糸と蜘蛛

犬若丸

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7章 赤い珠が映す空想未来

白い鬼、幼い記憶 8

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 その後は約束通り蹴鞠をして遊んでいた。
 身体を動かせば寒空は気にならなくなって、気がつけば二人の笑い声が庭中に響いていた。
 兄の姿がなくなり、屋敷の中を探し回っていた乳母が庭からの笑い声を聞き、訝しいんで縁側の引き戸を開いた。
 そこに息子と鬼の娘が楽しく遊んでいる光景を目の当たりにすると背筋に悪寒が走った。
 「何してるのっ」
 張り上げた声に私と兄は縁側へと向くと鬼のように顔を真っ赤にした乳母さんがそこに立っている。
 いよいよ怒られるのかと察した私たちは身体が固まってその時を待っていた。
 乳母さんはそれ以上の怒声を上げず、裸足のまま縁側に降りると真っ先に兄の手首を掴んで屋敷の中に連れ込もうとした。
 「いい加減にしろよっ」
 兄は乳母さんを拒絶するように手を振り払った。
 「こんな狭い塀の中で俺を中に閉じ込めて紅柘榴を外に追い出して」
 兄は私の傍まで戻ってくると私より大きな身体で私を抱きしめた。
 「こんな息苦しいとこもういられない。俺はこいつと一緒に外に出る」
 乳母さんは息を呑んで私は兄を見上げた。兄の顔は見たことがないくらい大人びていて、私とは別の人種に見えた。
 何よりも乳母さんに対抗すると言う想像もできなかったことを兄が凛々しくやってのけている。
 「何言ってるの。外は危ないのよ塀の中が」
 「危ないのはあんただっ俺をいつまでも子供だと思ってる」
 先程と変わって乳母さんの声色は弱々しかった。振り払った時の兄の力強さに驚いたのかもしれない。
 私だって抱きしめられた腕の強さに驚いている。乳母さんも同じ気持ちだ。
 「行こう」
 兄が私の手をとった。抱き締められた時よりも優しく、向かう先は塀の壁だった。
 「待ちなさいっ待って」
 後ろから乳母さんが悲鳴のような声を上げている。兄は振り返らず、私はそんな兄の横顔に釘付けにされていた。
 「お願い行かないでっ」
 張り裂けそうな乳母さんの願いを聞き入れたのか、私と兄の前が蝶男が立つ。
 気配もなく蝶男は忽然と現れる。この時もそうで私は驚きもしなかったが、兄は緊張していた。強張った指先からそれが伝わる。
 蝶男は私と兄、乳母さんに比べると目線は兄に戻った。
 「どこに行くのかな?」
 「外に」
 兄と蝶男は見つめ合い、短く問答をする。
 「外は危ないよ」
 「何度も聞かされた」
 兄の答えを全てわかっていたように蝶男は一度だけ頷いた。
 「外でどう生きていくのかな。身体一つだけで」
 優しく握った兄の手が強くなった。兄は答えられず、蝶男は続ける。
 「紅柘榴をよく見てごらん。まだ七つになったばかりだ。こんな小さい子を連れて歩幅だって合わせられないのにどうやって生きていくんだい?」
 私たちの後ろでは乳母さんが両手を握って行く末を見守っている。
 「皆んな、冷静になったほうがいいみたいだ。早く中に入りなさい」
 緊張が走る中で私だけが会話の内容を理解できずにいた。
 でも、蹴鞠で暖まった身体はすでに冷めきっていて、雪が降る寸前の空気に私は身震いした。
 震えに気づいた兄が改めて自分よりも小さい少女を見る。素足で薄い衣しか着ていない。
 乳母の呪縛にも蝶男の呪縛にも解放されたかった。しかしながら、悔しいことに蝶男の言う通りで二人には外で生きていく術を持っていなかった。
 「寒いなぁ、中に入ろう。餅を焼いてやる」
 兄の緊張が解けて優しい兄に戻ると私の手を引いたまま屋敷の方へと戻る。
 心配で見守っていた乳母さんは小さく兄の名を呟いたが、兄はそれを無視した。
 私は乳母さんが酷く傷ついたように見えて心配になったけれど、乳母さんは鋭い目つきで私を睨んだ。
 そんな乳母さんの肩を蝶男は軽く叩いた。
 「意地悪なことをしてはいけないよ」
 怒らず諭した蝶男に乳母さんは落ち込んで肩を落とす。乳母さんの瞳に涙が溜まり、縋るように蝶男に抱きつく。
 「早く行こう」
 蝶男と乳母さんの風景を眺めていたら兄が私を促したので私は縁側を登った。
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