Marry Me?

美凪ましろ

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Vol.9.篠田か大樹か

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「おはようございます! 美紗さんっ!!」

 遅番で入った和泉くんは、本日も爽やかだ。うちの――『Sweet Lip』の概念《コンセプト》を理解して、やや、髪は明るめに。キンキンに。白肌で、瞳が橋本環奈ばりに茶色くって。時々ダブルに間違われるのだそうだ。――篠田さんは黒髪の貴公子だけれど、茶髪も……似合うだろうなぁ。にまにま。

 あたしは仕事をする手を止め、笑顔で挨拶を返す。「……おはよう和泉くん。今日も……新しい髪型、キマってるね。素敵」

「あーあーおれそうなんです昨日美容室行かせて頂きまして!!」嬉々とした顔で和泉くんは、「メッシュ、入れたんです。青系の。分かりますぅ? あーあー美紗さんはそういうのすぅーぐ気づいてくれるからまじおれ嬉しいっす!! 尊いッ!! ……んですいません。仕事中なのに一言聞いていいですか」

 レジで作業しているあたしに近づくと、和泉くんは長身を屈め、あたしの耳元に、

「……彼氏さん昨日来たって本当すか?」

「あ。ま。ま……っ」なんとまあ噂の回りの早い。うちは、というか、深崎店長は、プライベートと仕事はキッチリ分ける方針なので、グループLINEなんてのもやってない。のに。「や、……ま。ま、ま……そうですけど。ですですですが。ごめんなさいなんかプラベ持ち込んじゃって……っ」

 身を起こした和泉くんが不思議そうに、「……なんで美紗さんそんな顔真っ赤なんすか」

 ――いや。その……。

 抱きしめられて。彼の固い、胸に顔を預けて。顎クイされたと思ったらマスク越しにキス……されていた。あんなドラマティックな展開、自分の人生に起こりうるだなんて誰が出来ようか。メンタリストのDaiGoくらいだよ。

 はあ。
 
 生で……キスしたい。

 いったいどんな感触がするだろう……布越しで触れただけで。電気が流れたようにびりびりとしびれて。脳内がスパークして、正直、腰砕け寸前だった。

 あんな魔力を持つきゅんゲリオン一号機のパイロットを篭絡するだなんて。ミサトさんでもない限り無理よ。サービスサービス♪

「……挙句、回想シーン突入……相当そのひと、ヤバいかたなんすね。……まあ。店長にあの顔させるだけで相当の強者、だっつぅことは想像つきますけど……」

「……あの顔?」

「いや。おれ。実は……」ちょいちょい、と、BOSSの大澤絵里子を見習って手招きするのやめなはれ。「店長と……たまぁーに。飲む間柄で。なんか昨日急にLINE来て、んで、オンライン飲み会、……したんっす。

 ……美紗さん。店長、酒、強いか弱いかどっちだと思います?」

 店長は、二年前に店長として光臨……五条悟爆誕……もとい、やってきたわけで、むしろあたしのほうがこの店歴は長いけど。ちょこっと歓迎会やったくらいで、店長。全然飲まなかったので、どっちなのかは分からない。ジョニデや竹野内豊ばりの色気むんむんのあの風貌からすると、

「……ストロングゼロ」天海祐希さまを意識して言ってみると、

「どっちなんすか」和泉くんは苦笑いを漏らす。その手はしっかり、タブレットをタップして、メンバーのシフトを確認している。「……激弱。激弱っすよ、あのビジュアルで。普通、考えられないじゃないっすか。どう考えても、行きつけのバーで、そのバーの店長と馴染みで、『おう。いつもの』とか言ってバーボン飲むタイプじゃないですか。

 ……深崎店長。昨日、一発目、なに飲んでたと思います?」

「さぁ?」とあたしは首を傾げ、「……オレンジジュースとか?」

 パックのをちゅうちゅう、なんてしたら可愛いなあ、なんて思ってたのに。

 結論は予想外だった。

 和泉くんは顔をこちらに向けて、声を潜め、「……ラムネ。瓶のラムネっすよ?」

 ……Oh.my, ダーリン。

 あたしは軽く笑った。「……逆にそれ、売ってるお店探す方が難しいんじゃないの? 美味しいけど」

「駄菓子屋行くとか言ってましたよ」真顔で和泉くん。「やーあのビジュアルで……完、全っ、常田大希をライバル視したあの風貌で、ですよ? おれなんか、ウケ狙ってんのかと思ったら。……何本も、あるみたいで……ラムネばっかぐびぐび飲んで、挙句、アイスキャンディーもペロペロしだして……呆れる通り越して惚れましたわ」

