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【第二部】魔王覚醒編
17)悪魔&天使
しおりを挟むドーヴィはひたすらに天使マルコへの通信を試みつつ、同時に空間からの脱出を試行し続けた。
指一本動かせず、膝をついた姿勢で頭はずっと垂れたまま。いかに強靭な肉体を持つ悪魔と言えども、さすがに疲労も溜まれば魔力の消費も激しい。
どれだけの時間が流れたのか、ドーヴィに知る術はない。焦りも生まれるが――それでも、グレンとの契約は切れていない。
契約主である人間が死んだ場合は、その世界の時間単位で24時間経過後に契約が自動で解除される。まだ契約が続いているのなら、グレンは生きている。
万が一死んでいたとしても、24時間以内であれば生き返らせることもできる。ドーヴィならできるし、できないと言われてもできるようになるまで天使を殺し続けるだけである。
(グレン、もうちっと耐えてくれ……!)
今頃、あの可愛らしい契約主がどれほどに悲惨な目に遭ってるかと想像するだけでフィルガーに対して怒りが湧いてくる。フィルガーと契約した人間にも、だ。
こんなにもグレンばかりが辛い目に遭うというのなら、どこか平和な場所に閉じ込めてしまえばよい、ともドーヴィは思う。それでも、グレンは「自分は貴族で辺境伯なのだから」と言って聞かないだろう。
きっとそうやって閉じ込めたグレンは、翼をもがれた鳥の様に自由だけでなく生きる意味も失って、そのまま朽ちていくに違いない。
そんな姿は、ドーヴィの趣味ではなかった。表情をくるくると変え、子犬のように喚きながらも大人の貴族らしく立派に振る舞う、あのグレンの姿が愛おしいのだ。
どれだけ苦しかろうとも、グレンのためを思えばいくらでも耐えられる。
そうして、身動ぎ一つしないまま試行を繰り返していたドーヴィは。ついに天使マルコとの通信窓を開くことに成功した。
「おい聞こえるかクソ天使!」
普段なら脳内だけで済ませるところだが、今回ばかりは他のことにもリソースを割いている分、声に出して通信を処理する。どうせこの空間にはドーヴィ一人しかいないのだから、どれだけ騒ぎ立てたところで問題ないだろう。
『…………なん………………が悪い………いる……』
「クソッ、さすがに届きにくいか……っ!」
やはり、世界の外側から無理に繋げても状態は芳しくないようだ。しかも今のドーヴィは全ての行動を制限されている状態で、何とか裏道をくぐり抜けてマルコまで繋げている状態である。繋がっているだけ奇跡でもあるのだ。
「俺の! 懲罰記録! 確認! しろ! 懲罰記録だ! 懲罰記録!!」
何回もドーヴィは『懲罰記録』というワードを繰り返す。何度も繰り返していれば、さすがにマルコの方も察してくれるだろう。あの天使もこうして一つの世界を担当できるほどなのだから、出来る男のはずだ。
『……何…………ろく……』
「確認! 見ろ! 記録! 懲罰! 記録!」
単語だけを怒鳴るドーヴィ。届いているのかもわからないが、この一筋の光明を曇らせるわけにはいかない。
無理に繋げているために、魔力の消費が激しい。……ドーヴィはグレンと契約してから、ほとんど食事をしていない状態だ。別に数百年程度なら食べずにいても死ぬわけではない、とグレンに豪語したが、かといってこれほどに魔力を消費するのは予定外である。
(さすがにこりゃあ事が済んだらたっぷりグレンに報酬を払って貰うしかねえな)
あのキスをするだけでも顔を真っ赤にして恥ずかしがる契約主に。ドーヴィの消費した魔力分の精力を請求すれば、どれだけあの愛らしい片目を丸くして、どれだけあの丸みを帯びた頬を赤く染めて、どれだけあの弱すぎる耳を真っ赤にするのだろう。
魔力は消費すれども、妄想もとい想像するだけで気力も満ちてくるというものだ。
ドーヴィの額から脂汗が滴り、顎を伝って落ちていく。もちろん、地面はないから空間の境界に当たって消えていくだけだ。
