Marry Me?

美凪ましろ

文字の大きさ
21 / 34

Vol.21.目に見えるものがすべてではないけれど

しおりを挟む
「……美紗っていつもこんな自炊するの」

「ううん」とあたしは正直に答えた。「大樹と出会う前は……コンビニのおにぎりやサラダが多かったかな。たまに作っても具沢山味噌汁程度」

 すると大樹は箸を止めると真顔で、「おれ、……美紗に、負担かけてる?」

「ううん。いいの。いいの」とあたしは顔の前で手を振った。「この仕事ってビジュアル命じゃない? 逆に、……よくもあれだけ自炊せずにやってこれたなあって……ちょうど、よかったの。そろそろ自炊しなきゃなあって思ってたから……。

 ま。今日のお魚は焦げちゃいましたが」

「おれはいつも、きみに、……胸を焦がしてるよ」

「上手いこと言ったって思ってるでしょう」

「でもない」と舌を出して彼は笑った。「美紗といると、なんか……癒される。自然に、頑張ろう、って思えてくるんだ……」

「大樹のほうが、お料理上手だよね。この感じだと」

「いやいやおれ、レパートリー少ないもん」と大樹は首を傾げる。「おれが、作れるのって、……市販のたれ使った麻婆豆腐、肉じゃが、ポトフ……とか。まだまだ少ないよ。買い物行って食材刻むのってこんな大変なのかと……世の中の主婦に対する目が変わったよ」

 思い切ってあたしは尋ねてみる。「……大樹のいまの、お母さんは。お料理はするの?」

 将来義理の母親になるひとだ。腕前が相当の物であれば磨いておかなければ。

「うーんそうだなぁ」顎を摘まみ、考えているふうの大樹。「するはするけど……実のマザーに比べればちゃんとやってる……が、お惣菜の日もあるよ? 仕事してるし」

「あ。お仕事してるんだ? お母さん」

 てっきり、再婚するお母さんって……あ、そっか。大樹のお母さんは娘さんがいらっしゃるんだった。

 箸で具を摘まみ、聞き入るあたしに、大樹は「そ」と頷く。

「看護師の仕事してるから、まあ、忙しいは忙しいよ。そもそもうちの親父が出会ったのって、親父が、胃腸炎で入院したのがきっかけだったし」

「へええ……そうなんだ」

 大樹が自分から家族の話をするのは珍しい。ので、あたしは聞き入る。すると大樹は、やさしく目を細め、

「親父は証券会社勤務で毎日忙しいし、母さんは病院勤務だろ? ……なもんで、一緒に過ごせる時間は、限られている。

 それでも、あの二人は、一緒になることを、選んだ。……見ていて、思うところはあるよ」

「立ち入ったことを聞くけど」すこし焦げた鮭を咀嚼してあたし。「大樹が、……近距離なのに、おうちを出て行ったのって……なにか、事情とか……あるの」

「まあおれ、なんだかんだ言って十年くらい実家で過ごしたし。もういいかなと。実家には妹がいるし。……妹が癒し系なんだよな。教師の仕事してる割にはなんだか、抜けてるところがあってさ。ほんわかしてる」

 話を聞く限り、大樹が、家族のことを大事に思っているのがよく分かる。

「実家にいると、どうしても甘えが出るっつうか……例えば、どんなに夜遅くなっても、飯はあるわけで。風呂は、家族が気ぃ遣って、夜中まで入れたまんまにしておくわけだよ。掃除もしなくていい。すべて……整っている。

 それじゃ。人間として、一人前じゃないわな、って感覚があってな。

 仕事だとどんどん……新人の頃からPLとか任されて、ぺーぺーのおれが、経験豊富な主婦層を指導することもあるわけよ。短期のプロジェクトならお子さんいらっしゃるかたもおられるし。

