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【第二部】魔王覚醒編
16)悪魔vs悪魔
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グレン・クランストンが儀式の間へ無事に転移したことをフィルガーは頭の隅で確認し、そして自分に向けられたドーヴィの剣をするりと避けた。
「イヤハヤ、落ち着いてくださいヨ」
「落ち着いてられるかクソが」
避けられた瞬間に、ドーヴィは異様な筋肉でその剣の軌道を無理に捻じ曲げる。普通の人間ならできない芸当であり、そして普通の人間なら避けられない軌道であったが……相手は悪魔。フィルガーはパッとその姿を消して剣を躱してみせた。
「少しぐらいお話しませんカ?」
「お前が手の内を全部話してくれるなら聞いてやってもいい」
「……強欲ですネェ」
そのような中身のない会話をしつつも、二人は高速で攻撃を繰り出している。いや、攻撃しているのはドーヴィのみ、フィルガーはひたすら避けているだけだが。
二人がいる空間は、世界と世界の狭間。と言っても自然発生したものではなく、フィルガーが意図的に作り出した空間だ。亜空間の一種とも言えよう。
壁も無ければ天井も床も無い。では室外かと言われれば空も大地も太陽も無い。フィルガーの趣味なのか、一面真っ黒。時折、白く明滅する『何か』がどからともなく現れては消えていくだけの空間だった。
……懲罰用の首輪があるとはいえ、いざとなればドーヴィも首輪を投げ捨てて対応はできる。しかし、この空間。世界と世界の狭間にあるだけあって、万が一、壊し方を間違えればグレンの世界に穴が開いて崩壊する可能性がある。それだけはドーヴィとしても避けなければならなかった。
故に、攻撃を繰り出しながらドーヴィは同時にこの空間の解析と掌握を行っていた。
そしてそれは空間の主であるフィルガーも同じ。ドーヴィの解析を妨害し、空間を破壊されないようにランダムに生成と改造を繰り返している。
二人の戦いは、目に見える物理的なものだけではなかった。これが悪魔同士の戦い。
「チッ、埒が明かねえ!」
ぐ、と魔力を溜め込んだドーヴィが空間全体に圧力を掛けた。空間が軋み、耳障りな音が鳴り響く。このまま圧力を掛け続ければ、空間は破壊されるだろう。そうなった場合、中にいる存在が無事に出られるとは限らないが。
それでもドーヴィはその破壊方法を選んだ。中から空間の壁――つまり境界をぶち抜いた方が断然早いと言うのに。それよりも難易度が高く、自身に危険が及ぶ方法を選ぶ。
なぜなら、グレンの世界に傷をつけるわけにはいかないから。
ただでさえ終末期が近いグレンの世界は、管理する天使の人数も徐々に減らされている。つまり、ここでドーヴィがうっかり小さな傷をつけただけでも、メンテナンスが疎かになりつつあるこの世界にとっては大きな怪我になる可能性もあるのだ。
すべてはグレンのため。それがドーヴィの行動原理であり、ドーヴィという悪魔だ。
「やらせませんヨッ!」
最初は様子を見ていたフィルガーも、ドーヴィが本気で自分自身ごと空間を破壊しようとしていると気づき、慌てたように持っていたステッキを宙に浮かせた。途端、ステッキが形を変え白く光りはじめる。
「CONNECT; punishment -near; BY admin161」
「!? フィルガー! テメェ!」
フィルガーの言葉に、ドーヴィは目を見開きその『詠唱』を止めようとフィルガーへ攻撃をしようとする――が。フィルガーもそれは承知の上で、すでに防壁を張ってあり。