そうして天使マルコと何とか通信を繋げて怒鳴り続けているうちに。
がくん、と自分の体にかかっていた目に見えぬ圧力が低減したのを、ドーヴィは感じた。
「っは! はー……んっとに、あのクソ天使どもは……管理がなってねえだろよ」
あくまでも低減しただけで、完全に行動封印の懲罰コマンドを完全無効化したわけではないようだ。だが、体が動くようになったことで、ドーヴィは重い体をゆっくりと伸ばした。ようやく、息が自由にできる。
諸悪の根源である首元の懲罰用の首輪、それを外せないかと触ってみるが恐ろしいほど強固な障壁が薄く張られている。存在レベルで接触を拒絶しているようだ。天使マルコが作った粗悪品のくせに、コマンドの実行能力だけは一級品である。
『――聞こえますか』
「おー、聞こえるぜ。いろいろ聞きたいことはあるが、さっさとこれを解除してくれよ。俺は何もしてねえんだぞ?」
落ちていた大剣を拾い、ドーヴィはそれを宙に浮かべてかき消した。あれはドーヴィが魔力で作った、自分だけが使える特殊な武器だ。これだけ魔力を消耗していると、大剣として使った分も回収しておきたい。この空間に物理的に戦うべき敵がいないのが不幸中の幸いだった。
『こちらもいろいろ聞きたいことはありますが……とりあえず、コマンドが不正に使用された事が確認できたので、私の権限でできる部分は解除しました』
「おう、じゃあ残りも早くしろ」
『今、大天使様に申請を出しています』
ピキ、とドーヴィのこめかみに血管が浮かび上がる。
わかっていた事だが……天使は、本当に、融通が、利かない。
「お前、ふざけんなよクソ天使! 俺は被害者なんだぞ!? さっさと解除しろ!」
『確かにそれは申し訳ないですし、解除したいのは山々ですが……残念ながら上の承認が下りないと解除できないレベルのコマンドを悪用されているのです』
「はぁ? クソすぎんだろ……! ほんっとにお役所仕事じゃねえか!」
『オヤクショ……?』
向こうから、天使マルコが困惑する雰囲気が伝わってきた。ドーヴィはまだガンガン痛みを発し続けている頭を振って「こっちの方言だ。てめーらがアホだって事言ってんだよ」と苛立ちを滲ませながら、吐き捨てた。どうやら天使マルコは役所という物が存在しない世界の出身らしい。
『今回ばかりはこちらに非がありますから何も言い返せませんね……』
「わかってるなら早くしろって」
『今、緊急で大天使様とその他の天使に情報を回してますから、早急に対応しますよ』
……恐らく。これ以上、ドーヴィが何を言い募っても、事態は改善しないだろう。怒鳴り散らして大天使様の承認とやらが早くなるならいくらでも怒鳴るが、どう考えても無意味である。
ドーヴィは手のひらを握ったり開いたりして肉体の感触を確かめた。魔力もかなり減った、肉体としての消耗もだいぶ激しい。
懲罰コマンドによって封印された行動はまだまだある。魔力の行使も制限されているし、悪魔としての固有権限もほとんどが凍結されている。
(空間からの脱出はまだ無理か……)
ぎり、とドーヴィが歯噛みする音が響いた。
「……わかった。だとしたら、お前らの非に対して賠償を請求させて貰おうか。俺の契約主を、お前ら天使側が保護しろ」
『グレン君ですか? 何か、彼に危険が及んでいるとでも?』
「ああ、そうだ。一刻の猶予もねえ。早くしてくれ」
わかりました、とだけ言って、マルコ側が沈黙する。明らかにコマンドを流出させた天使側に非がある。それはマルコも認めていた。
だったら、その補償をして貰わなければ困る。ドーヴィが動けない分、代わりに動いて貰わねば。
『――許可が出ました。状況を確認してからですが、教会としてグレン君の身柄を保護するようにします』
「そうしろ。お前らの管理不行き届きでコマンドが流出して……一番の被害者は俺じゃなくてグレンの方だからな」
『……それも併せて、上に進言しましょう』
「頼むぞ」
