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危機一髪
しおりを挟む「……びぇぇ~~ん、……ズズズズ……ぐすん……びぇ……っぐ……ズピスピ」
怒涛の愚痴のおかげ?で、目が覚めた私は、グズグズ泣きじゃくるビビアン様を慰めていた。
『びぇぇ~ん』って……これがビビアン様の本気泣き。
婚約解消したときの泣き方とは違う。鼻の啜り方だって音が違うもの。
私はそんなにお人好しではないつもり。でも不思議なもので、弱々しく泣いているビビアン様を見ていたら可哀想になってきた。
まあ我儘だけど……。
ちょっと自己中心的だけど……。
救いようがないぐらい常識外れだけど……。
ビビアン様は両親に、アンドレア様との婚約を解消したいって言ったみたいだけど、元々無理を通して貰ったから、それも出来なかったらしい。
「アンドレア様のばかぁー、浮気者ぉー」
「二人でゆっくり話したら?」
今、私はビビアン様を抱きしめて頭をよしよしと撫でている。
はぁー、どうしてこうなった?
「ほらっ。そろそろみんな戻ってくるわよ?」
私の言葉を聞いてビビアン様は今が狩猟会の途中だって事を思い出したみたい。急に焦り出して涙が止まった。
「えっ……やだ。こんな顔……」
泣いていたビビアン様の目は真っ赤になってパンパンに腫れている。化粧もとれて、ちょっと酷いかもしれない。
「こんな顔で人前に出れないよぉー…うわぁ~ん」
「待って待って、もう泣かないで。もっと腫れちゃうわ。冷やすものを持ってくるわね」
これ以上慰めるのはごめんだ。
もー、ここ救護テントよね?
どうして誰も居ないのよー。
心の中でブツブツ文句を言いながら、私は冷たい水を貰いにテントを出た。
「すいません。冷たい水と手巾はありませんか?」
「え?は、はい、こちらです」
近くを歩いていた侍女に声を掛けて、水のある場所に案内して貰った。本当にあのお医者様たちどうしたのかしら?
私が桶に入った氷水を貰っているとーー
「「「ぎゃあーーーーーっ!!」」」
奥から複数の人の悲鳴が聞こえた。
「魔獣が結界を破ったぞーーーっ」
「逃げろぉーーーっっ!!」
「戻れぇーーっ」
騎士たちの怒声が聞こえ、人々が逃げ惑う。
「避難してください」
私は二人の騎士に連れて行かれそうになり、慌てて声を上げた。
「ま、待ってください。あ、あっちの救護テントに人が……」
「「え?」」
「本当ですか?」
「は、はい」
「あのテントには誰も居ないと聞いていたのですが……。森に近いですし、危険ですね」
森から出てきた怪我人を直ぐに治療出来るように、救護テントは森を出てすぐの場所に設営されていた。
「ビビアン様がっ、ビビアン様が居ます。お願いです。助けてください」
「はっ!直ちに見てきます」
一人の騎士が救護テントの方へ走って行った。
「さっ、早く安全な場所へ」
するとーー
『グア゛ァ゛ーーーーーァ゛』
魔獣の咆哮が辺りに響く。空気を震わせる恐ろしげな声に足が竦んで動けない。
「きゃあーーーーーっっ!!」
『グェ゛ーーーッ』
逆毛立つようなおぞましい声。続いて何か大きなものが倒れるようなズドォーンという音と共に地響きがした。
「うわぁっ!!」
「グラディウス公子が魔獣を仕留めたぞーーーっ!!」
騎士たちの声が聞こえる。
え?グラディウス公子って……?
「テントの中に人が居るぞーー」
「令嬢だ!令嬢がいるぞっ!」
きっとビビアン様だ!
