Marry Me?

美凪ましろ

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Vol.22.あなたの歴史を

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「うちは……ど田舎で。本当に。ど田舎で……」ゆったりあなたに抱かれ、あたしは顔を起こす。「超辺境だよ。マックもミスドもスタバもないし、コンビニなんて、車で行くんだよ。

 緑川っていう、有名な市の近くに住んでいて。高校まで地元。高校からは、県立の進学校が、緑川にしかなかったから、そこ、進学したの。

 親戚同士が仲がよくて。……兄がいて。実家野菜屋さんで、兄貴がお嫁さん貰って跡を、継いでる……」

 あたしを撫でる大樹の手つきはやさしい。……やさしい、目を、している……。

 どこにでも転がっているちっぽけな話だというのに。……大樹にとっては、羨ましい話なのかもしれない。

 母親が鬱。育児放棄……。あたしには、想像もつかない世界だ。

「大樹は……留学。どこ行ったの」と彼の首の後ろに手を回しそんなことを問うてみれば、「NY」と彼は答える。

「NYの学校行った記憶はあるんだけど……途切れ途切れで。いったい自分が、なにを思って生まれ育ったのか。……そこら辺を、振り返りたくなったんだ」

 苦しかったはずの過去を振り返る性格か。……自傷的だな。

 と、分析する自分は誰なのだろう。カウンセラー気どりか。と苦笑いしてしまう。

「大樹は、……どんな家庭を築きたい?」大樹の好みの、やわらかみを押し付けながら言ってみると、う、と彼は呻いた。

「そういう体勢でそういう質問するの……きついってばよ」

「悪いってばよ」

「悪びれねえもんなあ美紗は」くしゃ、っと破顔する、あなたも好きよ。大樹。「なんだろう……あったけえ家庭、かなぁ……。別に、血のつながりがすべてなんかじゃないし。向こうだと、養子とか当たり前だかんな。何故に、日本だと、あんな差別されるのか……理解に苦しむ」

 その表情からすると、彼も、……母親と血のつながりがないことで、差別されてきたに違いない。

 それに。店長は、大樹が、外国人の血が混じっている、ってことを、一発で見抜いた。

 ……気づかなかったあたしが鈍感、って説もあるんだけどね。

「……赤ちゃんとか、平気そう……?」

 ちょっと不安混じりで聞いてみれば、「勿論」と彼は答える。

「NYでもセントラルパークでよく赤ちゃんとか見かけたからさぁ。可愛いよね。外国の子どもって。……日本でも、確かに。この花見町は、ファミリータウンでもあるから、ベビーカーとか見かけるもんなぁ。子育て世代にやさしい場所だよなぁ。保育園も、児童支援センターも多いし」

 やや驚いてあたしは尋ねた。「……そこまで調べたの?」

「……会えなかった期間に、色々……」彼がしていたのは、自炊ばかりではなかったのだ。多忙な仕事に従事する合間を縫っての努力。……に、胸が熱くなる。「おれたちセックスしてるだろ。するってのは、つまり……そういう可能性がゼロではないってわけで。責任を伴うからなぁ」

「……ごめん大樹」正直に、あたしは、詫びた。「せっかくふたりで真剣な話しようとしているのに、……ごめんね。

 大樹が、セックス、って言葉使うたびに、あたし……、どうしようもなくなるの」

 なんなら涙で視界が滲んでさえ。

「感情の中枢が、……痺れたみたいに」

「お注射してくださいってやつか。よっしゃ」何故か大樹は腕まくりをすると、からだを反転させ、自分はうえに。あたしをベッドに寝かせ、肩を――支えると、首筋から、何度も何度も、吸い上げる。

