後宮に咲く毒花~記憶を失った薬師は見過ごせない~

二位関りをん

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第32話 明京の祖父と友人

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「私が解毒薬の研究を始めたのは、亡くなった父親……お父さんの為だった。お父さんが研究を続けていたから、私も続けなきゃって思って」

 だが、周囲からの理解は得られず、次第に引きこもるようになったとぽつりぽつりと語ってくれた。
 想像するだけでも重苦しさが伝わってきては、美雪の純粋な心を縛り付けようとしている。

「でも朝日の言う通り、だよね……」
「ああ、耳に入れる義務はない。気にするだけ無駄と言うやつだ」
「ありがとう……でもまだ不安があるから、2人とも一緒についてきてほしい……と言うか……」

 断る理由は勿論ない。ぜひ行きたいです! と明るい声で返事する。

「あ、ありがとう……ありがとう……!」
「もうじき夜だな。明日にしようか」
「そうだね、夜は出ない方がいい。ていうか君達ここで泊まるんだよね。あったりまえか……ごはんとか準備しなきゃ」

 このまま3人で夕食を作った後は、凝雨の邪魔をしないように早めに就寝したのだった。
 翌朝。夜明けと共に家を出て近くの寺に向かう。時間的に山を降りても人と出会わなかったのは不幸中の幸いかもしれない。

「おはようございます。朝早くに申し訳ございません、呪いを解いてほしいのですが……」

 凝雨の手には黒い漆塗りの四角い箱がある。この中に明京の祖父が残した日記があるのだ。
 箱の真ん中には紙製の札が貼られており、赤い墨で漢字が羅列されているが、その意味はよく読み取れない。

 門の近くで美雪と同年代位の若い僧侶が数名、箒で掃き掃除をしている。気が付いた彼らが早歩きでこちらへと近づいてきた。

「呪い、でございますか……少々拝見させていただいても?」
「お願いいたします」

 凝雨が両手で箱を僧侶へ差し出す。すると彼らは腕組みをしたり首を傾げたりと反応を示す。

「住職様へ見せたほうがいいんじゃないか?」
「呪いってよりかは、見せかけって気がするけど……邪気が全く感じられないと言うか」
「私もそう思った」

 などとひそひそした話がしばらくの間展開されると、右端にいた僧侶が住職に見せて来るのでお寺の中で待っていてほしい。と切り出してきた。
 言われた通りに本堂内で待っている間はとても静かで口を開けない空気に包まれる。

(一体何でしょう、あれは……)

 この全身をちくちく刺すような空気はこれまで後宮でもたびたび感じてきていた空気だが、未だに慣れない。口を開けて言葉を紡ぎたくても紡いではいけないもどかしい気持ちが、全身を不快感と似たような感覚と共に這っているのが知覚出来る。

「お待たせいたしました。こちら拝見させていただきました」

 後ろから70代くらいの住職が先ほどの若い僧侶達を伴って現れた。住職と言うだけあって法衣は豪華な装いである。

「ご住職様ありがとうございます、いかがでしたか? やはり呪いは……」
「どうだったか?」
「鑑定の結果、こちらには呪いはかけられておりませんでした。おそらくは開けるな。と言った方便として呪いがかけられた。という事にしたのでしょう」
「えっ、じゃ、じゃあ……普通に開けても大丈夫って事?!」

 凝雨の問いに住職は責任は持てませんが。と前置きをしたうえで開けたら呪われる心配はない事を穏やかな口調で説明してくれた。

「じゃあ、開けてみる……」

 お堂の軋む床に座り、箱の封を慎重に解いて蓋を開ける。

「ん? これは……紙と、なんだろこれ」

 箱の中には木簡と紙、そして小さな白い小瓶が収められていた。小瓶の中には何かが入っているのか木製の蓋がなされている。
 凝雨が先に手にしたのは、紙の方だ。

「……これが、明京のおじいさんの日記って訳ね。ふぅん。ってこれ、夢生薬についても書いてある! どれどれ……」

 日記の一部に記されていた一文に目を通す。
 最初、夢生薬を作ろうと思ったきっかけは、兵役だった。明京の祖父は長男……すなわち家督を継ぐ者であるとみなされ、兵役の対象外だった。
 しかし彼の祖父にはかねてよりご近所づきあいをしていた幼馴染・親友がいた。彼は役人の三男坊。勿論兵役の対象内である。

「この時代、大きな戦争があったのでしょうか?」
「美雪、確か西方でそれなりに規模の大きな戦があったはずだ。それを指しているかもしれない」
「なるほど……」

 親友は彼へ兵役に就きたくないから、回避できる薬が欲しいとねだってきた。日記に記された一文をじっと目に通す。

 ――親友は俺の屋敷内にある薬屋に押しかけてきて、何度も手を合わせては兵役に行かなくていい薬を作ってくれとお願いしてきた。そんな都合の良い薬なんてある訳ない。俺は断り続けていたが、親友はよほど兵役に就きたくなかったんだろう……。

「朝日さん、そんなに兵役って厳しいものなのですか?」
「俺はわからんが、軍医によればかなり厳しいとは聞いた事がある。訓練だったり、人間関係とかな」
「兵士はそういうもんだよねえ、いい噂聞かないし。兵役逃れで自分の足負ったりなんて話も聞いた事あるよ。あと同じ理由で出家する人が多いからそれは禁止されたり、とかね?」

 とにかく兵役に就く事がどれだけ過酷か。想像するだけで身震いしてしまいそうになる。
 そんな親友の熱意に負けた明京の祖父が生み出したのが夢生薬。彼としては少しの間眠ってもらって、兵士達の目を欺こうとすると言う考えがあったようだが、現実はそうはいかなかった。

「……だが、親友はそのまま植物状態となってしまった。夢生薬と共に作った解毒薬が効かなかったからだ」
「え……」
「眠ったままの親友の状態を記しておく、息はあるし脈も動いているが、意識はとんとない……」
(それ、皇后様と全く同じ症状!)

 結局親友は目を覚ます事無く5年後に彼の家族の手で命を絶たれた。理由はこれ以上生かし続けるのはしんどいから、と言う事だと記されている。

「なるほどな……」
「最後にはこうあるね、この解毒薬を作るのが悲願。そしてこの薬を持ち出す事を禁ずる。とね」
「凝雨さん……」
「この白い小瓶、嫌な予感がしてきた……どれどれ」

 凝雨が小瓶を手に取り、裏側へ向けるとそこには夢生薬と張り紙がされている。

「ほら、やっぱりね。さてはこの薬と明京のおじいさんの記録をこの箱の中に封じていたって事か」
「そして呪いがかけられている。として開ける事を禁じた、と」
「つじつまが見事に合いますね。これで……あとは……」
「解毒薬が本当に効くのか。試してからの方がいいよね?」

 寺から凝雨の家に戻り、朝日達と相談しつつ毒消しの草やさらには血と気、水の流れを良くする薬なども配合した。

「これで20種は配合したな。ここで一度試した方がいいんじゃないか?」

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