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7章 赤い珠が映す空想未来
命の重さ 6
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その時は突然やってきた。
今までにない腹の痛みがやってきた。これが陣痛。
「お外に出たくなったのね。ちょっと待って」
私はふらふらと立ち上がった。蝶男がいない所へ。それがどこか考えて厠が思いついた。
陣痛を抱えた腹では歩くのも辛い。すぐに蹲ってそれでも壁を伝いながら立ち上がり、また歩き、辛くなってまた座る。
そんな私の頭上に影が落ち、見上げると白蓮と蝶男がいた。白蓮が私の世話をするようになってから蝶男は訪れなくなっていた。それが陣痛になってた途端、現れた。
「やっとこれの操作も慣れてきた」
白蓮の肩に手を置いて蝶男が言う。
「歩行もままらなかったのが今では重いものも運べるし、裁縫もできるようになった」
「そこをどいて」
お腹が痛くて話なんて聞いていられない。弱々しく抗議しても蝶男は意味のわからない語りを続ける。
「脳の調整も終わった。鬼ほどではないが、並大抵の人間にはかなわないよ。もちろん妊婦にもね」
関係なさそうな話を関係あるのだと語りかけるような蝶男の目線に危険な予感がして逃げようとした。
立ち上がっても陣痛で、子にも障りそうで走ることもできずによろよろとしか歩けない。
蝶男が早い歩調で前に出て、私の足元にある物を散りばめた。
私はそれらにつまずきそうになって、すぐに両手をついて腹を守った。
床に散らばったものが嫌でも目に入って、危険な予感がしているのに嫌な予感が全身に回って動けなくなる。
火打石に衣服とこっそり集めた食料。私が三ヶ月のうちに集めて隠したものだ。
顔を上げるとすべてを見透かす蝶男が笑っていた。
陣痛の腹を抱えてなんとかこの化け物から逃げようと這いながら塀に向かう。
どうして、人の痛みも心も魂もない化け物が無事に出産させてくれると思っていたのだろう。
勝手に出てくる涙が視界を埋めて前が見えない。その中で無情に近づく白蓮の足音。
生命のない手が私の腕を掴んだ。放して欲しくて暴れるとさらに頭を鷲掴みにされた。
「やめて、おねがい」
白蓮に呼びかけても亡骸に声は届かない。
引きずって連れて行こうとする。髪は引っ張られて、膝が地面に擦れる。抵抗して爪を地面に食い込ませても引っ掻いた跡を残すだけだった。
「やだっやだ」
死んだ人間なのに筋力の差は雲泥よりも大きかった。脳の制限も心をなくした白蓮は無性に私を屋敷に連れ込む。
昼間の明るさとは違って屋敷の中は暗かった。
縁側の光を背にして、私に跨り見下ろす。腐臭漂う死人の目がひたすらに怖かった。
「お願いやめて、あなたの子よ」
震える唇で乞うも彼は私を襟を剝ぎ、帯を解く。
子が危ない。守らないと。
腹の底から湧き出た鬼の力が片腕に収束して、手から生えた鉤爪で彼を屠ろうとした。
鉤爪が彼の首に触れる寸前でぴたりと止まった。
蝶男に操られても心がなくても死んでいてもそこにいる彼は白蓮で、私は白蓮を傷つけられない。
「やだ、やめていやだ」
覆い被さるそれをどかそうと手で押し、足をばたつかせても彼の爪は腹の皮膚に食い込む。
皮膚が縮んで爪が長くなった手が私の腹を裂いた。
あんなに重くて歩くのも邪魔だったお腹がこんなにも軽い。なのにどこにも行けそうになかった。
裂かれた腹に埋まるものはなく、血が流れ続けていた。
叫んで泣いて枯れた喉から虫の息のような空気が通って、汗と血で汚れた私の頭を蝶男が撫でた。
「よく頑張ったね。元気な男の子だったよ」
蝶男はそう言ったが嘘だろう。生声は聞こえなかったのだから。
