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第一章 日常の中の憂鬱
健からの提案-1
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授業終わり、直人は今日も軽音部の部室へと向かった。
大学の授業には空きコマがある。アパートは大学の近くだから帰ることもできるのに、家には帰らずに必ず部室へ足を向けてしまう。それだけ、ここは居心地の良い空間だった。
楽器を演奏するわけではない直人は毎日行く必要はない。それでも、ここには音が溢れている。楽器の音と仲間たちの楽しそうな声。それを聞くだけで心が軽やかになるのだ。
「お疲れさまでしたー」
今日の練習も終わり、部員たちは三々五々部室を後にする。直人はゴミのチェックをしてからリュックを背負った。
「先輩、今日これから時間ありますか?」
健がベースケースを背負いながら声をかけてきた。
「今日? バイトもないし大丈夫だけど」
「なら、カフェにでも行きませんか?」
直人はよく、人当たりがいいと言われる。だからなのか、相談事を持ちかけられる頻度も多い。
直人は健が何か話したいことがあるのかもしれないと思い、承諾した。
大学近くのカフェは学生たちで賑わっていた。運良く窓際の席が空いていて、二人並んで座ることができた。
「先輩、飲み物買ってきますよ。コーヒーにします? それともカフェラテ?」
健は人懐っこい笑顔を見せて、首を軽く傾げて聞いてきた。こういう気遣いができるところが、人から好かれる理由だろう。
「コーヒーでいいよ。あとでお金、払うね」
「いいっすよ。いつもお世話になってるんで。買ってきますね」
健は手をひらひらと振って、注文カウンターへと向かった。その後ろ姿がなんとなく嬉しそうに見えたのは気のせいだろうか。
――何かいいことでもあったのかな。
直人はテーブルに肘をついて手のひらに顎を乗せ、健の背中を見送った。
しばらくすると、両手にカップを持って戻ってきた。やはり顔がどこか緩んでいる。
「はい、先輩。コーヒー。熱いから気をつけてくださいね」
ことりと直人の前にカップを置くと、持ち手を右にして置いた。その動作がなんだか手慣れているように感じられた。
「健ってバイト何してるの?」
詮索するつもりはなかったのだが、つい聞いてしまった。
「俺? 駅前のカフェでバイトしてます。そういう先輩は?」
毎日部室で顔を合わせているのに、そういえば健とはこんな個人的な話をしたことがなかったなと思った。
「僕は古書店で働いてるよ。うちの近くに店があって、なんとなく……」
そこまで話して恥ずかしくなった。やっぱり自分の意思で選んでなんていない。いつも「なんとなく」だ。
「古書店! いいじゃないっすか。本好きなんですね」
「まあ、読むのは好きかな」
健はずずっとコーヒーを啜った。
お互いのことを少しずつ知っていくのって、なんだかいいな。心が温かくなった。
「ところで……」
健が少し背筋を伸ばして直人に向き合った。
「実は、先輩にお願いがあって……」
「ど、どうした? 急に改まって」
直人はゴクリと唾を飲み込んだ。こんな前置きをされて、いいことであるはずがない。無理難題を押し付けられるかもしれないと身体が硬くなる。
しかし、健の口から出たのは全く予想もしていなかった言葉だった。
「俺と一緒に、ルームシェアしませんか?」
「へっ?」
健の言葉に直人は唖然とした。
「ルーム……シェア?」
「はい。物件は駅から徒歩十分。間取りは2LDK。家賃と光熱費は折半という条件なんですが」
健の急な申し出に戸惑ってしまった。友人の多そうな健なら、ルームシェアをする相手は直人でなくても良さそうなのに。
「突然の申し出で、びっくりした! 健は友達多そうだから、別に僕じゃなくても良さそうなのに……何かあったの?」
「あ、はい……ちょっと……今住んでるところなんですけど、部屋が余ってて……」
健の普段は明るい表情に、わずかな陰りがさしたのを直人は見逃さなかった。何かあったのだろうが、詮索するのは野暮だと思ったので何も言わなかった。
ルームシェア。
正直、今まで一度も考えたことがなかった。一人の時間は好きだし、他人と一緒に暮らすのは向いていないと思っていた。
でも、健の提示した条件はとても魅力的だ。家賃が半分になれば、アルバイトを減らして勉強や読書に時間を費やすことができるだろう。もしかしたら、何か新しい趣味を見つけることだってできるかもしれない。
それに、健となら上手くやっていけそうだと思った。部活でも気遣いができるし、人との距離感も適切だ。
「わかった。でも、検討したいから、部屋を見に行くことはできる?」
「もちろんです! 明日、バイト休みなんでどうですか?」