教会が動くとなれば、人間のグレンにとってはかなり心強い援軍のはずだ。アルチェロやレオンの助けにもなるだろう。教会が介入する理由は、マルコが適当に言いつくろってくれるはずだ。
『で、どうしてこんな事になったのかそろそろ事情を説明して貰っても?』
緊急の要件を済ませたら、次は事情聴取。さすがにできる男のマルコ、優先順位は間違えなかった様だ。これが仕事のできない無能な天使であったら、長ったらしい事情説明に時間を割かれて話が進まなかっただろう。
その点だけは、この男を褒めてやってもいい。ドーヴィは改めてそう思った。
そして、ドーヴィはクレイア子爵領で戦乱の悪魔・フィルガーの罠に嵌った事。そのフィルガーが天使のコマンドを行使してきた事。今、自分が世界から切り離されている別の空間に閉じ込められている事。それらをマルコに懇々と説明してやった。
『悪魔が天使のコマンドを……ほう……』
「これでお前らの方が大いに悪いって事がわかっただろ? なんで悪魔にコマンド行使権が流出してんだよ」
この首輪程度、いつでも外せると高を括っていたドーヴィだが……まさか、これを触媒に悪魔の手で天使のコマンドを実行されるとは予想もできなかった。さすがに、事故すぎる。
――あるいは、ドーヴィがこの首輪を大人しく嵌めて過ごしている、という情報すら、フィルガーに筒抜けであったか。
悪魔の間で噂話にでもならなければ、知りようのない情報だ。ドーヴィは懲罰を大人しく受け入れてから、他の悪魔とは出会っていない。故に誰がフィルガーにその情報を流したかと言えば――天使の誰か、だろう。
『それはこれから調査しますよ。……で、貴方も助けが必要ですか?』
……マルコはわざと話を逸らした。それはドーヴィでもわかったことだ。恐らく、天使の内情を知られたくはないのだろう。
どのみち、ドーヴィにとっても天使の仲間割れには一切の興味も無い。そんなことより、早くグレンの元に馳せ参じる事の方が重要だ。
「コマンドの解除に時間がかかるならそうしてくれ。俺の居場所は……座標データを送ったが、わかるか?」
『……データが破損しているようですね……』
さすが、フィルガーの作った空間はその辺の妨害ギミックもきっちり搭載されているらしい。コマンド管理がザルな天使にその緻密さを分けてやったらどうだ。
「わかった、これから何回かデータの送信を試行する」
『そうしてください。こちらでも破損データから復元できないか試してみましょう』
「頼むぜ。悪いが魔力節約のためにいったん通信は切る。何かあった時だけ繋げるからな」
『わかりました』
ぷつん、と通信が切断された感触が脳に軽く響く。
(やれやれ……天使に救助されるたぁ、情けねえ話だがそうも言ってられねえ)
むすっとした顔のままドーヴィはあぐらをかいた。もちろん、この空間から脱出するための各種試行は引き続き行っているし、天使マルコに対して座標データもずっと送り続けている。
ドーヴィが出来ることは、今はこれが限界だろう。後はクソッタレな天使がどれだけ良い働きをしてくれるかどうか、だ。
(グレン、もう少しだけ、頑張ってくれ……!)
これまでもずっと頑張ってきたグレンに、これ以上頑張れと言うのは酷な話だ。
事が終わったら、たっぷりと甘やかしてやろう。前から言っていたように、一緒に夜空を飛ぶのもいいし、グレンの好きな辺境に帰ってピクニックに行くのもいい。一緒に、新しい魔法の開発をするのもいいだろう。
ドーヴィは目を閉じて妄想……もとい、ドーヴィにとってはエネルギー源となる瞑想の姿勢に入るのだった。
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ちょっとだけ遅刻したネ
ドーヴィは献身系執着ちょっと重め悪魔なだけでヤンデレではありませぬ(ちょっと????)
2024/11/21 追記
話の流れは変えていませんが、ところどころ補足を追加しました。
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