「へー」ギャップ萌え。ずらーっと、冷蔵庫に、ビール缶じゃなくて、ラムネがある構図。冷蔵庫開いたらぺろぺろキャンディー? いやアイスキャンディーだってばよ。

「ほんじゃあ、あたしそろそろ在庫補充行ってくるわ」

「……あ。待って。待ってください、美紗さん……っ」

 振り返りあたしは答えた。「なぁに?」

「そのひとのこと……本気、なんすか? おれ、なんか……美紗さんに変な虫でもつかないか心配で心配で……」

「モウマンタイ」笑ってあたしは手を振った。「大丈夫。なんか信用出来るひとだから……前みたいなことにはならないよ」

 なーんて言っていたのに。数日後。

 あたしに、予想外の事態が襲い掛かることとなる。

 * * *

 その日は、土曜日だから、あたしは明日も仕事だけれど、篠田さんが、ちょっとでも会いたい、って言うから、このご時世。外だとアレだし、あたしのアパートで軽くコーヒーでも飲みながらまったりしよう、って話になっていた。

 そういう展開を期待しないわけではない。……第一、彼のキスは……危険だった。魅惑の、果実。

 あのジェントルマンの仮面の裏に、本当はなにを隠し持っているのか。……さらけ出して欲しいな、なんて思う自分もいる。うーっ。

 どういう顔、するのかな。……なんて妄想するあたしは変態か。変態ね。変態ですよ。三段活用☆彡 あーワイシャツの脇くんくんしたぃいいーーーっ!!!!

 それで、彼は一日お休みだから、昼にでも花見町に来てぶらぶらする……って言っていたのに。

 昼休みにメッセが来た。

『ごめん美紗』
『ちょっとトラブルがあって、出社しなきゃだから、行くのちょうど、美紗があがる頃かもしれない』
『何時になるか分からないけど、最悪夜にはあがれる』
『おれが美紗のビル着くの間に合わなかったら先帰っててね』
『本当ごめん』

「……仕事なんだから謝る必要ないのにな」

「……お。美紗さん。あの彼氏さん……ですよねっ!」隣のパイプ椅子に座る須賀ちゃんは嬉しそうだ。「やー。あんな超絶国宝級イケメンとお付き合い出来るなんてさっすが美紗さんですねッ! 最の高ですッ! ……ッエモいッッ!!」

 ……あたしの妄想癖が暴走気味なのは少なからず須賀ちゃんに影響されている。本日、パーマのかかったピンクの三つ編みを可愛く揺らす須賀ちゃんに、あたしは、

「……正直、あんな素敵なひとに自分がふさわしいのか……ちょっと。悩むな」

「美っ紗っ、さぁああーん!!!!」泣きそうな顔で須賀ちゃんはあたしの両の肩に手をかける。「自信持ってくださいよ!
 美紗さんは! 社長賞貰った超絶カリスマ店員なんですよッ!! ……尊い。お二方が並んだ絵面が尊すぎてあたしは……あああッ!
 目がぁ。目がぁあああああーーーーー!!!」

