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第一章 日常の中の憂鬱
健からの提案-2
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健に案内されたマンションは事前に聞いていた以上に良い物件だった。駅近で築浅。設備も新しい。2LDKの間取りは各自の個室もきちんと確保されている。
そして何より、広々としたリビングと開放的なキッチンが、直人の住んでいるアパートとは雲泥の差だった。リビングには大きな窓から春の柔らかな陽射しが差し込んでいる。家具もシンプルだが使い勝手の良さそうなもので揃えられていて、ごてごてした内装ではないのが直人の好みだった。
五階建ての最上階の部屋は、周りに高い建物があまりないためか、窓を開けると風が心地よく吹き抜けていく。
「こっちが先輩に使っていただく予定の部屋です。南向きで日当たりがいいですよ」
ドアを開けて中に入ると、がらんとして何もない部屋が広がっていた。八畳はあるほどの広さで、かすかに以前住んでいた人の気配が感じ取れた。
「広いね。今住んでる僕のアパートの部屋よりもずっと広いかも」
くすくすと笑いながら言うと、健がにこにこと楽しそうに笑いながら首を傾げて「そうですか?」と聞いてきた。
「リビングも自由に使ってくださいね。キッチンも一緒に使いましょう。自室でもリビングでも、先輩が過ごしやすい場所で過ごしてもらっていいですから」
健はウキウキした様子でキッチンやリビングの説明をしてくれた。キッチンにはおしゃれな調理器具がいくつもあり、エスプレッソマシンやフードプロセッサーまで置いてある。
「健は料理できるの?」
この調理器具を見る限り、相当な腕前なのだろうと推測していた。
「はい。一応、基本的な洋食は作れますけど。先輩は?」
「……がんばる」
直人がそう答えると、健はケラケラと笑った。
「無理しなくていいっすよ。当番制とかにしてもいいと思うんですけど、できないことを無理にやるのは大変ですし。俺、結構料理は好きなので俺が作りますから、先輩は掃除を担当するっていうのはどうですか?」
健の提案に、それくらいならできそうだと頷いた。
部屋を見て回りながら、直人は考えていた。今までの人生で、何かを自分で選んだという記憶がない。すべてが「なんとなく」で決まったものばかりだった。
だが、今回は違う。プライベートはきちんと確保されている。条件もいいし、健とも良好な関係を築けそうだ。そして何より、初めて自分から「ここに住んでみたい」と思った。
「先輩、どうです? ルームシェア。俺とやってみませんか?」
これはいい選択だと思えた。いや、選択というより……初めて「こうしたい」と思える決断だった。
「よろしくお願いします」
直人は健に向かって丁寧にお辞儀をした。顔を上げると、健の顔が太陽のようにぱあっと明るくなっていた。
その夜、直人は自分のアパートで一人、天井を見上げていた。六畳一間の狭い部屋。必要最低限の家具が置かれた、まるで自分の人生みたいな部屋だった。
「今日は……流されなかった」
『自分の人生を生きていない』。そんな感覚が最近特に強くなってきていた。
大学の専攻も、一人暮らしも、アルバイトも。すべてが『なんとなく』の積み重ねだ。周りに流されて、適当に選択肢を選んできただけ。
でも今日は違った。健からの提案に対して、自分なりに考えて、自分なりに答えを出した。
小さな一歩かもしれないが、確実に自分で選んだ一歩だった。
ルームシェアをすると決めてすぐに、大家さんに退去の連絡を入れた。直人のアパートの大家さんは七十代で、とても世話焼きだった。まるで直人のことを孫のように思ってくれていて、引越しの段取りも色々と手伝ってくれた。
健も直人の引越しに精力的に協力してくれた。やるべきことをリスト化したり、新しい生活に必要なものの買い出しに付き合ってくれたりと、今まで以上に一緒にいることが多くなった。
「先輩、転出届とか出しました?」
「大学の住所変更も必要ですよ」
「段ボール足りてます? 足りなかったら引越し業者に俺から連絡しますよ」
まるで自分が引っ越しするかのように、健はいろんなことに気を回してくれた。こうやって効率よく準備を手伝ってくれるところも、好感が持てた。