 大樹の唇があたしの肌に触れるたび、大樹の愛が、胸の奥で咲き誇る。綺麗に彩られたそれらは、確かなる存在をもってして、自己主張する。――ああ。愛している……。

 指と指をしっかりと絡み合わせ、彼の舌を受け入れる。あまく――熱く、火照らせていく。からだを。こころを。

 汗をしたたらせ、あたしのうえで、荒い呼吸を繰り返す、あなたが、あたしは、大好き。

 あなたの背の後ろでしっかりと足首を固め、あなたを受け入れる器と化す。――大樹。

「好き。……大好き……っ」

「……おれも」腰の動きを止めたと思ったらぐいぐいと迫ってくる。大樹の本能が。「あ……おれ、また……っ」

「いっぱい……ちょうだい」あたしは彼の鼻筋に口づけた。「あたしのなかを、……あなたでいっぱいに、して……?」

「……くっ……」

 激しい情欲を注ぎ込んだ大樹はやがて、あたしのもとへと倒れこむ。その重みに――体温に、心地よさを覚えながら目を閉じた。

 * * *

「……あなたが、美紗さん、ですね……」

 イケメンの父親は勿論イケメン。

 ホテル内のカフェにて待ち合わせた大樹のお父さんは、休日にもかかわらず、ぱりっ、としたワイシャツに、スーツのセットアップと思われるパンツに身を包む。……親子なんだな、と痛感する。

 大樹のうす茶色い瞳はきっとお母さん譲りなのだろう。髪も瞳もやや薄茶い印象の大樹に比べ、大樹のお父さんは、黒髪で、黒い瞳で、眼鏡がお似合い……くぅっ。尊い。尊すぎる……ッ。大樹に二十五年くらい足して、黒髪漆黒の瞳にして、銀縁眼鏡をさせたらこうなるのか……目が。目がぁ……ッ。

「初めまして。中村美紗と言います」こころんなかのムスカ大佐はさておいて。あたしは、大樹パパに挨拶をする。「……お忙しいところ、お時間を作ってくださり、ありがとうございます……」

 ははっ、と笑った顔なんか、まじ、大樹に、生き写しだ。「……今日は堅苦しいこと抜きにして。楽しく過ごしましょうよ……あいつがいると出来ない話もあるでしょうし……美紗さん。座ってください。……コーヒーでいいですか」

「……はい」大樹は、急な仕事が入ったので、それを済ませてから合流するという。この、だだ広いホテルのラウンジにて、なんと……苦しみに満ちた過去の、不似合いなことか。――そして。あたしは。

 そこに、……メスを入れようとしている。

 スカートが皺にならないよう、お尻の下から膝下に手を滑らせて着席する。今日は、本当は、大樹と大樹パパとあたしの三人で、かるくお茶をしてから、篠田家に行こう、という話になっていた。

 ――妻子がいては、出来ない話もあるだろうに。ご配慮いただいたのが明白、だ。――ならばそれを。

 利用させて頂くとしよう。

 冷たいほうの、あたしが、冷たく、愛するひとの父親を見据える。冷酷に。無慈悲に。

「改めて……本日はお時間を作ってくださり、ありがとうございます」コーヒーが運ばれるのを待って口を開き、頭を下げた。「あたしは、……大樹さんと出会って、本当に、幸せです。

 彼は、……味わったことのないような、ときめきや、幸せを、あたしに、くれました。

 一生を共に生きていこうと……思っております。

 ……あ。わたしが最初に言うべきことじゃなかったかもしれませんが……」

 言って舌を出すと、またも、大樹パパは、破顔する。「いやいや。あいつも、……色々と複雑なものを抱えているもので。結婚や……再婚が、あいつに悪影響を与えていたのではないかと。懸念していた部分はあるんですよ。

 面倒くさいやつかもしれません。……が、美紗さん。

 あいつは、……あなたに、本気です。

 目を見れば、分かる」

 穏やかに笑うこのひとは、ここに至るまで、どれほどの苦悩を抱えてきたことだろう。――妻の、妊娠。出産。に伴う妻の精神の変化。鬱。赤子。泣き声……。

 激務。その果てに――

「……若輩者ですのでゆえに、お聞きしたいと思っております。多津夫《たつお》さんが、……ご結婚を決められた決め手は……なんですか」

 この発言を受けて、困ったように多津夫さんは笑った。「なんだ。あなた、やはり……」

 続くフレーズは笑みを消して発されたものだった。

 ――大樹の、生い立ちが知りたいのですね。

 *
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