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舞踏会の夜に
舞踏会の夜に(3)
しおりを挟む廊下に出ると、急に空気が冷たくなる。壁掛けの燭台が等間隔に点在する薄暗い廊下を、小走りに近い速さで足を動かす。
二人が向かったのは辺境伯の私室かラインハルトの私室か――ユリウスは前者だと踏んでいた。ラインハルトの私室は城の出口に近く、暗殺を失敗した場合に外に逃げられやすい。
ひとまず辺境伯の私室を目指したが、昼間に場所を確認しているといっても、薄暗い中では似たような廊下や部屋の扉の見分けがつかず、だんだん自信がなくなっていく。
そんなとき、嗅ぎ慣れた匂いが鼻腔を掠めた。
――これ……薬草の匂い……。
都にいたとき、湯浴みをする際に湯に混ぜていた薬草の香りが微かに廊下に漂っていた。ラインハルトも香りを気に入ってくれていた。
それがラインハルトの残り香であることを信じ、香りを辿ることで、昼間訪れたウェルナー辺境伯の私室へと辿り着くことができた。
扉に耳を押し当てると、中から声がした。
声がするということは、辺境伯はまだ毒を飲んでいないということだ。
ひとまずホッと胸を撫でおろす。
「お考え直しください。今ならまだ間に合います。陛下も、協力を拒むのなら辺境伯の罪は問わないと仰っておいでです」
聞こえてきたのはラインハルトの声で、ユリウスは思わず、「え?」と声を漏らしそうになった。
どういうことだ――?
明らかにラインハルトが辺境伯を説得しているような声色だ。罪を犯そうとしているのは辺境伯のほうで、それを陛下もご存知?
耳にした情報を整理できないでいると、廊下の奥のほうから足音が聞こえてきた。
ユリウスは慌てて忍び足で逆方向へと向かい、廊下の曲がり角に身を潜めた。
暗がりから現れたのは、女中だった。カップや酒瓶の載ったトレイを手にしている。
遠いし暗いしで顔ははっきりとは見えなかったが、おそらく彼女が女中たちが噂していた『マーサ』で、騎士団長に懐柔された女中だ。
女中が運んできた酒瓶の一つには毒が塗られていて、それに注がれた葡萄酒をこれから辺境伯が飲む……って計画だったよな?
ふいに自分の認識に自信がなくなり、先日盗み聞きした騎士団長と従僕長との会話を思い出した。
『よい。どうせ舞踏会の合間なら向こうは丸腰だ。殿下と二人で別室で酒でも飲んでもらい、毒入りの酒を飲んだことを確認したところで踏み込んでとどめを刺せばよい。あの男さえいなくなれば、この国もウェルナー辺境伯領も、殿下と私の思うままだ』
騎士団長は、確かそう言っていたはずだ。
状況的にはその通りになっている。舞踏会の合間に、おそらく丸腰で部屋にいる辺境伯とラインハルト殿下。そこに女中が毒入り酒を運んできている。
けれど、もし――、国を裏切ろうとしているのがラインハルトではなく辺境伯のほうだったとしたら――。
真相をちゃんと理解できたわけではない。ただ直感的に、恐怖とも言えるものすごく嫌な予感がし、ユリウスは走りだそうとした。だが、次の瞬間――、突然、背後から強い力で体を引き寄せられ、体に何かが巻き付き、両足が浮き上がっていた。すぐにそれが人の腕だと気づいたのは、触れ合った腕に感じた、硬い筋肉とざらりとした体毛の感触からだ。
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