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王弟騎士の思い人
王弟騎士の思い人(4)
しおりを挟む「あら、故郷にお帰りになるの? 初めて平民のお友達ができそうだったのに。とても残念だわ」
カレンの言葉は嫌味ではなく、本気でそう思っているように聞こえる。そのことは、一層、ユリウスを居たたまれない気分にした。
ユリウスは腰に下げていた麻袋を外し、芝の上に置いた。
「これは、血の草と呼ばれる薬草です。今朝、他の薬草を採りに行ったときに見つけたので、一緒に採ってきました。心の重苦しさを和らげ、沈んだ気持ちを軽くする効果があると言われています。薬草茶にすれば、奥様の食欲改善に繋がるかもしれません」
それだけ伝えて、腰を上げようとしたとき。
「あなた……、オメガね。オメガの男の子ね……」
昨日と同じ言葉を発し、それまで虚ろだった夫人の瞳がユリウスへと向けられる。
ラインハルトが、息を呑んだ気配がする。
「ちが……」
「ちがいます!」
否定しようとしたラインハルトの声を、ユリウスはそれより大きな声で掻き消した。
「昨日も申し上げたように、僕はベータです! オメガなどではありません! 薬草はいらなければ捨ててください。では、僕はこれで失礼します!」
ラインハルトの顔は見ることができなかった。
立ち上がり、一礼すると、できる限りの速足で来た道を戻る。
「あら……、あなた、今日はお茶に加わってくださるんじゃ……」
背後から聞こえてきたカレンの声は、聞かなかったことにした。
中庭を出て、建物の角を曲がった瞬間――……、突然、目の前に現れた『壁』に危うくぶつかりそうになった。
「ユーリ。そんなに急いで、どうしたんだ?」
『壁』と思ったのは、フリッツだった。
「――もう、大丈夫だぞ」
フリッツが人から見られない、建物の陰に連れて行ってくれたのは、涙を堪えていたことが、彼の目にも明らかだったからだろう。
歯を食いしばっていた力を緩めたら、堰を切ったように、目から雫がこぼれ落ちてきた。崩れ落ちそうになる体を、抱き留められる。
彼の胸に顔を押し付け、嗚咽を押し殺した。
どうして、ここに来てしまったのだろう。
ひと目でいいからライニ様に会いたい。そう思っていたはずなのに。胸を締め付けているのは、必要とされなかった悲しさでも、彼の心を奪った彼女への憎しみでもない。ただ一つの後悔だけだった。
ここに来なければ。
ライニ様に、あれほど疎まれることはなかった。
ユーリと呼んで頭を撫でてくれたライニ様を。別れ際に、こちらが勘違いしそうなほどに強く抱きしめ、額にキスをしてくれたライニ様を。同情で、売れ残りのオメガの面倒を見てくれた、優しいライニ様だけを、記憶に残しておけたのに。
「もしかして、お前……副団長のことが好きだったのか? その……、ユーリのことが心配だったから、様子を見に来たんだ。盗み聞きするつもりはなかったけど、話も聞いちまった」
まるで小さな子をあやすように。頭や背中を優しく撫でられる。
ユリウスはフリッツの腕の中で、かぶりを振った。
きっと、好きだと思うこの気持ちすら、ライニ様には迷惑なものでしかないだろうから。
侍従として必要とされないのなら、せめて騎士団の使用人として、彼の近くで働きたかった。
でも、その思いは、彼の幸せに水を差すものだった。
ライニ様は、あれほどにもユリウスのことを考えてくれていたというのに。
「……ぼく……自分のことしか……考えてなかった……っ…………」
喉の奥に何かが詰まったように、うまく喋れなかった。
背中をさすられ、しゃくり上げながら、とぎれとぎれに言葉を紡いでいく。
「……そんな自分が……恥ずかし……だけ……です…………」
フリッツの腕の中で、しばらくの間、子供みたいに泣きじゃくっていた。やがて、その嗚咽がおさまった頃。
「ユーリ。なるべく早く君はここを離れたほうがいい。そうすれば、君だけでも……」
何かを言いかけて、途中で口を噤んだ彼の言葉の意味は、ユリウスにはわからなかった。
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