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4章 闇底で交わす小指
決断 11
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静寂に響いたのは不思議な心音だった。あたしの心臓じゃない。これは胎動。確信もないのにそうなのだと決めつけていた。
胎動の音がはっきりと聞こえると手放しかけた意識が少しだけ戻る。
気が付けば、あたしの前に黒い影が立っていた。河原で会った子供たちだ。
河原の子たちが騒ぎを聞きつけて、ここに集まり、子取りを眺める。
「ぼくたちも一緒だよ」
目の前の子供があたしに言う。カンダタの声や自身の呼吸音も遠いのにその子の言葉はあたしに届いた。
「そういえば、そうだったわね」
朦朧とした意識は鮮明を取り戻しつつあった。
「びょういんの友だちも一緒だよ?」
「わかってる。ちゃんと連れて行くから」
胚羊水の胎児たちは悟っている。あたしたちがやろうとしていることを。
そして、それはここの胎児たち全員を連れて行かないと意味がない。
同じだから。皆、同じ「生命を持てなかった子」だから。
河原の子が微笑んだ、ような気がした。
あたしの意識は冴え渡り、カンダタに引かれなくても立ち上がって砂利を踏みつけながら歩く。
反対に河原の子たちは子取りに集まる。
そこに集まる子供たちは子取りに身体を伸ばして、何かを求めている。子取りの腕や足に接触すると小さな身体が取り込まれていく。
子取りはそれを邪険にせず、あたしたちを追うこともしなかった。大人しく周囲に集まる子供たちを眺める。
その間、あたしたちはなるべく距離をとる。子取りの視界から外れないよう、離れすぎず近すぎない距離を保つ。
絶妙な位置で子取りと河原の子たちが一つになるのを見守る。
子取りの巨大化は止まらない。
この間にも蠍の鬼は迫ってる。あんなに大きくなると呆気なく捕まりそう。それに、廃病院にも蠍の鬼がいる。
そんな危惧が頭の片隅にあった。リスクは高まるばかりであたしがやり遂げようとしていることは無謀なのだともう1人の自分が囁く。
しばらくの間、呆然としていた子取りがあたしの存在を思い出す。
遠くにいるあたしたちを見つめると甲高い唸り声を上げ、重くなった身体を引き摺る。
数人ほど河原の子たちが取り残されていたけれど、子取りの後を追い、跳んでひっつけば身体が同化し、その分子取りの重さが増す。
子取りはもう進むのでさえ、苦しくなっているみたいだった。
あれほど喧しい泣き声は勢いを失くし、短い唸り声だけであたしを呼ぼうとしている。這って進んでいた手や脚は擦り傷、切り傷だらけで息も上がっている。
川辺の下り坂は次第に緩くなっていた。それでも、進む辛さは緩和されない。あたしも子取りも限界だった。もう走るのでさえできない。
目印の白糸は廃病院に続いている。川辺に沿って行けば着く。そこがゴールだ。
自分を奮起させる言葉は虚しく、心の中で呟く度にその虚しさを噛み締める。
川の流れは緩く、砂利道は歩きやすくなっていた。なのに、身体は重く、呼吸が荒くなる。脚がふらついて重心が揺れる。
あたしの胸は決意で熱いのにその熱についていけない。
ゴールはすぐだと言い聞かせても遠くに感じてしまう。
どのぐらい進めばいいかなんてわからない。
重い身体に焦りが募る。蠍の鬼が来る。切迫と緊張からピリピリとした感覚から肌に纏わりつく。
自身を奮起させる言葉が絶望に塗り替えられそうだった。
真っ暗な道に白糸が浮かぶ。その向こうから歩いてくる者がいた。それは廃病院にいた看護婦のゾンビだった。
大群で現れた彼女たちの腕には赤子が抱かれている。
河原の子たちも廃病院の子たちもキケイも子取りの一部になる。「自分たちも連れて行って」と「置いていかないで」と言っている。
胎児たちに何をするのか話していないのにあたしの考えが浸透している。
頼まれたわけじゃない。これはあたしの自己満足。そう考えていた。
胎児たちの行動はあたしの決意を肯定していた。
河原の子たちに「連れて行く」と言い切った。その時、あの子たちは笑っていた。
廃病院の子たちも、表情がなくとも望んでいるとわかる。だから、病院を離れて、ここまできた。
自分が発した言葉を嘘にするわけにはいかない。
あたしたちの横を通る看護婦たちを見送りながら廃病院に向かう。
白糸を辿れば、川沿いに歩いていけば。
けれど、誘導される相手の限界が来た。
後方でついてきた子取りがズドン、と豪快な音をたて、伏した。
肥大しすぎた。