「EXECUTE; forbid -move -action」
しまった、とドーヴィが歯ぎしりをするより早く、ドーヴィの首元にあった懲罰用の黒い首輪に赤いランプが点灯した。
その瞬間、ドーヴィは持っていた大剣を手から落とし、膝をつく。まるで上から巨人に押さえつけられているかのように、頭を垂れ、ドーヴィは苦しそうに呻いた。
「な……なんで、お前が……天使のコマンドを……」
「……ある筋から、とだけ、ネ」
フィルガーの目の前で丸い玉に姿を変えていたはずのステッキが、気が付けば元の形に戻りフィルガーの手に収まっている。そしてフィルガーはそのステッキでちょいと自身のシルクハットを芝居がかった仕草で持ち上げた。
「イヤァ、まさかそこまでするとは思いませんでシタ。愛に狂うのは人間だけではないと言うことですネ……まあ、貴方の場合は悪魔としての性質そのものかもしれませんガ」
「う、るせえ……っ!」
「さすが、『愛と父性の悪魔』ドーヴィですヨ」
わざわざ『父性』の部分を強調して、フィルガーは小馬鹿にしたように言った。
いろいろあって主に現契約主のせいで形を変えた二つ名。それを呼ばれ、息も絶え絶えになりながらも、ドーヴィは僅かばかりに顔を上げて宙に浮かぶフィルガーを睨みつける。
それは愛と性の悪魔という二つ名を持っていたドーヴィにとっては恥の一部でもあるが……同時に、グレンと歩んできたこれまでの時間を表す大切な新しい二つ名でもある。
その視線を受けたフィルガーは、大袈裟に肩を竦めて見せた。コマンドの実行に成功し、ドーヴィの力を封じた今となってはフィルガーの圧倒的優位は揺らがない。
フィルガーが『詠唱』したのは、天使のコマンド。本来は天使だけが使える、世界の管理に必要な各種動作を実行できるコマンドだ。中には今回の様に悪魔に対する懲罰を発動するものもある。
なぜ、そのコマンドを悪魔であるフィルガーが使えるのか。ドーヴィの脳裏に嫌な予感が過ったが、正直今はそれどころではない。
天使のコマンドは何よりも強力だ。この世界の管理者であるからには、この世界の全てに作用する。それは世界に入り込んで人間という家畜で遊ぶ悪魔も例外ではない。何なら、同じ天使にも作用するほどである。
(……とは言え、ワタシのコマンド行使は不完全デス。そう遠くない時間に破られそうですネ……)
思考を読み取られる危険も無くなったことで、苦しむドーヴィを見下ろしながらフィルガーは思案する。ふわふわと宙に浮かびながら、優雅に足を組む姿は実に紳士然とした姿だった。
ドーヴィにも恐らく分析されてしまっているが、フィルガーが作ったこの空間は元の世界とかなり近い場所……と言うより、ほぼ接した状態になっている。さすがのフィルガーも、その場で完璧に分離した新たな空間を作るのは難しかったのだ。
そのため、この空間だけ時間の流れを早めて……と言った楽な時間稼ぎができない。元の世界と同じ時間の流れしか許されなかった。改めてメンドクサイな、とフィルガーはひとり息を吐く。
「……グレンに、なにを、するつもり、だ」
「ンー……なに、と言われましてもネ……」
各種行動を封じられたドーヴィが、足掻きのつもりなのかフィルガーに探りを入れる。先ほどからドーヴィが封じられている中でも何とかしようと様々な手段を試していることを、フィルガーも気づいていた。
「グレン・クランストン、ですカ、貴方の契約者ハ」
「ああ、そうだ。だから、グレンに、なにを、するのか、と、きいて、いる」
リソースを行使された天使のコマンドの解除にかなり割いているからか、ドーヴィの喋りは緩慢だ。一部は呂律が回っていないようにも聞こえる。
