【完結】好きじゃないけど、付き合ってみる?

海野雫

文字の大きさ
17 / 34
第四章 揺れ動く心

決意の芽生え

しおりを挟む
 しばらくして直人は図書館を後にした。いつもなら部室に戻って健と一緒に帰るのに、今日は気がつくと一人で大学の門を出ていた。

 そのことに気づいて、直人は慌てて健にメッセージを送った。

『ごめん! 考え事してたら、図書館から家の方向に歩いてた!』

 すぐに健から返信が来た。

『そっか。よかった! なかなか来ないから心配してたよ』

『本当にゴメン!』

 スマートフォンを握りしめていると、健から『大丈夫』という大きく腕で丸を作っているスタンプが送られてきた。そのスタンプのイラストの笑顔を見ていると、胸が温かくなる。

 直人はマンション近くの小さな公園に立ち寄った。誰もいないベンチに座り、西の空を見上げる。夕焼けの中に、一番星がぽつんと輝いている。

 その星を見つめていると、直人の気持ちが固まってきた。

 ――涼太先輩の言う通り、後悔のない選択をしよう。

 まずは自分の気持ちをはっきりさせること。そして、その気持ちを健にストレートに伝える。断られても構わない。ルームシェアを解消することになっても、それは受け入れよう。

 少なくとも、逃げずに向き合おう。

 そう心に決めた時、夕焼けがより一層美しく見えた。


 家に帰ると、健はすでに帰宅していた。キッチンに立ち、夕食の準備をしている後ろ姿が見える。いつものように、手際よく野菜を刻む音が響いている。

「あ、直人おかえり。先に帰ったのに、遅かったね」

 健は振り返って笑顔を向けてくれた。その自然な笑顔を見ていると、先ほど公園で固めた決意が揺らぎそうになる。

「うん、ちょっと公園にいた」

 直人は素直に答えた。

「なんかあったの?」

 健は首を傾げて尋ねた。包丁を持ったまま、心配そうに直人を見つめている。

 その優しげな表情を見ると、直人の心に迷いが生じた。

 ――この関係を壊したくない。

 でも、このままでは二人とも苦しいだけだ。

「うん、ちょっと自分と向き合ってた」

 直人の言葉に、健は「そっか」とだけ言って、再び夕食の準備に戻った。

 その時の健の横顔に、微かな寂しさが漂っているのを、直人は見逃さなかった。


 夕食の時間も、二人の間には微妙な距離があった。

 健が作ってくれた洋風肉じゃがは、いつものように完璧な味付けだった。塩と白ワインで味付けされたそれは『エチュベ』というのだそうだ。口に含むと、ワインの芳醇な香りが鼻から抜け、野菜と牛肉の旨みが口いっぱいに広がる。

