9 / 25
押し掛けビビアン様
しおりを挟む王家所有の森で開催される狩猟会に参加するのは初めて。その規模は噂に聞いていたけれど予想以上に大規模なものだった。
出陣式には主催者である王太子殿下が挨拶に立つ。この狩猟会は若い貴族令息が己の戦闘の技術を披露する場であり、その戦果は武勇伝にもなる。凛々しく真剣な表情で話を聞く貴族令息たち。
シリル様は少し緊張しているのかもしれない。高揚した表情からは、彼が張り切っているように見えた。
その後は令嬢たちが楽しみにしている儀式。
令嬢たちはそれぞれの意中の男性に自分の作ったリボンを渡して手首に結ぶ。男性は獲った獲物の脚にリボンを括り付けて令嬢に贈るのが習わしだ。
「シリル、気をつけてね」
「ヴィア、誰よりも大きな獲物を君に。僕があの頃みたいな子供じゃ無いってことを示して見せるよ」
「無理……しないでね?」
「僕が本気だってことを見せたいんだ。ヴィアを誰よりも愛しているのは僕だってことをね」
また、大袈裟な……。なんて思いながらシリルの右の手首にリボンを巻いていると、前髪に何か柔らかな物が触れる感触、そして小さなリップ音が聞こえた。
「「「きゃあ~~っ!!」」」
「ん?」
どうやらシリルが私の髪に口づけをしたらしい。顔を上げるのが怖いわっ。
シリル様の態度が私にだけ露骨に違うから、何をしても注目されて困る。私は口説かれるのに慣れていないんだから、人前での甘いセリフはご容赦いただきたい。
主に狩るのは小型から中型の魔獣だが、怪我人の救護のための救護テントも準備されていた。
女性たちは気合を入れて美しく着飾り、森に入る手前の拠点でお茶会を楽しみながら、パートナーの帰還を待つ。
女性たちが待つ拠点には巨大なベル型のテントがいくつも用意され、中にはテーブル席やソファーが準備されていた。
テントはオープン。それぞれの場所ごとに置いてある食べ物も、休憩スペースのレイアウトも全て異なり、待つ時間も飽きないように工夫されていた。
「わー、すごいわ」
テントの真ん中に鎮座しているのは、見たことのないような大きくて美しい飴細工の菓子。鷹を象っていて、今にも飛び出しそうな勇壮な姿。
飴……だよね?端から割って食べろってこと?
芸術的過ぎて崩す勇気は無い。
他にも、王都で人気のマカロンや、フィナンシェ、一口サイズのケーキが所狭しと並んでいて目を楽しませてくれた。
流石王家主催の狩猟会。規模が違う。
「フラヴィア様、こちらで一緒にお喋りしませんか?」
アリア様に手招きされ、アリア様たちが居るテントの中に入った。そこには五人が座れる丸いテーブルが準備されていて、アリア様の他に夜会などで見たことのある令嬢たちが座っていた。
「アリア様、ありがとうございます」
高位貴族のご夫人方と一緒になると、シリル様との関係を追求されそうなので、ここに居ることにした。
「フラヴィア様は狩猟会への参加は初めてですの?」
「ええ、初めてなので戸惑うことばかりですわ」
「ふふっ。去年はレッジェ卿が一番大きな獲物を持ち帰りましたの」
「まあ!それってどれぐらいの大きさですの」
「大きな男性二人分ぐらいの体重だったそうですわ」
アリア様は相変わらずシリル様の話題は避けてくれた。私は去年までの狩猟会の話を聞きながらお茶を飲み、和やかな会話を楽しんでいた。
「……っ」
「フラヴィア様、どうなさいました?」
「少し目眩が……」
会話の途中、突然視界がぐらぐらと揺れて……。
倒れそうになった所をアリア様に支えられた。
「まあ!今日は暑いですし、体調を崩しては大変ですわ。救護テントでお休みになっては?」
「ええ。そういたします」
「ミリー、フラヴィア様を救護テントへ」
「は、はい」
アリア様がそばにいた侍女に声を掛けてくれて、その侍女に案内された救護テントのベッドで休むことにした。
「カリテス伯爵家の者を呼んでください」
「畏まりました」
救護テントには待機中の医師や看護師がいたので、私はその侍女にカリテス伯爵家の者に私の居場所を伝えるように言付けた。
ベッドで横になると、急激な眠気が襲ってきて……。
「フラヴィア様~っ!!」
「……」
「起きてください。フラヴィア様っ!!」
強烈な眠気の中、身体をグラグラ揺さぶられて目を開けると
「ビビアン様?」
「フラヴィア様~!私の相談に乗ってください。私、もう限界なんですっ!!」
「な、何……?」
目を開けると、ビビアン様が泣きじゃくりながら私のお腹に縋りついていた。
私は……救護テントの中で寝てるのよ?
普通体調の悪い人を無理やり起こす?
「ビビアン様……申し訳無いけど、私……眠いのよ」
「そんなぁー。フラヴィア様まで、私を見捨てるんですかー?」
何故……私?
「二人で幸せになってって言ったじゃないですかっ!」
え……っ……そこ?