フィルガーは少し頭をひねった後に、この厄介な悪魔に真相を教えてやろうと思い立つ。
なぜなら。フィルガーは戦争が起きて人間同士が争うなら、何でもよい。例えこの悪魔によってグレン・クランストンが救われようとも、あるいは殺されようとも、どうでも良い。
むしろ、ドーヴィが人間への愛に気が狂って、戦場をかき乱してくれるならフィルガーとしては面白い見世物になるだろうという思惑があった。
別に、フィルガーはドーヴィを叩きのめしたいわけではないのだ。何度も煮え湯を飲まされて思うところはあるが、それと本懐とは別の話。戦争のついでにそれが出来ればラッキー、ぐらいの話だ。
「あの少年は膨大な魔力を持っていますからネ。戦争の道具になって貰おうかと思いまシテ」
「……なんだと」
「ワタシの契約主は非力でしてネ。何の武力も無ければ何の後ろ盾も無い、何の外交戦力も無い、ナイナイ」
フィルガーは芝居の様な仕草でやれやれ、と頭を振り、足を組み替えて続けた。
「そんな状態では戦争にもなりませんからネ。仕方なく、貴方の契約主……グレン・クランストンを、戦力として提供することにしたのデス」
「……フィルガー!」
名前を叫ぶドーヴィの声には怒気が乗っている、だが体は全く動かない。指一本も動かせないドーヴィの吠え声をフィルガーは何の表情も浮かばないペストマスク越しに受け流した。
「少年一人で戦力が五分になるなら安いモノでショウ。……今頃は、ワタシの契約主たちが道具として彼を作り変えているはずデス」
厳密に言えば、仕上げにはフィルガーの力が必要だが。それなりにドーヴィに対して悪感情を持つフィルガーにしてみれば、ここぞとばかりにハッタリで脅すのが面白いと言えば面白い。あの悪魔が、悔しそうに唇を噛みちぎらんばかりに噛み締めて自分を睨む姿と言ったら!
「……マァ、貴方をあまり煽ってもよくありませんからネ。憎しみというエネルギーほど恐ろしいモノはありまセン」
フィルガーはチ、チ、チ、とマスクの下から音を出しながらドーヴィに向けて人差し指を振った。口から出た言葉と行動がこれほどに不一致なのも珍しいだろう。おかげで、ドーヴィの怒りもさらにレベルが上がる。
「クソ野郎、め……!」
「何とでも吠えてなサイ。ワタシはそろそろ失礼します……どうぞ、ごゆっくり」
怒りで目を血走らせているドーヴィを前にして、フィルガーは優雅に一礼をした。そしてそのまま、姿を消す。
フィルガーが作った一切の音も無く、時間の流れも何もわからない空間に取り残されたドーヴィは……ただ、大きく息を吐いた。
(あんなクソの煽りに乗る必要はねえ、むしろうるさい奴がいなくなって清々する)
何度か深呼吸をした後、試行を繰り返していた様々な行動を改めて検証し、実行を繰り返す。
コマンドの撤回や解除、あるいはすり抜けや更なる上位コマンドでの上書きなど。それと同時に、この空間の分析と浸食も行う。
途方もない行動を、人外の速度で何度も繰り返す。何度も何度も何度も。気が遠くなるほどに。
グレンのためなら。三日間、身動ぎ一つせずに、針の穴に糸を通すよりも繊細な魔力譲渡だって行った。グレンが必要とするなら、本来は専門外な加護の付与も、敵対する天使と協力することも、何だってドーヴィはできる。
グレンがまた、ドーヴィに嬉しそうに笑ってくれるなら。
――そこで、ドーヴィは一つの手段を思いつく。
何かしらのルートでフィルガーは天使のコマンドを手に入れた。天使の力を借りたわけだ。
であるならば。ドーヴィも、天使の力を借りればよいではないか。一時は協力体制を築いた――天使マルコに。
(いけ好かねえがそうも言ってられねえ!)
