【完結】好きじゃないけど、付き合ってみる?

海野雫

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第七章 告白

帰り道

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 マンションに向かう道のりを、直人と健は手を繋いで歩いていた。以前も手を繋いだことはあったが、今回は全く違う。お互いの想いを確かめ合った、真の恋人としての繋がりだった。手のひらから伝わる温もりが、これほど意味深いものだとは知らなかった。

「なんか、夢みたい」

 健が直人の肩に頭を預けながら呟く。

「何が?」

「ん? 先輩と恋人になれたこと。一週間前まで、こんなこと想像もしてなかった」

 目を細めて笑うその仕草が愛おしくて、直人の胸は高鳴った。

「僕も夢みたいだよ。健と恋人になれて。正直、断られると思ってたから、今でも信じられない」

「また、『直人』って呼んでもいい? 今度は恋人として」

 健の体がさらに直人に寄り添ってくる。こんなに人との距離が近いのは初めてで、直人の心臓は鼓動を早めていた。

「も、もちろん。恋人だからね」

 そう答えると、健は直人の唇にそっとキスを落とした。道端でのキスに、直人は周囲を見回してしまう。

「あー、もう! 今すぐ直人を抱きたい!」

「だっ……!」

 直人は顔から火が出るほど赤くなるのを感じた。全身の血液が一気に駆け巡る。

 ――そうか……恋人になったら、セッ……クス、するんだ……。

 直人一人がわたわたと慌てていると、健は優しく笑った。

「でも、直人は恋愛初心者だから、その辺はゆっくりね? 俺、待つから」

 健がこてんと首を傾げて微笑む。その優しさに、直人は胸が温かくなった。

 しかし、マンションの前に到着すると、健は立ち止まってしまった。不思議に思って振り返ると、困ったように眉根を寄せている。

「俺、また直人と一緒に住んでも、いいの? 今度は恋人として」

 その問いかけに、直人は力強く頷いた。

「当たり前だろ? 恋人なんだから。むしろ、いてくれないと困る」

 その言葉を聞くと、健は直人に向かって飛びついてきた。直人は健を受け止め、少しよろめきながらも彼をしっかりと抱きしめる。

「嬉しい! ありがとう!」

「うん。一緒に部屋に帰ろう? 僕たちの部屋に」

 『僕たちの部屋』という言葉に、健は頬を赤らめて嬉しそうに微笑んだ。

 マンションの鍵を開ける音が、静かな廊下に響く。扉を開き、健を室内に迎え入れた。

「おかえり、健」

「ただいま、直人」

 健が部屋にいる――それだけで直人の心は満たされていく。一週間の空虚感が、一気に埋められていくような感覚だった。


 直人は健の手を引き、リビングへと向かった。健は一週間ぶりの部屋をゆっくりと見回している。

「何も変えてないから、前と同じだと思うけど……お茶入れるから、座って」

 いつもなら「俺が……」と言ってくる健が、今日は素直にソファに腰を下ろした。それを見て、直人の胸は温かくなる。いつも自分に気を遣ってくれていた健を、今度はリラックスさせてあげたい。

 直人はキッチンに向かい、お茶の準備をする。ペットボトルのお茶をグラスに注ぐだけの簡単な作業だが、今まではいつも健がやってくれていた。自分の分と健の分、二つのグラスを用意する。当たり前のことのようで、とても特別なことに感じられた。

 ローテーブルにお茶を置き、健の隣――肩が触れ合うほど近くに座る。お互いを見つめ合い、ゆっくりと顔を近づけていく。唇が触れそうになったその時――。

 ぐぅぅぅ。

 健のお腹が盛大に鳴った。

 二人は目を合わせ、「ぷっ!」と吹き出すと、そのまま大笑いしてしまった。緊張が一気にほぐれて、いつもの自然な二人に戻る。

「そういえば、夕飯まだだったよね」

 直人がキッチンに向かい冷蔵庫を開けるが、健の作り置きは全て食べ尽くしていた。一週間、健の料理の味を思い出しながら大切に食べていたのだ。

「ごめん。何もないや」

「じゃあ、デリバリーでも取ろうよ」

 健がスマートフォンを取り出し、アプリを開く。

「何食べたい?」

 いつもの癖で「なんでもいい」と言いそうになったが、直人は言葉を飲み込んだ。今回のことで痛いほど分かった――心の中で思っているだけでは、相手には届かない。

「えっと……中華か和食?」

「なんで?」

 健が不思議そうに眉を寄せる。

「だって、洋食は健の作った料理の方が、絶対美味しいから……健の手料理より美味しいものなんて、きっとない」

 その言葉を聞くと、健は顔を真っ赤に染めて直人に抱きついてきた。

「直人のそういうところ、本当に好き」

 デリバリーを待つ間、二人は今後の生活について話し合った。基本的には以前と同じ分担で、健が料理とキッチン周りの掃除、直人が部屋の掃除と洗濯を担当する。

「ただし、今度からは遠慮しないでね」

 直人が健に向かって言う。

「遠慮? 俺、してた?」

 健は首を傾げた。

 直人には分かっていた。健はいつも自分のことよりも、常に直人を優先してくれていた。恋人同士になった今、そんな一方的な気遣いは必要ない。

「うん。言いたいことがあったら必ず言う。今回だって、お互い思い違いしてたし。それと、甘えたい時は甘える。寂しい時は寂しいって言う。そして……僕のこと、抱きたいと思ったら、言って」

 最後の言葉を発した途端、直人は自分が恥ずかしいことを口にしたと理解した。俯いて真っ赤になっていると、健が優しく抱きしめてくれる。

「うん、分かった。本当は今すぐにでも抱きたいけど、今日はやめておく。その代わり、一緒のベッドで寝てくれる?」

「分かった」

 直人は健の背中に手を回し、彼の胸に顔を埋めた。久しぶりに嗅ぐ健の匂い――石鹸の香りに少し汗の匂いが混じった、健だけの香り。思い切り吸い込むと、心が満たされていく。

 ゆっくりと顔を上げると、すぐ目の前に健の顔があった。健の瞳の奥が揺れている。きっと自分の瞳も同じはずだ。ゆっくりと顔を近づけ、唇が触れそうになった時――インターホンが鳴った。

「もうっ! いいところだったのに」

 健は頬を膨らませて不機嫌そうな顔をする。その表情があまりに可愛くて、直人は思わず笑ってしまった。

「デリバリー、届いたんでしょ? 先に食べちゃおう」

「むー、キスしたかった」

 その言葉を聞き、インターホンに向かう前に、直人は軽く健の唇に触れた。
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