「アンドレア様ったら、婚約した後も全然私を特別扱いしてくれなくてぇー。夜会に出てもエスコートしてくれるだけで、他の女性に呼ばれると直ぐにそっちに行っちゃうし。私の事は放ったらかしですよー。酷くないですか?婚約者っていっても全然特別扱いしてくれないしー、文句言ったら『フラヴィアはそんなに口煩く無かった』って溜息吐いたんですよ?信じられないですよね?両親に相談したら『貴女が選んだ男でしょ?』って。私見捨てられたんですよ?可哀想ですよね?アンドレア様ってば、今日の狩猟会でも私以外の令嬢のリボンをいっぱい受け取ったんですよ?腕にぐるぐるにリボン巻いて……。そんなに沢山受け取ったのアンドレア様だけですよ?馬鹿みたいっ!フラヴィア様は元婚約者ですよね?文句言わなかったんですか?アンドレア様ってずっとあんな感じ?もう私、耐えられませんっ!!」
眠くて、眠くて、意識が沈みそうになると、ビビアン様に揺さぶられて起こされて、怒涛の愚痴を聞いた。
ちょっと、医師は?
看護師は?
何故、私達二人きりなのよ……。
「フラヴィア様、聞いてます?それでね、私さっきとうとう大爆発して、アンドレア様に向かって怒鳴ったんです。『この浮気者ーーっ』って。そしたら『こんな癇癪持ちだとは思わなかった。見た目に騙された。もっとお淑やかだと思ったのに。こんな事ならフラヴィアにしておけば良かった』なんて言うんですよっ!私、悔しくて……。女なら誰でも怒りますよね?悪いのはアンドレア様ですよね?フラヴィア様、聞いてます??」
ビビアン様ってよく喋る子だったのね。
82
あなたにおすすめの小説
身代わり令嬢、恋した公爵に真実を伝えて去ろうとしたら、絡めとられる(ごめんなさぁぁぁぁい!あなたの本当の婚約者は、私の姉です)
柳葉うら
恋愛
(ごめんなさぁぁぁぁい!)
辺境伯令嬢のウィルマは心の中で土下座した。
結婚が嫌で家出した姉の身代わりをして、誰もが羨むような素敵な公爵様の婚約者として会ったのだが、公爵あまりにも良い人すぎて、申し訳なくて仕方がないのだ。
正直者で面食いな身代わり令嬢と、そんな令嬢のことが実は昔から好きだった策士なヒーローがドタバタとするお話です。
さくっと読んでいただけるかと思います。
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さくら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
答えられません、国家機密ですから
ととせ
恋愛
フェルディ男爵は「国家機密」を継承する特別な家だ。その後継であるジェシカは、伯爵邸のガゼボで令息セイルと向き合っていた。彼はジェシカを愛してると言うが、本当に欲しているのは「国家機密」であるのは明白。全てに疲れ果てていたジェシカは、一つの決断を彼に迫る。
女避けの為の婚約なので卒業したら穏やかに婚約破棄される予定です
くじら
恋愛
「俺の…婚約者のフリをしてくれないか」
身分や肩書きだけで何人もの男性に声を掛ける留学生から逃れる為、彼は私に恋人のふりをしてほしいと言う。
期間は卒業まで。
彼のことが気になっていたので快諾したものの、別れの時は近づいて…。
【完結】王城文官は恋に疎い
ふじの
恋愛
「かしこまりました。殿下の名誉を守ることも、文官の務めにございます!」
「「「……(違う。そうじゃない)」」」
日々流れ込む膨大な書類の間で、真面目すぎる文官・セリーヌ・アシュレイ。業務最優先の彼女の前に、学院時代の同級生である第三王子カインが恋を成就させるために頻繁に関わってくる。様々な誘いは、セリーヌにとっては当然業務上の要件。
カインの家族も黙っていない。王家一丸となり、カインとセリーヌをくっつけるための“大作戦”を展開。二人の距離はぐっと縮まり、カインの想いは、セリーヌに届いていく…のか?
【全20話+番外編4話】
※他サイト様でも掲載しています。
伯爵令嬢の婚約解消理由
七宮 ゆえ
恋愛
私には、小さい頃から親に決められていた婚約者がいます。
婚約者は容姿端麗、文武両道、金枝玉葉という世のご令嬢方が黄色い悲鳴をあげること間違い無しなお方です。
そんな彼と私の関係は、婚約者としても友人としても比較的良好でありました。
しかしある日、彼から婚約を解消しようという提案を受けました。勿論私達の仲が不仲になったとか、そういう話ではありません。それにはやむを得ない事情があったのです。主に、国とか国とか国とか。
一体何があったのかというと、それは……
これは、そんな私たちの少しだけ複雑な婚約についてのお話。
*本編は8話+番外編を載せる予定です。
*小説家になろうに同時掲載しております。
*なろうの方でも、アルファポリスの方でも色んな方に続編を読みたいとのお言葉を貰ったので、続きを只今執筆しております。
侯爵令嬢はざまぁ展開より溺愛ルートを選びたい
花月
恋愛
内気なソフィア=ドレスデン侯爵令嬢の婚約者は美貌のナイジェル=エヴァンス公爵閣下だったが、王宮の中庭で美しいセリーヌ嬢を抱きしめているところに遭遇してしまう。
ナイジェル様から婚約破棄を告げられた瞬間、大聖堂の鐘の音と共に身体に異変が――。
あら?目の前にいるのはわたし…?「お前は誰だ!?」叫んだわたしの姿の中身は一体…?
ま、まさかのナイジェル様?何故こんな展開になってしまったの??
そして婚約破棄はどうなるの???
ほんの数時間の魔法――一夜だけの入れ替わりに色々詰め込んだ、ちぐはぐラブコメ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる