Marry Me?

美凪ましろ

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Vol.23.モノクローム【大樹SIDE】

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 自分の見てきた世界はモノクロームだった。

 床は、足の踏み場がなく。布や服やタオルまみれで。シンクは常に汚れていた。――離乳食を卒業してからは、冷凍食品に随分お世話になった。

 母が――笑うことは滅多になく。疲れた顔をしていた。

 だから――笑わせようと努力した。けれど――無駄だった。

 無駄、の一言で、誰かの努力を片付けたくはない。コードレス掃除機のように。手軽に簡単に。ぼくの、本能が――拒む。全力で拒否する。

 が。

 悲しみの向こう側に一体なにがあるのだろう。母は……なにかを、諦めたような顔をしていた。疲れていた。父と、喧嘩する労力すらなく、自室でひとり、横になっていることが多かった。

 この環境を、父も、グランマも、まずいと思ったらしく。グランマが、トロントから二時間かけて車を飛ばしてやってきた。……グランマの前でだけマムは笑顔を見せる。そのことが、嬉しくもあり、悔しくもあった。

 いまはどうかまでは知らないが、ぼくが当時カナダにいた時点で、金持ちは皆、起業家で。自分で事業を起こし、皆、成功していた。或いは――企業に所属していても、オフタイムを楽しんでいた。弁護士や医者といったどんな激務に従事する人間であれ、二十時には帰宅する――それが普通、だった。

 うちの父の場合は。趣味が、ありすぎたのかもしれない。会社関係、或いは、友人知人と出かけたり会食することが多く。父自身、そのことに負い目を感じていたのかもしれない。しかし、働いてみて分かったが、仕事をするうえで、ある程度の人間関係の構築はmustだ。wantではない。

 仕事を円滑に進めるうえで、同僚とプライベートで交流を深める――のなんか、あるあるで。アメドラはなにも、盛っているのではない。事実なのだ。友達と仕事をするのが。一緒に仕事をする人間と友達になるのが。

 onとoffの切り替えをきっちりするうえで、積極的に職場の人間との交流を深める――のが一般的で。当初、父は、引きこもってばかりの母を連れ出すこともあったが、……場にそぐわない対応をし、気まずくなることもあり。また……母自身、そういった場に出ることを毛嫌いしており……どちらかといえば、父が、日本人なのに、カナダ人ばりに社交的で。母が、日系カナダ人の割には内にこもるタイプ――だった。

 勿論、そんなふたりがうまくいくはずがなく。そもそも何故、父が、母と結婚したのかが謎ではあるが……今更過去の傷を掘り返したとてなんになる。いまは、新しい母と、父は、うまくやっているのだから、そこに、ぼくが口を差し挟む余地はない。いくら、ぼくが彼の息子であれど。

 誰しも、触れられたくない傷のひとつやふたつは抱えている。そういうものだ。

 グランマは、ぼくを可愛がってくれた。グランマに頭をわしゃわしゃ撫でられるといやなことのすべてを忘れられた。ちょっと強いくらいに、グランマは、ぼくの頭を撫でるんだ。……母にはされたことのない行動だ。母は……

 ぼくが、見えていなかったのかもしれない。

 北米では、カウンセリングを受けること自体は一般的だ。日本とは違い。――が、だからといって、カウンセリングや薬の処方だけで病気が完治するか? ――否。
 
 そもそも鬱病の患者を治療するのに難しいのは、先ず、彼らにきちんと規則正しい生活を送らせ、かつ、規定量の薬を飲ませること。この二つである。むしろ、この二つさえ出来ていれば、治療は半分進んだも同然だ。――これが、難しいのだ。

 母は、自分の部屋の引き出しに薬を溜め込んだ。時折それを父に見つけられ、叱られた。そういう光景を、いつも、見てきた。……目に、焼き付いている。

『I DID take my medicine!!  What are you saying!!  Are you ridiculous??』

 父に詰問されるとひとが変わったように、母は、怒りをむき出しにするのだ。……うんざりだった。もう。現実が。

 母は、グランマが来たときや、風呂に入るときに機嫌がよくなったのだが。……勿論、男という性別であるぼくが、母と一緒に風呂に入る日々は限られており。ある時期から互いに、一人きりで入るようになった。

 向こうでは、バスタブは、日本と違って毎日使うものではなく。週末などだけのスペシャルなものだった。湯沸かし器なんかもついてない。ぼくの知る限りそういう業者はなかった。……ゆえに、毎回、湯を張る。ぼくも母も、風呂は大好きだったから、毎回、自分のために湯を張った。

 母は、多い時で一日に四回風呂に入る。……ぼくが風呂に入るのは、夕方に限られるから。母の残したぬるい湯に浸かり、別室にこもり、滅多に顔を見せない、母のことを想ったりした。――乳白色の湯を小さな手ですくいながら。

 父のことを責めることは出来ない。あのひとはあのひとなりに努力をしたのだから。忙しい合間に、母を、気遣い。母は――無視する。

 たまに、三人で食事を出来る場面になっても、母のほうから、部屋にこもってしまうのだ。やれやれ、と父は肩をすくめ、ぼくから、学校や、友達の話を聞きだした。

 この環境をよしとしない大人が相談に乗ってくれることはあれど……基本、他人は、他人の家庭に干渉しない。父も、休みを利用して、鬱病患者の家族の集い、みたいなものに出席したりして見識を深めていたようであれど……暖簾に腕押し。母には、なにをやっても効果がなかった。

 そうこうしているうちに、父に、NY転勤の辞令が出された。辞退すれば出来るものだったらしいが、NY支社は、歯ごたえのあるフィールドだったらしい。勿論、カナダの田舎町よりかは、スタイリッシュな場所であり。野心家であり成功者でもある父が、惹かれたのも無理からぬ話だ。――ぼくたちは、NYに移住した。そしてその決断が――

 ぼくたちの間に、決定的な溝を生み出すことなど、知ることなどなく。

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