どん底に突き落とされて痛覚も感じなかった。何も感じたくなかった。
だから、私は、生きるのをやめた。
今までにない腹の痛みがやってきた。これが陣痛。
「お外に出たくなったのね。ちょっと待って」
私はふらふらと立ち上がった。蝶男がいない所へ。それがどこか考えて厠が思いついた。
陣痛を抱えた腹では歩くのも辛い。すぐに蹲ってそれでも壁を伝いながら立ち上がり、また歩き、辛くなってまた座る。
そんな私の頭上に影が落ち、見上げると白蓮と蝶男がいた。白蓮が私の世話をするようになってから蝶男は訪れなくなっていた。それが陣痛になってた途端、現れた。
「やっとこれの操作も慣れてきた」
白蓮の肩に手を置いて蝶男が言う。
「歩行もままらなかったのが今では重いものも運べるし、裁縫もできるようになった」
「そこをどいて」
お腹が痛くて話なんて聞いていられない。弱々しく抗議しても蝶男は意味のわからない語りを続ける。
「脳の調整も終わった。鬼ほどではないが、並大抵の人間にはかなわないよ。もちろん妊婦にもね」
関係なさそうな話を関係あるのだと語りかけるような蝶男の目線に危険な予感がして逃げようとした。
立ち上がっても陣痛で、子にも障りそうで走ることもできずによろよろとしか歩けない。
蝶男が早い歩調で前に出て、私の足元にある物を散りばめた。
私はそれらにつまずきそうになって、すぐに両手をついて腹を守った。
床に散らばったものが嫌でも目に入って、危険な予感がしているのに嫌な予感が全身に回って動けなくなる。
火打石に衣服とこっそり集めた食料。私が三ヶ月のうちに集めて隠したものだ。
顔を上げるとすべてを見透かす蝶男が笑っていた。
陣痛の腹を抱えてなんとかこの化け物から逃げようと這いながら塀に向かう。
どうして、人の痛みも心も魂もない化け物が無事に出産させてくれると思っていたのだろう。
勝手に出てくる涙が視界を埋めて前が見えない。その中で無情に近づく白蓮の足音。
生命のない手が私の腕を掴んだ。放して欲しくて暴れるとさらに頭を鷲掴みにされた。
「やめて、おねがい」
白蓮に呼びかけても亡骸に声は届かない。
引きずって連れて行こうとする。髪は引っ張られて、膝が地面に擦れる。抵抗して爪を地面に食い込ませても引っ掻いた跡を残すだけだった。
「やだっやだ」
死んだ人間なのに筋力の差は雲泥よりも大きかった。脳の制限も心をなくした白蓮は無性に私を屋敷に連れ込む。
昼間の明るさとは違って屋敷の中は暗かった。
縁側の光を背にして、私に跨り見下ろす。腐臭漂う死人の目がひたすらに怖かった。
「お願いやめて、あなたの子よ」
震える唇で乞うも彼は私を襟を剝ぎ、帯を解く。
子が危ない。守らないと。
腹の底から湧き出た鬼の力が片腕に収束して、手から生えた鉤爪で彼を屠ろうとした。
鉤爪が彼の首に触れる寸前でぴたりと止まった。
蝶男に操られても心がなくても死んでいてもそこにいる彼は白蓮で、私は白蓮を傷つけられない。
「やだ、やめていやだ」
覆い被さるそれをどかそうと手で押し、足をばたつかせても彼の爪は腹の皮膚に食い込む。
皮膚が縮んで爪が長くなった手が私の腹を裂いた。
あんなに重くて歩くのも邪魔だったお腹がこんなにも軽い。なのにどこにも行けそうになかった。
裂かれた腹に埋まるものはなく、血が流れ続けていた。
叫んで泣いて枯れた喉から虫の息のような空気が通って、汗と血で汚れた私の頭を蝶男が撫でた。
「よく頑張ったね。元気な男の子だったよ」
蝶男はそう言ったが嘘だろう。生声は聞こえなかったのだから。
どん底に突き落とされて痛覚も感じなかった。何も感じたくなかった。
だから、私は、生きるのをやめた。
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