糸と蜘蛛

犬若丸

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7章 赤い珠が映す空想未来

赤い珠玉について 1

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 とある富豪の邸。
 邸の主人の奉公人もその邸に関わった全ての人間が、一晩のうちに邸の中で殺された。
 人の体温が僅かに残る惨劇の跡を一人の男が立っていた。
 片手に持った刀にも裾や袖にも血痕はなく、綺麗な足で赤い血溜まりを踏む。見下ろせば子を庇う女が倒れている。二人とも息絶えていた。
 「明弥あけひさなんてことを」
 蝶男と同じ顔を持つ男が悲痛に呟いた。
 長い月日の間、彼は蝶男と呼ばれる人物を追っていた。
 その最中で辿り着いた邸。目的はわかっていた。だが、遅かった。間に合わなかった。
 悔しく、刀の柄を強く握った。
 全ての生命が絶たれた静寂に、どこからか産ぶ声のような泣き顔が聞こえた。
 声がするほうへ駆けつけていくと妊婦が腹を裂かれて倒れていた。腹の大きさからして臨月だったのだろう。中を覗くと赤子が一人だけ残されていた。その赤子に触れてみたが既に冷たい。
 赤子の隣には妙な空洞があった。男は知っていた。この妊婦は双子を抱えていた。
 蝶男は片割れだけを連れ去ったのだ。
 そして、赤子の存在を抹消するように邸に関わる者を殺した。
 「見つけるのが遅かった。すまない」
 冷たい赤子に男はひどく落胆し、ならばこの鳴き声はどこから聞こえているのかと見渡す。
 部屋の片隅で女性が赤子をあやしていた。泣き声はそこから来ていた。
 宵は満月が照らしていたが、奥まったところにいるせいで顔が見えない。
 生存者かと一抹の期待もしたが、違うだろう。近づいてみると腹を裂かれて死んだ妊婦と同じ顔をしている。あやされている赤子は腹の中で死んだ子だろう。
 「君が糸か」
 その赤子に話しかけるも答えられるわけがない。母親も赤子しか見えていないのか、惨劇にも男にも目を向けず理し続けている。
 連れ去られたのは鋏だ。のちにその子の名が紅柘榴だと知る。
 そして、死産した双子の片割れは糸。彼はその子を紅玉こうぎょくと名付けた。

 二十年後。
 夕暮れが近くなった時刻に子供たちは砂浜で一日の最後に駆けっこでそう競い合っていた。
 砂浜の端から岩場まで誰が一番に着けるのかの子供たちなりの真剣勝負。
 その中で一際群を抜いて速い女の子がいた。
 頭一つ分成長した彼女は駆けっこする少年少女との距離を離していく。
 大人げないと苦笑いしながら高台で眺めていた。
 あんな見た目でも彼女は二十歳を超えている。
 彼女が岩場に一番に到着すると嬉しさのあまり両腕を突き上げて歓喜に声を上げた。
 「私が一等!私が一番速い!言ったでしょ!ね!言った通りでしょ!」
 歩幅の大きさも体力も違う。圧倒的に勝てたとしてもそれは当然の結果。
 勝者としての喜びを敗者の少年少女たちに自慢している。
 こんなに喜んでいるのに少年少女たちは彼女をすり抜けていった。
 生体を持たない彼女は少年少女たちに見えていない。
 本当に一等になった少年を子供たちが囲んで悔しがったり賞賛されている。彼女だけがその輪に入れず、取り残されていた。
 項垂れて少しだけ丸くなった背が居た堪れなくなった。
 「紅玉、帰るよ」
 高台から呼びかけると項垂れていた頭がぱっと上がり、憂いなどなかったかのように笑顔になった。
 「かげ!」
 紅玉は飛び跳ねるように影弥に駆け寄った。弱音を見せたくない彼女らしい明るさだった。
 「見てた?見てた?」
 興奮気味に聞いてくる紅玉を宥めるように「見てたよ」と何度も頷いた。
 「私が一番早かったでしょ?」
 「でも君の体は十四で他の子たちはそれよりも幼い。なにより実年齢は二十歳だろう」
 「何が言いたいの?」
 不安があるのか頬を膨らませた。損なった機嫌を直すように頭を撫でる。
 影弥は紅玉に触れられられない。撫でるとしても撫でるふりしかできない。
 影弥の温もりも感触も紅玉には伝わらない。なのに、彼女は機嫌良さそうに笑って、影弥に手を差し出す。
 紅玉の意図をよく理解してる影弥は頭から差し出した手に移り、触れられない手を握った。
 すり抜けてしまう寸前のところで止まり、紅玉の手の動きに合わせ歩き出す。
 沈む太陽を眺めながら二人は歩く。機嫌のいい紅玉は手をぶんぶんと大振りにするので合わせるほうも大変だ。
 影は一つ。歩くのは二人。
 影がもう一つあればいいのにと幾分かの昔、紅玉が言っていた。影弥もそう思う。
 富豪の邸で起きた怪事件の裏側、誰も知らない事実。
 唯一、生き残った人間がいた。
 死んだ妊婦の腹には双子がいた。
 片方は腹から取り出され、行方は未だにわからない。
 もう片方は今、影弥と手を繋いで歩いてる。
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