 小学校で、子どもが骨折したから職場に電話が来て、血相変わって帰宅して。二日間プロジェクトから抜けさせて、詫びられたこともあって。……だが」

 真剣な話をするときの癖で。大樹は、前に身を乗り出し、「……それだけじゃ駄目だと思ったんだ。分からなければ。せめて……シンパシーを寄せられる人間でありたい、とな。

 おれや妹になにかあったらケアするのは母親だったかんな。……別に大きな問題起こしたわけじゃねえけど、いま思えば、部活んとき必ず弁当作ってくれたし……夜勤もしながらちゃーんと翌朝から晩までの飯を、作り置きしといてくれてるんだ。

 そこまで尽くしてくれる母親に対し、『アウトサイダー』感覚味わうの失礼かな、って話もあるんだけど……。

 日本料理は美味しい。……が、たまーにな。実のマザーが作った、でっこぼこの野菜サラダを思い出すことがあるんだ。

 向こうの人参なんか、ちっちぇえからまんまなの。もう、野菜とか、固いまんまで、ばりっばり、馬みたいにもりもり食うの。

 ……決して美味しいとは言い難かったが。……おふくろなりに頑張って作ってくれたんだと思うと……育児が困難ななかでな。

 いまのおふくろには悪いけれど。あの味が、おれの原点……な気がしている。

 しゃばっしゃばな牛乳ぶちこんだシリアルも。ぱっさぱさの薄切りのパンにはさんだターキーやレタスも。妙にねちっこい味のマヨネーズも」

 ふぅ、とあたしは息を吐いた。「……大樹にとって、それが、原点なんだね。青春そのもの。家庭の味……なんだね」

「美味しいかどうかってのは確かに、判断基準なんだけれど」とあたしの発言を受けた大樹は、「昔のことだから美化されている……思い出という、フィルターにかけられている、って点は、少なからずあると思う。

 あの味を知り、育てて貰ったおれは、……結局、日本人にもカナダ人にもなりきれない。アウトサイダーなんだ、と……」

「なん、だ、と……?」

「そこを拾うのか」と大樹は眉を歪めて笑う。「なんか……彼女相手にここまで自分のこと話すの、これが初めてだよ。

 ……美紗は、話の腰を折らず、主観を交えず聞いてくれるから……話しやすいよ。ありがとう」

 ふふんとあたしは鼻を鳴らし、「これでも、カール・ロジャーズの、クライエント中心療法の心得はありますので。心理療法はそれなりにお詳しいのですことよ」

「……美紗は。奥深いな……。上質なコーヒーみたいだ。あのイケメン店主が淹れたやつ」

 大樹は、時々一緒に行く、公園にある移動販売のコーヒー屋さんのことを言っている。あのお店、永久にあそこにあると、いいのにな。

「なあ……もっと、美紗の話を聞かせて」前のめりになる大樹。「美紗が……なにを大切にして、生きてきたのか……おれは、知りたい」

 食事は八割がた片付いている。ご飯に箸をつけるとあたしは、

「じゃあ、……食べ終わって、後片付けが終わってからね」

 *
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

時間を止めて ~忘れられない元カレは完璧な容姿と天性の才能を持つ世界一残酷な人でした 【完結】

remo
恋愛
どんなに好きになっても、彼は絶対に私を愛さない。 佐倉ここ。 玩具メーカーで働く24歳のOL。 鬼上司・高野雅(がく)に叱責されながら仕事に奔走する中、忘れられない元カレ・常盤千晃(ちあき)に再会。 完璧な容姿と天性の才能を持つ世界一残酷な彼には、悲しい秘密があった。 【完結】ありがとうございました‼

時空の迷い子〜異世界恋愛はラノベだけで十分です〜

いろは
恋愛
20歳ラノベ好きの喪女の春香。いつもの週末の様にラノベを深夜まで読み寝落ちし目覚めたら森の中に。よく読むラノベの様な異世界に転移した。 突然狼に襲われ助けてくれたのは赤髪の超男前。 この男性は公爵家嫡男で公爵家に保護してもらい帰り方を探す事に。 転移した先は女神の嫉妬により男しか生まれない国。どうやら異世界から来た春香は”迷い人”と呼ばれこの国の王子が探しているらしい。”迷い人”である事を隠し困惑しながらも順応しようと奮闘する物語。 ※”小説家になろう”で書いた話を改編・追記しました。あちらでは完結しています。よければ覗いてみて下さい

