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act19. 狙われた彼女
しおりを挟む逸る気持ちを抑え、ゆっくりとコンビニに入る。
立ち読みする趣味などないが適当な雑誌を手にとる。読み始める振りをし外を行き交うひとのなかに怪しげな人物がいないかを目で探す。
(見つけた)
見なければよかったと後悔をするがもう遅い。年齢は、二十代後半から三十代前半といったところ。独身男性。私服だが仕事をしていないのだろうか。
こっちを見ている。
何回もジャンプして、彼女の姿を確認している。傍から見れば相当怪しい人物だが、誰も気に留めやしない。店員が訝しげに視線をおくるがせいぜいだ。
彼女は振り返って、あの怪しい男が自分以外を探している可能性を検討した。レジに二人店員がいるだけ。両方男性。店内に女性は自分ひとり。
意を決し、彼女は手に持つ雑誌を閉じた。
(逃げるしかない)
この店には幸い出入口が二箇所ある。ゆっくり雑誌を手に、レジに向かう。大学生らしき店員は無表情で雑誌を受け取る。
彼女は小声で囁いた。「すいません。変なひとに追いかけられているみたいなので、ごめんなさい、雑誌、買わないです」
大学生の顔を間近に見た。きょとんとした表情。だが彼女は続けた。
「もし聞かれたらあっちの出口を右に行った、って答えてくれますか」
「ええとはい。分かりました……」
その返事を受けて、彼女は、左手の出口から出る。と急いで走りだし、左に曲がり、建物の物陰に身を潜めた。
鼓動が速い。右を見ればごみ箱。野良猫がお座りをしていた。にゃあ、と一声鳴いたので、彼女は焦って人差し指を立てた。
(しぃーっ)
理解したのか分からないけれど、野良猫は、目の前を通りすぎていった。
物陰に身を潜め、待つ時間がものすごく長く感じられた。十分くらい待てばいい、と思っていた。居なければ諦めもつくだろう。それでも、建物から顔を出してさっきの男がいるかどうかを確認する勇気もない。
だから結局二十分以上その場で待った。
恐る恐る、顔を出した。……誰の姿もなかった。
拍子抜けしつつも、さっきのコンビニを通りぬけ、家路についた。
* * *
「えぇーっストーカーってことっすか!?」
「しぃーっミカちゃん声が大きい」後輩の道林に指を立てて注意するのなんか何十回目だろう。いつもいつも注意している気がする。
……幸い、周りを見ても誰も彼女たちに関心を向けていないようだったが。
ごほん、と咳払いをして彼女は話を続けた。「……うん。若い変な男のひとに追っかけられた」
「違う可能性ないんですが? たまたま帰る方向が一緒だったとか……」
「あたしが雑誌立ち読みしてたらぴょんぴょん飛び跳ねて顔確認してんだよ?」
「……気持ち悪いっすね。で、相手の顔見たんすか」
「見た。ごくふつー……、なだけにたち悪いって感じ」
「怖いっすねー帰り気をつけてくださいよ」
この後輩のつぶやきは届かなかった。
* * *
「ひっ……!」
下に封筒が落ちているのを見て、落として放置しておくだらしない住民もいるものだと思ったが。
自分の部屋の郵便ボックスががら空きだった。鍵は壊れていない。扉のうえの隙間から手を突っ込んで無理矢理取り出したのか。
自分宛ての郵便物を拾い集める。開封済み、未開封のものと様々だ。下着通販のダイレクトメールが開封済みだったのがなんとなく気持ち悪かった。
郵便物を拾ったあと、改めて郵便の鍵を開ける。と。
声にならない叫びを彼女はあげた。
写真が一枚、入っている。
物陰に隠れていた自分。昨日のだ。
(もう無理、怖すぎる……!)
震えを感じ、彼女は自分を守るように肘を押さえた。
と。
携帯が鳴った。
慌てていた彼女は携帯を落っことしてしまった。拾いながら通話ボタンを押す。「はい」
「紘花か?」
「お、父さん……」彼女はその場に座り込みそうになった。
力が入らない。
「どうした? なんだか泣きそうな声色をしているが」
父の声色こそどうしてこんなに優しいのだろう。
「ちょっと変なことが、……あって」彼女は携帯を右に持ち替え、郵便ボックス内のすべての郵便物を取り出しながら、いままで起きたことのすべてを話そうとこころに決めた。
* * *
「……で。お父さんはなんて言ったんですか」
「すっごく心配してた」ふうと彼女は息をつく。「あー、もう、あたし馬っ鹿だよね。ぜーんぶ話しちゃった。心配かけるだけって分かってるのに……」
せっかく作ってきた弁当が美味しく感じられない。
気分と味覚は著しくリンクをする。
「週末。来るって。お父さん」
「榎原さん一人娘なんでしょう? そりゃあ心配しますって。一人娘上京さしたんじゃ……」
実の一人娘というわけではないのだが。
彼女は、生い立ちをごく限られた人間にしか明かさないようにしている。道林は無論知らない。
「でももっと馬鹿なのが……」彼女は視線を落とした。「いますぐにでも帰って来いって剣幕だったから。警察なんかに届けてもあてにならないって言ってたから、だから、だから……」
もはや彼女は泣きそうだ。
道林は彼女に尋ねた。「それで、どうしたんすか?」
「彼氏が、守ってくれるって……」
「え」サンドイッチを食べながら道林はあんぐりと口を開けた。
「だってだって、……帰り道に変な男がつけられてるって聞いたら心配するから、でも、彼氏がボディガードしてくれてるから、心配ないって、嘘……、ついちゃって……」
「お父さん彼氏に会わせろって言ってきませんでした?」
「ずばり、そお……」もはや榎原の目から涙がこぼれ落ちそうだ。「……彼氏なんて、もうとっくに別れたし、いないのに……」
「あーあー大変ですね先輩も。……でも彼氏候補だったら、
いるじゃないっすか、いい相手」
「へ……?」ハンカチで下まぶたを押さえながら彼女は見あげた。
くいっと道林が親指で指し示す先には――。
*
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