引越しの準備を進めながら、直人は少しだけ胸が躍るのを感じていた。新しい生活への期待。そして、初めて自分で選んだ道への、小さな誇らしさ。
これが「選ぶ」ということなのかもしれない、と思った。
そして何より、広々としたリビングと開放的なキッチンが、直人の住んでいるアパートとは雲泥の差だった。リビングには大きな窓から春の柔らかな陽射しが差し込んでいる。家具もシンプルだが使い勝手の良さそうなもので揃えられていて、ごてごてした内装ではないのが直人の好みだった。
五階建ての最上階の部屋は、周りに高い建物があまりないためか、窓を開けると風が心地よく吹き抜けていく。
「こっちが先輩に使っていただく予定の部屋です。南向きで日当たりがいいですよ」
ドアを開けて中に入ると、がらんとして何もない部屋が広がっていた。八畳はあるほどの広さで、かすかに以前住んでいた人の気配が感じ取れた。
「広いね。今住んでる僕のアパートの部屋よりもずっと広いかも」
くすくすと笑いながら言うと、健がにこにこと楽しそうに笑いながら首を傾げて「そうですか?」と聞いてきた。
「リビングも自由に使ってくださいね。キッチンも一緒に使いましょう。自室でもリビングでも、先輩が過ごしやすい場所で過ごしてもらっていいですから」
健はウキウキした様子でキッチンやリビングの説明をしてくれた。キッチンにはおしゃれな調理器具がいくつもあり、エスプレッソマシンやフードプロセッサーまで置いてある。
「健は料理できるの?」
この調理器具を見る限り、相当な腕前なのだろうと推測していた。
「はい。一応、基本的な洋食は作れますけど。先輩は?」
「……がんばる」
直人がそう答えると、健はケラケラと笑った。
「無理しなくていいっすよ。当番制とかにしてもいいと思うんですけど、できないことを無理にやるのは大変ですし。俺、結構料理は好きなので俺が作りますから、先輩は掃除を担当するっていうのはどうですか?」
健の提案に、それくらいならできそうだと頷いた。
部屋を見て回りながら、直人は考えていた。今までの人生で、何かを自分で選んだという記憶がない。すべてが「なんとなく」で決まったものばかりだった。
だが、今回は違う。プライベートはきちんと確保されている。条件もいいし、健とも良好な関係を築けそうだ。そして何より、初めて自分から「ここに住んでみたい」と思った。
「先輩、どうです? ルームシェア。俺とやってみませんか?」
これはいい選択だと思えた。いや、選択というより……初めて「こうしたい」と思える決断だった。
「よろしくお願いします」
直人は健に向かって丁寧にお辞儀をした。顔を上げると、健の顔が太陽のようにぱあっと明るくなっていた。
その夜、直人は自分のアパートで一人、天井を見上げていた。六畳一間の狭い部屋。必要最低限の家具が置かれた、まるで自分の人生みたいな部屋だった。
「今日は……流されなかった」
『自分の人生を生きていない』。そんな感覚が最近特に強くなってきていた。
大学の専攻も、一人暮らしも、アルバイトも。すべてが『なんとなく』の積み重ねだ。周りに流されて、適当に選択肢を選んできただけ。
でも今日は違った。健からの提案に対して、自分なりに考えて、自分なりに答えを出した。
小さな一歩かもしれないが、確実に自分で選んだ一歩だった。
ルームシェアをすると決めてすぐに、大家さんに退去の連絡を入れた。直人のアパートの大家さんは七十代で、とても世話焼きだった。まるで直人のことを孫のように思ってくれていて、引越しの段取りも色々と手伝ってくれた。
健も直人の引越しに精力的に協力してくれた。やるべきことをリスト化したり、新しい生活に必要なものの買い出しに付き合ってくれたりと、今まで以上に一緒にいることが多くなった。
「先輩、転出届とか出しました?」
「大学の住所変更も必要ですよ」
「段ボール足りてます? 足りなかったら引越し業者に俺から連絡しますよ」
まるで自分が引っ越しするかのように、健はいろんなことに気を回してくれた。こうやって効率よく準備を手伝ってくれるところも、好感が持てた。
引越しの準備を進めながら、直人は少しだけ胸が躍るのを感じていた。新しい生活への期待。そして、初めて自分で選んだ道への、小さな誇らしさ。
これが「選ぶ」ということなのかもしれない、と思った。
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