 寺田農さんの超絶演技を再現するポテンシャル自体は素直に評価したい。目を押さえて動き回る演技つきだし。

「……海に。海に、捨ててぇ……ッ!」

「シィーーータァアアアアアッッッ!」

「クリリーーーーンッッ!」

「……同じ声優さんって知ってまじびっくりでしたよね」

「吹奏楽やってたあたしとしては、冒頭のパズーのトランペットがうますぎてね。セルゲイ・ナカリャコフかよ。って突っ込み入れたくなったわ」

 須賀ちゃんは、きょとんとした顔で、「……どなたです?」

「なんか昔朝ドラの主題歌……歌じゃないや。曲。演奏してたっぽいよ……。あ、これこれ」

 こういうとき、携帯でさくっと画像情報諸々検索出来るから、世界は便利だ。世界は欲しいものにあふれている。

「……ッ……ッ――超絶イケメンじゃないっすかァアアアッ!!!」

「……今日日。顔もよくて演技も出来て音楽も出来る、みたいな。マルチタレンテッドなひと、増えたよねえ……」

「んで美紗さん」ずずい、と顔を寄せる須賀ちゃんは、「彼氏さんと今日はデートなのに。……彼氏さん、お仕事なんですか?」

「あーまー仕方ないよね」自然と口許が緩んだ。彼が――誇らしい。「仕事だもん。急な休日出勤で大変そうだけれど、……ぎゅーってしてあげたい」

「エッモ」頬を押さえる須賀ちゃんは、「うわあ。美紗さんと彼氏さん、か……。最の高ですよッ。お二人が並ぶともうね。神々しくて。目が。目がぁ……ッ」

「――ムスカ大佐。そろそろ仕事の時間ですよ」

「……煙幕か」ふん、と腕組みをして鼻を鳴らす須賀ちゃんは、「器用な連中だ……海賊どもが……」

「海賊はいいから」とあたしは笑った。「『Sweet Lip』10周年限定品、オレンジのノベルティつき、ラス1。気合入れてさばくよ。……行こっ」

「どSせぇーんぱぁああーーいッッ!! 美紗先輩となら恋は続くよどこまでもぉーーーおおぉおッッ佐藤剣心はよ見てぇえええッッッ!!!!」
 
 完全感覚Dreamer!!!! ……なんてぐんぐん腕振ってノリノリであたしの後ろでマーチングする須賀ちゃんの明るさにいつも、助けられている。

 * * *

「……連絡、来ないな……」

 駐車場にて、気になってスマホをチェック。……残念。帰るしかないか。……ちょっと。

 待ち伏せしてくれる彼のことが好きで……もう一度、見たかったんだけどな。

 まぁ、いいや。どうせ会えるし。……なんて思って。人気のない、駐車場を、自転車を押して歩いていたときだった。

「……美紗っ……!」

 背後から声を掛けられ、あたしは振り向いた。期待した相手ではなかった。……このひとは。

 四股かけてるのがバレると、『みんな本気なんだよー』なんて言って、あたしに土下座なんてしたけど。冗談じゃない。

 距離を保つようあたしは意識した。自転車を引き、「……なに。何の用……」

「おれにはやっぱり美紗しかいないんだ……っ!」

「――来ないでっ!!」

 薄闇に、あたしの声は、ひどく響いた。険しい顔を意識して作る。……いや、笑顔だな、ここは。にっこり笑え。アパレル店員の維持を見せろ。

「あたし。いま、付き合っているひとがいるの。彼のことが大好きなの。だから、……今更、洋《ひろし》と……ヨリを戻すつもりなんかない。絶対ない」

 力強く言い切ったのに。洋は、ぐにゃあ、と顔をゆがめ、「……はあっ?」と叫んだ。

 怒りの形相でずんずんとこっちに迫り、

「おまえごとき外面だけの中身からっぽの女がなに言ってんだよ! ばーか。てめえなんか最初から眼中ねえっつうの!! 調子こいてんじゃねーよ! おれさまが……おれさまが、おまえごときと付き合ってやるって言ってんのに、なに……断りやがってんだよ!! おっめーに、最初から選択肢なんかねえっつうの!!」

 ……やばっ。

 自転車で逃げろ。脳内が必死でそう叫ぶのに……こんな怒りをぶつけられるのは生まれて初めてで、足がすくんで――動かない。

 動け。動け……っ。このからだは誰のものでもない。……もう、

「大樹のもの、なんだから……っ」

 湧き上がる涙を抑え込み、歯を食いしばり、怒りの形相でこっちに迫る洋を睨みつける。「ばかはあんたよ! 職場まで押しかけて待ち伏せとか、ストーカーなんじゃないの!! 警察呼ぶわよっ!!」

「……おまえ、おれの彼女なんだからなにしたってかまわねえんだよなあ」薄笑いを浮かべるそいつが気持ち悪い。「なにが警察だよ。おっまえ。おれにキスされて喜んでたんじゃねーかよ」

「違うっ……全っ然違う……! 篠田さんのは。大樹のは。もっと……。
 
 あたしを尊重してくれるもの――」

 最後まで言えなかった。

 そいつの、右腕が、振り上げられた。やばい、と思い、反射的に身を庇っていた。がしゃん、と、自転車が倒れた音が響く。――静寂。

 ――痛みは、……ない。

 何事かと思って、恐る恐る顔をあげると、なんと、そこには――

「てめえ。おれの彼女になにしやがる」

 そのひとの、振り上げた腕をぎりりと掴み。見たこともないくらいに、きつい眼差しをぶつける、……大樹の姿があった。

 *
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