果たしてこの空間から天使マルコへ連絡を取れるかは不明だが、天使の事なら天使に相談した方が早いのは確か。
ドーヴィはすぐに試行する各種行動の中に『天使マルコへの通信』を加え、通信ができるような空間の穴の発見に取り掛かった。
---
昨日はちょっと病院が長引いたので更新できませんでしたすみません
外伝の方でふざけて付けた二つ名をこんなところで使う羽目になるとは思わなかった(頭抱え
「イヤハヤ、落ち着いてくださいヨ」
「落ち着いてられるかクソが」
避けられた瞬間に、ドーヴィは異様な筋肉でその剣の軌道を無理に捻じ曲げる。普通の人間ならできない芸当であり、そして普通の人間なら避けられない軌道であったが……相手は悪魔。フィルガーはパッとその姿を消して剣を躱してみせた。
「少しぐらいお話しませんカ?」
「お前が手の内を全部話してくれるなら聞いてやってもいい」
「……強欲ですネェ」
そのような中身のない会話をしつつも、二人は高速で攻撃を繰り出している。いや、攻撃しているのはドーヴィのみ、フィルガーはひたすら避けているだけだが。
二人がいる空間は、世界と世界の狭間。と言っても自然発生したものではなく、フィルガーが意図的に作り出した空間だ。亜空間の一種とも言えよう。
壁も無ければ天井も床も無い。では室外かと言われれば空も大地も太陽も無い。フィルガーの趣味なのか、一面真っ黒。時折、白く明滅する『何か』がどからともなく現れては消えていくだけの空間だった。
……懲罰用の首輪があるとはいえ、いざとなればドーヴィも首輪を投げ捨てて対応はできる。しかし、この空間。世界と世界の狭間にあるだけあって、万が一、壊し方を間違えればグレンの世界に穴が開いて崩壊する可能性がある。それだけはドーヴィとしても避けなければならなかった。
故に、攻撃を繰り出しながらドーヴィは同時にこの空間の解析と掌握を行っていた。
そしてそれは空間の主であるフィルガーも同じ。ドーヴィの解析を妨害し、空間を破壊されないようにランダムに生成と改造を繰り返している。
二人の戦いは、目に見える物理的なものだけではなかった。これが悪魔同士の戦い。
「チッ、埒が明かねえ!」
ぐ、と魔力を溜め込んだドーヴィが空間全体に圧力を掛けた。空間が軋み、耳障りな音が鳴り響く。このまま圧力を掛け続ければ、空間は破壊されるだろう。そうなった場合、中にいる存在が無事に出られるとは限らないが。
それでもドーヴィはその破壊方法を選んだ。中から空間の壁――つまり境界をぶち抜いた方が断然早いと言うのに。それよりも難易度が高く、自身に危険が及ぶ方法を選ぶ。
なぜなら、グレンの世界に傷をつけるわけにはいかないから。
ただでさえ終末期が近いグレンの世界は、管理する天使の人数も徐々に減らされている。つまり、ここでドーヴィがうっかり小さな傷をつけただけでも、メンテナンスが疎かになりつつあるこの世界にとっては大きな怪我になる可能性もあるのだ。
すべてはグレンのため。それがドーヴィの行動原理であり、ドーヴィという悪魔だ。
「やらせませんヨッ!」
最初は様子を見ていたフィルガーも、ドーヴィが本気で自分自身ごと空間を破壊しようとしていると気づき、慌てたように持っていたステッキを宙に浮かせた。途端、ステッキが形を変え白く光りはじめる。
「CONNECT; punishment -near; BY admin161」
「!? フィルガー! テメェ!」
フィルガーの言葉に、ドーヴィは目を見開きその『詠唱』を止めようとフィルガーへ攻撃をしようとする――が。フィルガーもそれは承知の上で、すでに防壁を張ってあり。
「EXECUTE; forbid -move -action」
しまった、とドーヴィが歯ぎしりをするより早く、ドーヴィの首元にあった懲罰用の黒い首輪に赤いランプが点灯した。
