糸と蜘蛛

犬若丸

文字の大きさ
449 / 644
4章 闇底で交わす小指

決断 12

しおりを挟む
 逡巡する。そこに諦めの選択肢はなく、どうすれば子取りが再び立ち上がるかを重点に答えを導こうとした。
 どれほど頭を回転しても良案といえるものはなかった。
 逡巡している時間は2、3秒ほどだった。ほんの一瞬でさえも迷ってはいられない。
 子取りの後を追ってきた蠍の鬼が川沿いの斜面を下ってきた。
 「まずいな」
 カンダタが零す。険しい表情の先にあるのは廃病院にいた蠍の鬼。こちらに向かってこず、手近にいる看護婦や赤子たちを薙ぎ払う。あそこが片付いたら、今度はこちらを襲ってくる。
 挟み撃ちだと理解して、舌打ちする。状況は悪化するばかり。
 そうした悪態をついた矢先、川が大きく波打ち、蠍の鬼を追ってきた大蛇の群れが現れる。
 大蛇の半分は子取りを見て見ぬふりをするものもいたけれど、残りの半分は蠍の鬼に敵意を持っていた。
 もしかしたら、今がチャンスなのかもしれない。
 「先に行ってて。十手を使う」
 「いいのか?」
 カンダタが確認したのはあたしを置いて捨てていいのかということ。
 あたしは迷いなく頷いた。
 身体と体力は限界を超えている。そんな状況でカンダタと逃げても足を引っ張るだけ。
 そんな醜態を晒すよりだったら、できる限りの抗いをしたい。
 カンダタが躊躇っていたのは一瞬だけだった。すぐ様あたしに背を向け、看護婦たちの間を縫うに走っていく。
 あたしの背後では蹲っている無抵抗な子取りに蠍の鬼が迫っていた。
 大蛇が川から這い出て、あたしの横を通る。間近で感じる地響きに驚いて硬直する。
 数匹の大蛇が子取りに覆い被さり牙を剥きだして迫る鬼に威嚇する。
 牙と鋏の闘いが子取りの傍で行われる。
 蠍の尖った脚が大蛇の胴を貫き、輪の鋏で頭を潰す。1匹の大蛇が蠍の胴に絡まり、楊梅瘡だらけの大蛇が尾に噛み付く。
 川から出てくる大蛇は増え、廃病院から出てきた蠍の鬼も近場の看護婦たちを片付けながらもこちらに近づいてくる。更に坂を下ってくる  もう1体の鬼がいる。
 あたしは深呼吸をして、固まっていた足で踏み出す。
 蠍の鬼が腕を振り回し、絡まっていた大蛇を剥がそうともがく。大きく振られた腕は子取りの脇腹を打ち、その衝撃で横倒しにされる。
 巨大な子取りが倒れた振動が地響きとなってあたしの足元を揺らす。
 膝をつき、それでも立ち上がろうとした途端、吹き飛ばされた大蛇の頭があたしの前で落下し、転がってきた。
 頭だけでもあたしの身長と変わらない大きさなのに、それが砂利を抉りながら怒涛の勢いで迫り、目と鼻の先で止まった。
 大蛇の開いた瞳孔と目があって息を呑む。
 驚きのあまり、固まってしまった。
 頭を切り替える。大蛇の頭を避け、倒れた子取りに駆け寄った。
 子取りはすすり泣いて、凄惨な現状が治るのを待つ。あたしが傍に来ても、現実逃避をして丸くなったままだった。
 あたしは子取りの腕に触れる。触れた指先から胎児たちの怨念が魂に流れてくる。取り込まれると危機を察し、手を放す。
 「起きて、ここから離れるのよ」
 呼びかけても子取りの反応がない。
 あたしを求めてここまで追ってきたのにこんなところで止まってしまった。
 子供たちは子取りに集まってきた。だから、廃病院まで行かなくてもいい。けれど、この乱闘からは遠ざけないといけない。
 鬼の腕がへし折られ、地に落ちる。砂利が弾かれて、あたしの頬を掠める。
 子取りが怯えた声を漏らす。 
 「起きなさい!」
 蠍の鬼が身を捩り、絡んでくる大蛇を振り払おうとする。大蛇の尾が子取りの頬を打ち、あたしの頭上で弧を描く。
 子取りは声を出す気力もない。頭からの泥も涙も止まっている。
 「生きたかったんでしょ。産まれたかったんでしょ。母に、ママに会いたかったんでしょ。今起きないともう永遠に会えないわよ」
 酷なことを言っているのはわかる。あたしよりもボロボロの子取りは声も出せずにいる。
 満身創痍の身体に鞭を打って、起きろと怠けるなと叫ぶ。
 立ち上がってくれないと死と怨念の記憶が繰り返される闇底からは出られない。
 あたしは子取り小指に白糸を括る。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...