糸と蜘蛛

犬若丸

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4章 闇底で交わす小指

決断 12

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 逡巡する。そこに諦めの選択肢はなく、どうすれば子取りが再び立ち上がるかを重点に答えを導こうとした。
 どれほど頭を回転しても良案といえるものはなかった。
 逡巡している時間は2、3秒ほどだった。ほんの一瞬でさえも迷ってはいられない。
 子取りの後を追ってきた蠍の鬼が川沿いの斜面を下ってきた。
 「まずいな」
 カンダタが零す。険しい表情の先にあるのは廃病院にいた蠍の鬼。こちらに向かってこず、手近にいる看護婦や赤子たちを薙ぎ払う。あそこが片付いたら、今度はこちらを襲ってくる。
 挟み撃ちだと理解して、舌打ちする。状況は悪化するばかり。
 そうした悪態をついた矢先、川が大きく波打ち、蠍の鬼を追ってきた大蛇の群れが現れる。
 大蛇の半分は子取りを見て見ぬふりをするものもいたけれど、残りの半分は蠍の鬼に敵意を持っていた。
 もしかしたら、今がチャンスなのかもしれない。
 「先に行ってて。十手を使う」
 「いいのか?」
 カンダタが確認したのはあたしを置いて捨てていいのかということ。
 あたしは迷いなく頷いた。
 身体と体力は限界を超えている。そんな状況でカンダタと逃げても足を引っ張るだけ。
 そんな醜態を晒すよりだったら、できる限りの抗いをしたい。
 カンダタが躊躇っていたのは一瞬だけだった。すぐ様あたしに背を向け、看護婦たちの間を縫うに走っていく。
 あたしの背後では蹲っている無抵抗な子取りに蠍の鬼が迫っていた。
 大蛇が川から這い出て、あたしの横を通る。間近で感じる地響きに驚いて硬直する。
 数匹の大蛇が子取りに覆い被さり牙を剥きだして迫る鬼に威嚇する。
 牙と鋏の闘いが子取りの傍で行われる。
 蠍の尖った脚が大蛇の胴を貫き、輪の鋏で頭を潰す。1匹の大蛇が蠍の胴に絡まり、楊梅瘡だらけの大蛇が尾に噛み付く。
 川から出てくる大蛇は増え、廃病院から出てきた蠍の鬼も近場の看護婦たちを片付けながらもこちらに近づいてくる。更に坂を下ってくる  もう1体の鬼がいる。
 あたしは深呼吸をして、固まっていた足で踏み出す。
 蠍の鬼が腕を振り回し、絡まっていた大蛇を剥がそうともがく。大きく振られた腕は子取りの脇腹を打ち、その衝撃で横倒しにされる。
 巨大な子取りが倒れた振動が地響きとなってあたしの足元を揺らす。
 膝をつき、それでも立ち上がろうとした途端、吹き飛ばされた大蛇の頭があたしの前で落下し、転がってきた。
 頭だけでもあたしの身長と変わらない大きさなのに、それが砂利を抉りながら怒涛の勢いで迫り、目と鼻の先で止まった。
 大蛇の開いた瞳孔と目があって息を呑む。
 驚きのあまり、固まってしまった。
 頭を切り替える。大蛇の頭を避け、倒れた子取りに駆け寄った。
 子取りはすすり泣いて、凄惨な現状が治るのを待つ。あたしが傍に来ても、現実逃避をして丸くなったままだった。
 あたしは子取りの腕に触れる。触れた指先から胎児たちの怨念が魂に流れてくる。取り込まれると危機を察し、手を放す。
 「起きて、ここから離れるのよ」
 呼びかけても子取りの反応がない。
 あたしを求めてここまで追ってきたのにこんなところで止まってしまった。
 子供たちは子取りに集まってきた。だから、廃病院まで行かなくてもいい。けれど、この乱闘からは遠ざけないといけない。
 鬼の腕がへし折られ、地に落ちる。砂利が弾かれて、あたしの頬を掠める。
 子取りが怯えた声を漏らす。 
 「起きなさい!」
 蠍の鬼が身を捩り、絡んでくる大蛇を振り払おうとする。大蛇の尾が子取りの頬を打ち、あたしの頭上で弧を描く。
 子取りは声を出す気力もない。頭からの泥も涙も止まっている。
 「生きたかったんでしょ。産まれたかったんでしょ。母に、ママに会いたかったんでしょ。今起きないともう永遠に会えないわよ」
 酷なことを言っているのはわかる。あたしよりもボロボロの子取りは声も出せずにいる。
 満身創痍の身体に鞭を打って、起きろと怠けるなと叫ぶ。
 立ち上がってくれないと死と怨念の記憶が繰り返される闇底からは出られない。
 あたしは子取り小指に白糸を括る。
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