その瞬間、ドーヴィは持っていた大剣を手から落とし、膝をつく。まるで上から巨人に押さえつけられているかのように、頭を垂れ、ドーヴィは苦しそうに呻いた。
「な……なんで、お前が……天使のコマンドを……」
「……ある筋から、とだけ、ネ」
フィルガーの目の前で丸い玉に姿を変えていたはずのステッキが、気が付けば元の形に戻りフィルガーの手に収まっている。そしてフィルガーはそのステッキでちょいと自身のシルクハットを芝居がかった仕草で持ち上げた。
「イヤァ、まさかそこまでするとは思いませんでシタ。愛に狂うのは人間だけではないと言うことですネ……まあ、貴方の場合は悪魔としての性質そのものかもしれませんガ」
「う、るせえ……っ!」
「さすが、『愛と父性の悪魔』ドーヴィですヨ」
わざわざ『父性』の部分を強調して、フィルガーは小馬鹿にしたように言った。
いろいろあって主に現契約主のせいで形を変えた二つ名。それを呼ばれ、息も絶え絶えになりながらも、ドーヴィは僅かばかりに顔を上げて宙に浮かぶフィルガーを睨みつける。
それは愛と性の悪魔という二つ名を持っていたドーヴィにとっては恥の一部でもあるが……同時に、グレンと歩んできたこれまでの時間を表す大切な新しい二つ名でもある。
その視線を受けたフィルガーは、大袈裟に肩を竦めて見せた。コマンドの実行に成功し、ドーヴィの力を封じた今となってはフィルガーの圧倒的優位は揺らがない。
フィルガーが『詠唱』したのは、天使のコマンド。本来は天使だけが使える、世界の管理に必要な各種動作を実行できるコマンドだ。中には今回の様に悪魔に対する懲罰を発動するものもある。
なぜ、そのコマンドを悪魔であるフィルガーが使えるのか。ドーヴィの脳裏に嫌な予感が過ったが、正直今はそれどころではない。
天使のコマンドは何よりも強力だ。この世界の管理者であるからには、この世界の全てに作用する。それは世界に入り込んで人間という家畜で遊ぶ悪魔も例外ではない。何なら、同じ天使にも作用するほどである。
(……とは言え、ワタシのコマンド行使は不完全デス。そう遠くない時間に破られそうですネ……)
思考を読み取られる危険も無くなったことで、苦しむドーヴィを見下ろしながらフィルガーは思案する。ふわふわと宙に浮かびながら、優雅に足を組む姿は実に紳士然とした姿だった。
ドーヴィにも恐らく分析されてしまっているが、フィルガーが作ったこの空間は元の世界とかなり近い場所……と言うより、ほぼ接した状態になっている。さすがのフィルガーも、その場で完璧に分離した新たな空間を作るのは難しかったのだ。
そのため、この空間だけ時間の流れを早めて……と言った楽な時間稼ぎができない。元の世界と同じ時間の流れしか許されなかった。改めてメンドクサイな、とフィルガーはひとり息を吐く。
「……グレンに、なにを、するつもり、だ」
「ンー……なに、と言われましてもネ……」
各種行動を封じられたドーヴィが、足掻きのつもりなのかフィルガーに探りを入れる。先ほどからドーヴィが封じられている中でも何とかしようと様々な手段を試していることを、フィルガーも気づいていた。
「グレン・クランストン、ですカ、貴方の契約者ハ」
「ああ、そうだ。だから、グレンに、なにを、するのか、と、きいて、いる」
リソースを行使された天使のコマンドの解除にかなり割いているからか、ドーヴィの喋りは緩慢だ。一部は呂律が回っていないようにも聞こえる。
フィルガーは少し頭をひねった後に、この厄介な悪魔に真相を教えてやろうと思い立つ。
なぜなら。フィルガーは戦争が起きて人間同士が争うなら、何でもよい。例えこの悪魔によってグレン・クランストンが救われようとも、あるいは殺されようとも、どうでも良い。