取り込んだ分だけ大きくなった。膨れ上がった脂肪に筋力は身体を支えるのすら困難になっていた。
目を凝らせば暗闇に薄っすらと廃病院の影がある。ゴールはすぐそこなのに。
胎動の音がはっきりと聞こえると手放しかけた意識が少しだけ戻る。
気が付けば、あたしの前に黒い影が立っていた。河原で会った子供たちだ。
河原の子たちが騒ぎを聞きつけて、ここに集まり、子取りを眺める。
「ぼくたちも一緒だよ」
目の前の子供があたしに言う。カンダタの声や自身の呼吸音も遠いのにその子の言葉はあたしに届いた。
「そういえば、そうだったわね」
朦朧とした意識は鮮明を取り戻しつつあった。
「びょういんの友だちも一緒だよ?」
「わかってる。ちゃんと連れて行くから」
胚羊水の胎児たちは悟っている。あたしたちがやろうとしていることを。
そして、それはここの胎児たち全員を連れて行かないと意味がない。
同じだから。皆、同じ「生命を持てなかった子」だから。
河原の子が微笑んだ、ような気がした。
あたしの意識は冴え渡り、カンダタに引かれなくても立ち上がって砂利を踏みつけながら歩く。
反対に河原の子たちは子取りに集まる。
そこに集まる子供たちは子取りに身体を伸ばして、何かを求めている。子取りの腕や足に接触すると小さな身体が取り込まれていく。
子取りはそれを邪険にせず、あたしたちを追うこともしなかった。大人しく周囲に集まる子供たちを眺める。
その間、あたしたちはなるべく距離をとる。子取りの視界から外れないよう、離れすぎず近すぎない距離を保つ。
絶妙な位置で子取りと河原の子たちが一つになるのを見守る。
子取りの巨大化は止まらない。
この間にも蠍の鬼は迫ってる。あんなに大きくなると呆気なく捕まりそう。それに、廃病院にも蠍の鬼がいる。
そんな危惧が頭の片隅にあった。リスクは高まるばかりであたしがやり遂げようとしていることは無謀なのだともう1人の自分が囁く。
しばらくの間、呆然としていた子取りがあたしの存在を思い出す。
遠くにいるあたしたちを見つめると甲高い唸り声を上げ、重くなった身体を引き摺る。
数人ほど河原の子たちが取り残されていたけれど、子取りの後を追い、跳んでひっつけば身体が同化し、その分子取りの重さが増す。
子取りはもう進むのでさえ、苦しくなっているみたいだった。
あれほど喧しい泣き声は勢いを失くし、短い唸り声だけであたしを呼ぼうとしている。這って進んでいた手や脚は擦り傷、切り傷だらけで息も上がっている。
川辺の下り坂は次第に緩くなっていた。それでも、進む辛さは緩和されない。あたしも子取りも限界だった。もう走るのでさえできない。
目印の白糸は廃病院に続いている。川辺に沿って行けば着く。そこがゴールだ。
自分を奮起させる言葉は虚しく、心の中で呟く度にその虚しさを噛み締める。
川の流れは緩く、砂利道は歩きやすくなっていた。なのに、身体は重く、呼吸が荒くなる。脚がふらついて重心が揺れる。
あたしの胸は決意で熱いのにその熱についていけない。
ゴールはすぐだと言い聞かせても遠くに感じてしまう。
どのぐらい進めばいいかなんてわからない。
重い身体に焦りが募る。蠍の鬼が来る。切迫と緊張からピリピリとした感覚から肌に纏わりつく。
自身を奮起させる言葉が絶望に塗り替えられそうだった。
真っ暗な道に白糸が浮かぶ。その向こうから歩いてくる者がいた。それは廃病院にいた看護婦のゾンビだった。
大群で現れた彼女たちの腕には赤子が抱かれている。
河原の子たちも廃病院の子たちもキケイも子取りの一部になる。「自分たちも連れて行って」と「置いていかないで」と言っている。
胎児たちに何をするのか話していないのにあたしの考えが浸透している。
頼まれたわけじゃない。これはあたしの自己満足。そう考えていた。
胎児たちの行動はあたしの決意を肯定していた。
河原の子たちに「連れて行く」と言い切った。その時、あの子たちは笑っていた。
廃病院の子たちも、表情がなくとも望んでいるとわかる。だから、病院を離れて、ここまできた。
自分が発した言葉を嘘にするわけにはいかない。
あたしたちの横を通る看護婦たちを見送りながら廃病院に向かう。
白糸を辿れば、川沿いに歩いていけば。
けれど、誘導される相手の限界が来た。
後方でついてきた子取りがズドン、と豪快な音をたて、伏した。
肥大しすぎた。
取り込んだ分だけ大きくなった。膨れ上がった脂肪に筋力は身体を支えるのすら困難になっていた。
目を凝らせば暗闇に薄っすらと廃病院の影がある。ゴールはすぐそこなのに。
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