健は顔をぱあっと明るく輝かせた。
こうして直人は翌日、健の住むマンションを見に行くことになった。
大学の授業には空きコマがある。アパートは大学の近くだから帰ることもできるのに、家には帰らずに必ず部室へ足を向けてしまう。それだけ、ここは居心地の良い空間だった。
楽器を演奏するわけではない直人は毎日行く必要はない。それでも、ここには音が溢れている。楽器の音と仲間たちの楽しそうな声。それを聞くだけで心が軽やかになるのだ。
「お疲れさまでしたー」
今日の練習も終わり、部員たちは三々五々部室を後にする。直人はゴミのチェックをしてからリュックを背負った。
「先輩、今日これから時間ありますか?」
健がベースケースを背負いながら声をかけてきた。
「今日? バイトもないし大丈夫だけど」
「なら、カフェにでも行きませんか?」
直人はよく、人当たりがいいと言われる。だからなのか、相談事を持ちかけられる頻度も多い。
直人は健が何か話したいことがあるのかもしれないと思い、承諾した。
大学近くのカフェは学生たちで賑わっていた。運良く窓際の席が空いていて、二人並んで座ることができた。
「先輩、飲み物買ってきますよ。コーヒーにします? それともカフェラテ?」
健は人懐っこい笑顔を見せて、首を軽く傾げて聞いてきた。こういう気遣いができるところが、人から好かれる理由だろう。
「コーヒーでいいよ。あとでお金、払うね」
「いいっすよ。いつもお世話になってるんで。買ってきますね」
健は手をひらひらと振って、注文カウンターへと向かった。その後ろ姿がなんとなく嬉しそうに見えたのは気のせいだろうか。
――何かいいことでもあったのかな。
直人はテーブルに肘をついて手のひらに顎を乗せ、健の背中を見送った。
しばらくすると、両手にカップを持って戻ってきた。やはり顔がどこか緩んでいる。
「はい、先輩。コーヒー。熱いから気をつけてくださいね」
ことりと直人の前にカップを置くと、持ち手を右にして置いた。その動作がなんだか手慣れているように感じられた。
「健ってバイト何してるの?」
詮索するつもりはなかったのだが、つい聞いてしまった。
「俺? 駅前のカフェでバイトしてます。そういう先輩は?」
毎日部室で顔を合わせているのに、そういえば健とはこんな個人的な話をしたことがなかったなと思った。
「僕は古書店で働いてるよ。うちの近くに店があって、なんとなく……」
そこまで話して恥ずかしくなった。やっぱり自分の意思で選んでなんていない。いつも「なんとなく」だ。
「古書店! いいじゃないっすか。本好きなんですね」
「まあ、読むのは好きかな」
健はずずっとコーヒーを啜った。
お互いのことを少しずつ知っていくのって、なんだかいいな。心が温かくなった。
「ところで……」
健が少し背筋を伸ばして直人に向き合った。
「実は、先輩にお願いがあって……」
「ど、どうした? 急に改まって」
直人はゴクリと唾を飲み込んだ。こんな前置きをされて、いいことであるはずがない。無理難題を押し付けられるかもしれないと身体が硬くなる。
しかし、健の口から出たのは全く予想もしていなかった言葉だった。
「俺と一緒に、ルームシェアしませんか?」
「へっ?」
健の言葉に直人は唖然とした。
「ルーム……シェア?」
「はい。物件は駅から徒歩十分。間取りは2LDK。家賃と光熱費は折半という条件なんですが」
健の急な申し出に戸惑ってしまった。友人の多そうな健なら、ルームシェアをする相手は直人でなくても良さそうなのに。
「突然の申し出で、びっくりした! 健は友達多そうだから、別に僕じゃなくても良さそうなのに……何かあったの?」
「あ、はい……ちょっと……今住んでるところなんですけど、部屋が余ってて……」
健の普段は明るい表情に、わずかな陰りがさしたのを直人は見逃さなかった。何かあったのだろうが、詮索するのは野暮だと思ったので何も言わなかった。
ルームシェア。
正直、今まで一度も考えたことがなかった。一人の時間は好きだし、他人と一緒に暮らすのは向いていないと思っていた。
でも、健の提示した条件はとても魅力的だ。家賃が半分になれば、アルバイトを減らして勉強や読書に時間を費やすことができるだろう。もしかしたら、何か新しい趣味を見つけることだってできるかもしれない。
それに、健となら上手くやっていけそうだと思った。部活でも気遣いができるし、人との距離感も適切だ。
「わかった。でも、検討したいから、部屋を見に行くことはできる?」
「もちろんです! 明日、バイト休みなんでどうですか?」
健は顔をぱあっと明るく輝かせた。
こうして直人は翌日、健の住むマンションを見に行くことになった。
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