行き遅れのお節介令嬢、氷の公爵様と結婚したら三人娘の母になりました

鳥柄ささみ
恋愛
お節介焼きで困っている人を放っておけないシアは、数多のご令嬢達から人気の令嬢だ。毎日ファンレターが届き、社交界に出れば令嬢に取り囲まれるほどである。 けれど、それに反比例するように男性からの人気はなく、二十七だというのに嫁の貰い手もないため、毎日母から小言をもらっていた。 そんなある日のこと、突然公爵家から縁談の話が。 シアは公爵家がなぜ自分に縁談など持ち掛けるのかと訝しく思いつつ話を受けると、なんと公爵の後妻として三人の娘の母代わりになれと言われる。 困惑するも、自分へ縁談を持ちかけた理由を聞いて、お節介なシアは嫁ぐこと決めたのだった。 夫になるレオナルドはイケメンなのに無表情で高圧的。三人の娘も二女のアンナを除いて長女のセレナも三女のフィオナもとても反抗的。 そんな中でもお節介パワーを発揮して、前向きに奮闘するシアの物語。 ※他投稿サイトにも掲載中

わたしの正体不明の甘党文通相手が、全員溺愛王子様だった件

あきのみどり
恋愛
【まじめ侍女と、小悪魔系王子、無自覚系ツンデレ王子、寡黙ぼんやり系王子、三人の甘党王子様たちによるラブコメ】 王宮侍女ロアナは、あるとき思いがけない断罪にみまわれた。 彼女がつくった菓子が原因で、美貌の第五王子が害されたという。 しかしロアナには、顔も知らない王子様に、自分の菓子が渡った理由がわからない。 けれども敬愛する主には迷惑がかけられず… 処罰を受けいれるしかないと覚悟したとき。そんな彼女を救ったのは、面識がないはずの美貌の王子様で…? 王宮が舞台の身分差恋物語。 勘違いと嫉妬をふりまく、のんきなラブコメ(にしていきたい)です。 残念不憫な王子様発生中。 ※他サイトさんにも投稿予定

『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』

透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。 「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」 そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが! 突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!? 気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態! けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で―― 「なんて可憐な子なんだ……!」 ……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!? これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!? ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆

王宮に薬を届けに行ったなら

佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。 カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。 この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。 慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。 弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。 「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」 驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。 「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」 ※ベリーズカフェにも掲載中です。そちらではラナの設定が変わっています。(貴族→庶民)それにより、内容も少し変更しておりますのであわせてお楽しみください。

逢いたくて逢えない先に...

詩織
恋愛
逢いたくて逢えない。 遠距離恋愛は覚悟してたけど、やっぱり寂しい。 そこ先に待ってたものは…

乙女ゲームの悪役令嬢の兄の婚約者に転生しましたが傷物になったので退場を希望します!

ユウ
恋愛
平凡な伯爵令嬢のリネットは優しい婚約者と妹と穏やかで幸福な日々を送っていた。 相手は公爵家の嫡男であり第一王子殿下の側近で覚えもめでたく社交界の憧れの漆黒の騎士と呼ばれる貴族令息だった。 結婚式前夜、婚約者の妹に会いに学園に向かったが、そこで事件が起きる。 現在学園で騒動を起こしている第二王子とその友人達に勘違いから暴行を受け階段から落ちてしまう… その時に前世の記憶を取り戻すのだった… 「悪役令嬢の兄の婚約者って…」 なんとも微妙なポジション。 しかも結婚前夜で傷物になる失態を犯してしまったリネットは婚約解消を望むのだが、悪役令嬢の義妹が王子に婚約破棄を突きつける事件に発展してしまう。

処理中です...