「私、見てきますっ」
「あっ、まだ、安全を確認してから。……お待ちくださいっ!!」
私は救護テントのあった方向へと走っていった。
「うわーー」
救護テントは酷い有り様で半分はぐにゃりと潰れていた。
地面には羽のある大きな魔獣が倒れていて、背中には剣が深く突き刺さっている。魔獣はもうピクリとも動かない。
濃いグレーで羽のある魔獣は人間の3倍ぐらいのサイズ。
「ビビアン様……無事だったのね……」
ビビアン様は騎士に保護されていて、怪我が無いか確認されていた。クリーム色のドレスには泥や魔獣の血がベッタリと付いている。
「ビビアン、大丈夫かっ?」
背後から声がして振り返るとアンドレア様がいた。走ってきたのだろう。息を切らせていて汗だく。こんな焦っている彼を見るのは初めてかもしれない。
でもーー
「ふぇぇ~~ん、怖かったぁ~~!」
ビビアン様は騎士と話をしているシリル様に一直線に駆け寄っていって……両手を広げて抱きつこうとした。
え?、ちょっとっ、逆方向でしょ!
アンドレア様はこっちっ!!
普通婚約者に駆け寄るものよ?
シリル様はビビアン様をするりと躱した。
「え?どうしてよけるのよぉ~」
なんだ……。ビビアン様、元気ね。
「僕はヴィアが居るかのかと思って来ただけです」
「私とっても怖くてぇ~~」
尚もしがみつこうとするビビアン様に、シリル様は冷たい視線を向けた。
「どうして僕が慰めなきゃならないんですか?ご自分の婚約者にどうぞ!」
シリル様は雑な感じで、ビビアン様をアンドレア様に押し付けた。
「えー、アンドレア様、私のピンチに間に合わなかったじゃないー。役立たずー」
一方のアンドレア様も、ビビアン様の化粧の取れた顔とドロドロのドレスを見てちょっと引き気味。抱きしめる気とかは無いみたい。
そりゃそうか……。アンドレア様って服が汚れたりするのを何よりも嫌っていたものね。
そんな二人に構うことなく、シリル様は私の方へと歩いて来た。
そしてーー
「ヴィア、良かった。無事で」
ギュッと力強く抱きしめられた。シリル様って見た目は細いのに、意外としっかり筋肉がついている。背の高いシリル様に抱きしめられると、私の小さな身体なんかすっぽりとその胸に収まってしまう。
仄かな汗の匂いも男らしくて、あの小さなシリル様だって思うのにドキドキした。
「怪我は無い?」
「うん。テントから出てたから……」
「侍従からの報告でヴィアが危ないって聞いて、森から引き返してきたらテントが半分潰れてて……。血の気が引いたよ」
そうだよね。あのままテントで眠ってたらと思うとゾッとする。
シリル様は私の存在を確認するようにその腕の力を強め、私の髪に頬を寄せた。大切にされているようで嬉しいけど、ちょっと照れる。
「どこも怪我なんかしてないから。ねぇ、人前だし……恥ずかしいわ。離して?」
「嫌だ」
え?嫌って何よ?
だけど、シリル様が少し震えているのに気がついた。
「ヴィアに何かあったらと思うと、僕……」
「大丈夫よ。こうして無事だったんだから。ね?」
まるで大きな子供みたい。
私はシリル様の背中に手を回して、ヨシヨシと撫でた。
私達が抱き合っている間にシリル様が仕留めた魔獣を見ようと貴族たちが集まってきた。
もう恥ずかしくて顔を上げれない。
これはなんの羞恥プレイ??
「凄い魔獣ね。中型よりも大きいのでは?」
「この魔獣を一太刀で倒したんですってっ!」
「氷の貴公子様が恋人のフラヴィア様を助けたんですって。素敵ね」
いえいえ。被害者はビビアン様です。
けれど、当の被害者ビビアン様は婚約者のアンドレア様とは微妙な距離。
被害者でも無い私が、貴族たちのど真ん中でシリル様に抱きしめられている、そんな変な光景が出来上がっていた。
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