 美味しい食事を食べているのに、なぜかいつもより会話が弾まない。

「今日の練習、お疲れさま」

「うん、健もお疲れさま」

 当たり障りのない言葉を交わすだけで、いつものような自然な会話にならない。

 健は時折、直人の様子を窺うように視線を向けてくる。でも目が合うと、慌てたように視線を逸らした。

 直人も同じだった。健の表情を見ていたいのに、見つめていることがバレるのが恐くて、すぐに目を逸らしてしまう。

 食事を終えて、健が食器を洗っている間、直人はリビングのソファに座ってテレビを眺めていた。でも、画面に映る映像は全く頭に入ってこない。

 キッチンから聞こえる食器の音、健の立てる小さな物音。普段なら心地よく感じるその音が、今夜はなぜか切なく響く。

「直人、お風呂どうぞ」

 健が片付けを終えて、リビングに顔を出した。

「ありがとう。健は?」

「俺は後で入るよ」

 健はそう言って、自分の部屋に向かった。扉が閉まる音が、やけに大きく聞こえた。

 お風呂に入りながら、直人は最近起こったことを振り返った。拓真の告白、健の返答、涼太先輩の言葉。

 全てが、直人の心に変化をもたらしている。

 ――もう、曖昧なままではいられない。

 湯船に浸かりながら、直人は空を見上げた。小さな窓から見える夜空に、さっき公園で見た一番星が輝いている。

 その星に向かって、直人は心の中で誓った。

 明日、健に気持ちを伝えよう。

 どんな結果になっても、後悔だけはしたくない。

 *

 健は自分の部屋で、ベッドに横になりながら天井を見つめていた。

 今日の直人は、いつもと様子が違った。なんとなく距離を感じるような、そんな気がした。

 ――もしかして、俺のこと、うざいと思ってるのかな。

 そんな不安が頭をもたげる。擬似恋人という関係も、直人には負担になっているのかもしれない。

 健は枕に顔を埋めた。直人の匂いがするような気がして、胸が苦しくなる。

 いつからだろう。直人のことを、こんなにも想うようになったのは。

 最初は本当に、元恋人を忘れるための方便だった。でも今は、大輝のことなんてどうでもよくなっている。頭の中は直人のことでいっぱいだ。

 ――でも、これは契約違反だ。

 健は自分に言い聞かせる。直人は優しいから、健の頼みを聞いてくれているだけ。本当は迷惑に思っているかもしれない。

 もしそうなら、この関係は終わりにした方がいいのかもしれない。

 そう思うと、涙が溢れてきた。


 一方、リビングに戻った直人は、ソファに座ったまま動けずにいた。

 健の部屋から漏れる小さな明かりを見つめながら、今頃健が何をしているのかを想像する。

 本を読んでいるのか、音楽を聴いているのか、それとも眠る準備をしているのか。

 健のことを考えていると、胸の奥が温かくなる。同時に、切ない気持ちも込み上げてくる。

 ――これが恋なのか。

 今まで経験したことのない感情に、直人は戸惑いながらも確信を深めていく。

 健を失うことが怖い。でも、この曖昧な関係を続けることも辛い。

 直人は立ち上がって、健の部屋の前まで歩いた。扉に手をかけそうになって、思い止まる。

 今夜はもう遅い。明日、きちんと話そう。

 そう決めて、直人は自分の部屋に向かった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

オレにだけ「ステイタス画面」っていうのが見える。

黒茶
BL
人気者だけど実は人間嫌いの嘘つき先輩×素直すぎる後輩の (本人たちは気づいていないが実は乙女ゲームの世界である) 異世界ファンタジーラブコメ。 魔法騎士学院の2年生のクラウスの長所であり短所であるところは、 「なんでも思ったことを口に出してしまうところ。」 そして彼の秘密は、この学院内の特定の人物の個人情報が『ステータス画面』というもので見えてしまうこと。 魔法が存在するこの世界でもそんな魔法は聞いたことがないのでなんとなく秘密にしていた。 ある日、ステータス画面がみえている人物の一人、5年生のヴァルダー先輩をみかける。 彼はいつも人に囲まれていて人気者だが、 そのステータス画面には、『人間嫌い』『息を吐くようにウソをつく』 と書かれていたので、うっかり 「この先輩、人間嫌いとは思えないな」 と口に出してしまったら、それを先輩に気付かれてしまい・・・!? この作品はこの1作品だけでも読むことができますが、 同じくアルファポリスさんで公開させていただいております、 「乙女ゲームの難関攻略対象をたぶらかしてみた結果。」 「俺が王太子殿下の専属護衛騎士になるまでの話。」 とあわせて「乙女ゲー3部作」となっております。(だせぇ名前だ・・・笑) キャラクターや舞台がクロスオーバーなどしておりますので、 そちらの作品と合わせて読んでいただけたら10倍くらい美味しい設定となっております。 全年齢対象です。 BLに慣れてない方でも読みやすいかと・・・ ぜひよろしくお願いします!

