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3章 死神が誘う遊園地
カンダタ、生前 15
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俺と紅柘榴は対峙する。紅柘榴の手に赤い珠玉が月光に反射して輝く。
拒絶された。石を投げられ、罵詈雑言が来る。俺は想像した最悪な未来を待つ。
待っていたのは互いの緊張が伝わる程の長い沈黙。そのぎこちない様子を月だけが見守っていた。
不意に紅柘榴が赤い珠玉を袖の中に仕舞う。なんの意図があるのだろうかと考えを巡らせていると俺に微笑みを向けてきた。
恨み事は覚悟していたが、真逆の笑みを見せられた。身構えていた心は拍子抜けして、腰が抜けそうになる。
「盗みに来たでしょう?」
微笑は悪戯を楽しむ子供の顔をしていた。
女性の袖に手を入れようなどと安易にできるはずがない。つまり、紅柘榴は「自分を外に連れ出せ」と言っているのだ。
外を拒んでいたのではないのか?
「いや、その、なんというか」
俺が困惑し、しどろもどろになっていると紅柘榴は機嫌を損ねたのか眉を顰める。
「してくれないの?」
「その、いいのか?」
確認のため、聞いてみる。紅柘榴は首を傾げては考えを巡らす。
「日が昇る前に戻るなら、いいかな?」
「俺は盗人だぞ。盗品を返品はしない」
「それも、いいね」
悪戯っぽい笑顔はしおしおと枯れて、彼女の表情は悲哀となって目を伏せる。
紅柘榴は葛藤している。外への希望を抱きつつも見えない鎖が彼女を縛っている。
外への興味もある。傍にいてくれる者もいる。出る勇気もある。外出に必要となるものは備えてあったが、それでは彼女を縛る鎖を断ち切る刃とはならなかった。
「あの塀を越えられたとしても私は戻らないといけない」
紅柘榴がぽつりと呟いた。それは恐怖から生まれる固い意志であった。伝わるのは恐怖だけでなぜそこまで意思が固いのか、俺にはわかってあげられそうにない。
「どこに行きたい?どこへでも連れて行ける」
慰めにもならない言葉を発する。
彼女の頬に一滴の雫が伝う。泣いているのか、一瞬だけ心臓が跳ね上がる。よく見ればそれは涙ではなかった。俺の頭にも2、3滴の雫が落ちた。俺と紅柘榴は同時に天を仰ぐ。
先程までは月が輝く機嫌は良い天気だったのにいつの間にか雲の量が増え、月を隠す。ぽつぽつと降っていた雨は本降りへと変わる。俺たちは雨から逃げるように軒下の縁側に立った。
「できなくなったね」
紅柘榴が髪に滴る雫を落とす。悪戯な笑顔は戻っていた。
「格好がつかないな」
毛先から垂れる水滴を見つめながら溜息を吐く。紅柘榴を連れて行くかどうかを迷っているうちに夜雨だ。ぐずぐずと悩まずに颯爽と紅柘榴を連れて行けばよかったのだ。
2人が雨晒しになったとしても人喰い塀の外に出れた。それこそが俺が判断したかった選択だった。しかし、人喰い塀を越えられず、軒下で雨から身を守っている。
雨に濡れているわけではないが、これもこれで惨めだと言えるだろう。
「私がここを出ても出れなくても、きっと後悔する。あなたの傍にいることも」
紅柘榴が雨を見据えながら俺の指先に触れて言う。憂いに濡れた瞳が俺を見上げる。
「それでも私の隣にいてくれる?」
俺の心は穏やかだった。静かな雨音が優しく背中を撫でて、緊張で荒れていた心臓が落ち着き、脈を打つ。対して、紅柘榴の指先はいずれ訪れるであろう後悔に震える。
その指を俺の手で包み、冷えて震える紅柘榴を温め、不安げな瞳に笑顔で返す。
紅柘榴の憂いを俺は拭えない。なら、冷たい手を温めて不安はないと笑うしかないのだ。
「いろんな話をしよう。外のことや俺が教えてもらったこと。俺は君がいてくれるだけでいいから」
紅柘榴が憂いを宿した瞳で笑う。手は温められ、震えはなくなっていた。
静寂の中に紛れ、人知れずに俺たちは同じ時間と感情を共有した。腐敗し、襤褸だらけの人生で最も幸福な日々だった。
彼女との出会いや共有した記憶。これほどまでに満たれたものはない。紅柘榴が傍にいるだけで生きる価値はあるのだと見出したくらいだ。
ただ、幸福は厄介なものだということを忘れていた。幸福の先にあるのは必ず悲劇だと決まっている。
それを知っていたはずなのに満たされた心が未来への不安を考える隙間を与えなかった。
その悲劇を迎えた時、俺は後悔した。刀傷と秋雨に打たれたあの日、彼女と出会わずに、助けられずに、死んでおけばよかった、と。
拒絶された。石を投げられ、罵詈雑言が来る。俺は想像した最悪な未来を待つ。
待っていたのは互いの緊張が伝わる程の長い沈黙。そのぎこちない様子を月だけが見守っていた。
不意に紅柘榴が赤い珠玉を袖の中に仕舞う。なんの意図があるのだろうかと考えを巡らせていると俺に微笑みを向けてきた。
恨み事は覚悟していたが、真逆の笑みを見せられた。身構えていた心は拍子抜けして、腰が抜けそうになる。
「盗みに来たでしょう?」
微笑は悪戯を楽しむ子供の顔をしていた。
女性の袖に手を入れようなどと安易にできるはずがない。つまり、紅柘榴は「自分を外に連れ出せ」と言っているのだ。
外を拒んでいたのではないのか?
