな。期待するだけ無駄だ」

 王都から派遣された騎士団と辺境伯の私兵である辺境伯軍は、人数で言えば五十人と百五十人で辺境伯軍が圧倒的に多い。だが、両者を合わせた国境警備軍の総指揮官は騎士団長だ。そのため、辺境伯軍の軍団長ですら騎士団長には頭が上がらないことは、容易に想像できる。騎士は全員、最低でも平民より身分が上であることも、両者の力関係に影響しているのだろう。

 兵士が全員食事を済ませたら、使用人も食事にありつける。
 ユリウスはアルミンにだけ事情を説明し、昼食抜きで城内を散策することにした。
 ヨモギでも見つかれば、煮出し液で患部を洗ったり、すり潰して塗り薬を作ることもできる。
 フリッツからラインハルトに相談を持ち掛けてもらえれば、何らかの対応策を考えてくれそうな気はするが、彼と知り合いであることを人に知られたくない。辺境伯軍の問題にラインハルトが介入することで、彼に対する騎士団長の心証を悪くしないか心配でもある。
 まずは自分にできることからと考えると、薬草くらいしか思いつかなかった。


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