義兄が溺愛してきます

ゆう
BL
桜木恋(16)は交通事故に遭う。 その翌日からだ。 義兄である桜木翔(17)が過保護になったのは。 翔は恋に好意を寄せているのだった。 本人はその事を知るよしもない。 その様子を見ていた友人の凛から告白され、戸惑う恋。 成り行きで惚れさせる宣言をした凛と一週間付き合う(仮)になった。 翔は色々と思う所があり、距離を置こうと彼女(偽)をつくる。 すれ違う思いは交わるのか─────。

【完結】幼馴染に告白されたけれど、実は俺の方がずっと前から好きだったんです 〜初恋のあわい~

上杉
BL
ずっとお前のことが好きだったんだ。 ある日、突然告白された西脇新汰(にしわきあらた)は驚いた。何故ならその相手は幼馴染の清宮理久(きよみやりく)だったから。思わずパニックになり新汰が返答できずにいると、理久はこう続ける。 「驚いていると思う。だけど少しずつ意識してほしい」 そう言って普段から次々とアプローチを繰り返してくるようになったが、実は新汰の方が昔から理久のことが好きで、それは今も続いている初恋だった。 完全に返答のタイミングを失ってしまった新汰が、気持ちを伝え完全な両想いになる日はやって来るのか? 初めから好き同士の高校生が送る青春小説です!お楽しみ下さい。

俺が王太子殿下の専属護衛騎士になるまでの話。

黒茶
BL
超鈍感すぎる真面目男子×謎多き親友の異世界ファンタジーBL。 ※このお話だけでも読める内容ですが、 同じくアルファポリスさんで公開しております 「乙女ゲームの難関攻略対象をたぶらかしてみた結果。」 と合わせて読んでいただけると、 10倍くらい楽しんでいただけると思います。 同じ世界のお話で、登場人物も一部再登場したりします。 魔法と剣で戦う世界のお話。 幼い頃から王太子殿下の専属護衛騎士になるのが夢のラルフだが、 魔法の名門の家系でありながら魔法の才能がイマイチで、 家族にはバカにされるのがイヤで夢のことを言いだせずにいた。 魔法騎士になるために魔法騎士学院に入学して出会ったエルに、 「魔法より剣のほうが才能あるんじゃない?」と言われ、 二人で剣の特訓を始めたが、 その頃から自分の身体(主に心臓あたり)に異変が現れ始め・・・ これは病気か!? 持病があっても騎士団に入団できるのか!? と不安になるラルフ。 ラルフは無事に専属護衛騎士になれるのか!? ツッコミどころの多い攻めと、 謎が多いながらもそんなラルフと一緒にいてくれる頼りになる受けの 異世界ラブコメBLです。 健全な全年齢です。笑 マンガに換算したら全一巻くらいの短めのお話なのでさくっと読めると思います。 よろしくお願いします!

無愛想な氷の貴公子は臆病な僕だけを逃さない~十年の片想いが溶かされるまで~

たら昆布
BL
執着ヤンデレ攻め×一途受け

【完結】まずは結婚からで。〜出会って0日、夫夫はじめました〜

小門内田
BL
ドケチで貧乏な大学生の瀧本 純也は、冷徹御曹司の諏訪 冬悟に交際0日、いや、初対面で結婚を迫られる!? 契約から始まった奇妙な結婚生活は、次第に互いの心を少しずつ変えていく。 “契約から本物へ―” 愛を知らない御曹司×愛されたがりの大学生の、立場も性格も正反対な二人が、不器用に心を通わせていく、ドタバタあり、じんわり甘い、ゆるやかな日常BL。 ※最初は少し殺伐としていますが、ゆっくりと変化していく物語です。 ※男同士の結婚が、一般的な世界線となります。 ※関係性をわかりやすくするため、「嫁」や「妻」といった表現を使用しております。 ※同タイトルのpixiv版とは、加筆・修正しておりますので、若干内容が変わっております。 予めご了承ください。 ※更新日時等はXにてお知らせいたします

処理中です...