「いや、その、なんというか」
俺が困惑し、しどろもどろになっていると紅柘榴は機嫌を損ねたのか眉を顰める。
「してくれないの?」
「その、いいのか?」
確認のため、聞いてみる。紅柘榴は首を傾げては考えを巡らす。
「日が昇る前に戻るなら、いいかな?」
「俺は盗人だぞ。盗品を返品はしない」
「それも、いいね」
悪戯っぽい笑顔はしおしおと枯れて、彼女の表情は悲哀となって目を伏せる。
紅柘榴は葛藤している。外への希望を抱きつつも見えない鎖が彼女を縛っている。
外への興味もある。傍にいてくれる者もいる。出る勇気もある。外出に必要となるものは備えてあったが、それでは彼女を縛る鎖を断ち切る刃とはならなかった。
「あの塀を越えられたとしても私は戻らないといけない」
紅柘榴がぽつりと呟いた。それは恐怖から生まれる固い意志であった。伝わるのは恐怖だけでなぜそこまで意思が固いのか、俺にはわかってあげられそうにない。
「どこに行きたい?どこへでも連れて行ける」
慰めにもならない言葉を発する。
彼女の頬に一滴の雫が伝う。泣いているのか、一瞬だけ心臓が跳ね上がる。よく見ればそれは涙ではなかった。俺の頭にも2、3滴の雫が落ちた。俺と紅柘榴は同時に天を仰ぐ。
先程までは月が輝く機嫌は良い天気だったのにいつの間にか雲の量が増え、月を隠す。ぽつぽつと降っていた雨は本降りへと変わる。俺たちは雨から逃げるように軒下の縁側に立った。
「できなくなったね」
紅柘榴が髪に滴る雫を落とす。悪戯な笑顔は戻っていた。
「格好がつかないな」
毛先から垂れる水滴を見つめながら溜息を吐く。紅柘榴を連れて行くかどうかを迷っているうちに夜雨だ。ぐずぐずと悩まずに颯爽と紅柘榴を連れて行けばよかったのだ。
2人が雨晒しになったとしても人喰い塀の外に出れた。それこそが俺が判断したかった選択だった。しかし、人喰い塀を越えられず、軒下で雨から身を守っている。
雨に濡れているわけではないが、これもこれで惨めだと言えるだろう。
「私がここを出ても出れなくても、きっと後悔する。あなたの傍にいることも」
紅柘榴が雨を見据えながら俺の指先に触れて言う。憂いに濡れた瞳が俺を見上げる。
「それでも私の隣にいてくれる?」
俺の心は穏やかだった。静かな雨音が優しく背中を撫でて、緊張で荒れていた心臓が落ち着き、脈を打つ。対して、紅柘榴の指先はいずれ訪れるであろう後悔に震える。
その指を俺の手で包み、冷えて震える紅柘榴を温め、不安げな瞳に笑顔で返す。
紅柘榴の憂いを俺は拭えない。なら、冷たい手を温めて不安はないと笑うしかないのだ。
「いろんな話をしよう。外のことや俺が教えてもらったこと。俺は君がいてくれるだけでいいから」
紅柘榴が憂いを宿した瞳で笑う。手は温められ、震えはなくなっていた。
静寂の中に紛れ、人知れずに俺たちは同じ時間と感情を共有した。腐敗し、襤褸だらけの人生で最も幸福な日々だった。
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それを知っていたはずなのに満たされた心が未来への不安を考える隙間を与えなかった。
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