むしろ、ドーヴィが人間への愛に気が狂って、戦場をかき乱してくれるならフィルガーとしては面白い見世物になるだろうという思惑があった。
別に、フィルガーはドーヴィを叩きのめしたいわけではないのだ。何度も煮え湯を飲まされて思うところはあるが、それと本懐とは別の話。戦争のついでにそれが出来ればラッキー、ぐらいの話だ。
「あの少年は膨大な魔力を持っていますからネ。戦争の道具になって貰おうかと思いまシテ」
「……なんだと」
「ワタシの契約主は非力でしてネ。何の武力も無ければ何の後ろ盾も無い、何の外交戦力も無い、ナイナイ」
フィルガーは芝居の様な仕草でやれやれ、と頭を振り、足を組み替えて続けた。
「そんな状態では戦争にもなりませんからネ。仕方なく、貴方の契約主……グレン・クランストンを、戦力として提供することにしたのデス」
「……フィルガー!」
名前を叫ぶドーヴィの声には怒気が乗っている、だが体は全く動かない。指一本も動かせないドーヴィの吠え声をフィルガーは何の表情も浮かばないペストマスク越しに受け流した。
「少年一人で戦力が五分になるなら安いモノでショウ。……今頃は、ワタシの契約主たちが道具として彼を作り変えているはずデス」
厳密に言えば、仕上げにはフィルガーの力が必要だが。それなりにドーヴィに対して悪感情を持つフィルガーにしてみれば、ここぞとばかりにハッタリで脅すのが面白いと言えば面白い。あの悪魔が、悔しそうに唇を噛みちぎらんばかりに噛み締めて自分を睨む姿と言ったら!
「……マァ、貴方をあまり煽ってもよくありませんからネ。憎しみというエネルギーほど恐ろしいモノはありまセン」
フィルガーはチ、チ、チ、とマスクの下から音を出しながらドーヴィに向けて人差し指を振った。口から出た言葉と行動がこれほどに不一致なのも珍しいだろう。おかげで、ドーヴィの怒りもさらにレベルが上がる。
「クソ野郎、め……!」
「何とでも吠えてなサイ。ワタシはそろそろ失礼します……どうぞ、ごゆっくり」
怒りで目を血走らせているドーヴィを前にして、フィルガーは優雅に一礼をした。そしてそのまま、姿を消す。
フィルガーが作った一切の音も無く、時間の流れも何もわからない空間に取り残されたドーヴィは……ただ、大きく息を吐いた。
(あんなクソの煽りに乗る必要はねえ、むしろうるさい奴がいなくなって清々する)
何度か深呼吸をした後、試行を繰り返していた様々な行動を改めて検証し、実行を繰り返す。
コマンドの撤回や解除、あるいはすり抜けや更なる上位コマンドでの上書きなど。それと同時に、この空間の分析と浸食も行う。
途方もない行動を、人外の速度で何度も繰り返す。何度も何度も何度も。気が遠くなるほどに。
グレンのためなら。三日間、身動ぎ一つせずに、針の穴に糸を通すよりも繊細な魔力譲渡だって行った。グレンが必要とするなら、本来は専門外な加護の付与も、敵対する天使と協力することも、何だってドーヴィはできる。
グレンがまた、ドーヴィに嬉しそうに笑ってくれるなら。
――そこで、ドーヴィは一つの手段を思いつく。
何かしらのルートでフィルガーは天使のコマンドを手に入れた。天使の力を借りたわけだ。
であるならば。ドーヴィも、天使の力を借りればよいではないか。一時は協力体制を築いた――天使マルコに。
(いけ好かねえがそうも言ってられねえ!)
果たしてこの空間から天使マルコへ連絡を取れるかは不明だが、天使の事なら天使に相談した方が早いのは確か。
ドーヴィはすぐに試行する各種行動の中に『天使マルコへの通信』を加え、通信ができるような空間の穴の発見に取り掛かった。
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