売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹

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舞踏会の夜に

舞踏会の夜に(4)

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 じたばたともがいても身動きが取れない。後ろから羽交い絞めにされていた。鼻と口も塞がれ、「んーーー」というくぐもった呻き声しか洩らせない。
 女中メイドにばかり意識がいって、背後から人が近付いていたことには全く気付かなかった。

 ――この匂い……!

 勉強も武芸もてんで駄目だったけど、人より鼻がいいことはユリウスの数少ない長所の一つだ。体臭で、背後にいる人物が誰かを察することができた。

 女中メイドが扉の前に行き、ノックし、すぐに部屋へと入っていく。
 隣に人が立つ気配がした。

「副団長が酒を飲んだらすぐに部屋から出るようにあの女には言ってある。あの女が出てきたら、襲撃する」

 その言葉でようやく、暗殺されようとしているのが誰かを確信した。
 横目で見上げた先ににいたのは、騎士団長だった。
 背後にも人の気配がする。「襲撃する」と言っているからには、ユリウスを羽交い絞めにしている人物以外にも他に襲撃者がいるのだろう。

「だから、早くここを離れるように言ったのに」

 羽交い絞めにしている男が、ぼそりと耳元で呟いた。
 その声はどこか口惜しそうで、彼が好き好んで陰謀に加担しているのではないことは感じ取れる。けれど、拘束する腕の強さは、ユリウスが必死にもがいたところで容赦はなかった。

「助けを呼びに行かれるのは面倒だから、そいつは先に殺すか」

 人を人とも思わない冷ややかな声で団長が言った。
 一拍の間をおき、背後の男が、「――いや」と首を振った気配がする。

「この者と王弟殿下は以前からの知り合いで、殿下もこの者の身を案じているようでした。生かしておけば、いざというときに人質になるやもしれません」

 それは嘘だ。
 彼――フリッツには、ラインハルトに邪険にされ、即刻、城から出るように言われたのを聞かれている。
 ユリウスをかばってくれたのかもしれない。でも、遅かれ早かれ、ラインハルトが殺されれば、ユリウスも口封じのために殺される。

 今にもライニ様が毒を飲もうとしているかもしれないのに。僕は何もできないのか――⁉

 自分の無力さに、涙が溢れた。

 ライニ様、ライニ様、ライニ様……。

 頭の中でなら、何度もその名を呼べるのに。
 せめて呻き声で危険を知らせられないかと思ったけど、部屋まで距離があるのと厚い扉に阻まれ、無理そうだった。

 神様――。
 僕はどうなってもいいから、どうかライニ様をお救いください!

「――ん? なにか甘い匂いがしないか?」

 ふいに騎士団長がそう言ったが、鼻を塞がれているためユリウスにはわからない。

「お前、もしかしてオメガか?」

 騎士団長がユリウスの髪に鼻先を近づけてくる。
 燭台の明かりを近づけられたのか頭上が明るくなり、シャツの襟の後ろをぐいと引っ張られた。

 その瞬間、口を塞いでいた手の力が少しだけ緩んだ。
 口をこじ開け、塞いでいた掌に思いっきり噛みつく。

「いてっ」

 掌と口の間に隙間ができ、ユリウスは叫んだ。

「ライニ様、酒を飲まないで! 毒入りです!」

 直後、扉が開き、ラインハルトが飛び出してきた。

「ユーリ!」

 まだ毒は飲んでいなかったと一瞬安堵したが、状況は依然として絶望的だった。
 「くそっ」と罵声を吐き、騎士団長が腰から剣を抜き、前方へ向ける。

「行け!」

 背後で一斉に剣を抜く音がし、騎士団長と、ユリウスを羽交い絞めにしている男だけをその場に残し、他の者達が走り出した。

 舞踏会のために正装をしているラインハルトは何も武器を持っておらず、すぐにその周りを10人ほどの剣を抜いた兵士たちが取り囲んだ。服装からすると騎士団の騎士ではなく、全員が辺境伯軍の兵士のようだった。


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