恋は、やさしく

美凪ましろ

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act24. 招待夢~show time~

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「え」

 携帯のディスプレイを見たときに、見間違いかと思った。

 確かめるべく、急いで店の外に出て、電話に出る。「もしもしっ」


「紘花?」


 ――ああ。

『彼』の声だ。一方的に別れを告げられた相手なれど、かつて恋い焦がれた男の声だ。懐かしさに目の奥が自然熱くなる。

「久しぶりだね、啓太……」情感のこもった言葉が出てくることに、彼女は、驚いていた。

『彼』と話すことなんて、あのとき以来なのに。

 彼女の胸中知らず、相手は遠慮がちに切り出す。

「ああ。……ちょっといま時間いいか」

「いまお父さんが来てるの。ちょっとだけなら平気だけど……」戸惑いながら彼女は答える。

「おう、そっか」電話の向こうの元彼氏が姿勢を正す気配がする。静かだ。

 誰か隣に居るのだろうか。

 と思ったときに、


「おれ。結婚する」


 意外なる告白を受けた。


「え。え、え……」思考が、ついていかない。「……って当然、知奈と?」

「おう。それが、……できちゃって、な……」

 あんぐり、口が空いてしまう。

 首を振り、思考回路を回復させようと試みる。

「そうなんだ。おめでとう」それでも、出てきたのは極めて常識的ないち社会人らしい台詞だった。

 そういう言葉が出てくることに彼女自身ちょっと安心する。

「そう。ありがとう。それで、な、……」また間が空く。「ああ、ちょっと、替わるわ」

 すこしの雑音。そして物音。

 息を呑む人間の気配。

「紘花……?」

 彼女の耳に届いたのは、懐かしい友人の声だった。

「ああ、知奈……久しぶりだね、こないだ話して以来だね」

「あの、ね……紘花。なんて言っていいか、わたし、わたし……」電話の向こうの人物は、こみあげる思いを抑えられないようだ。

 不思議と、それだけで胸がいっぱいになる。

 かつて、苦楽を分かち合った友達同士だった。

 たとえいまは離れていたとしても。

「知奈……。いま、啓太から聞いた。おめでとう。本当に、おめでとう。……赤ちゃん、順調に育ってるの?」
「うん、うん……、ありがとう」泣きながらも必死に答えている様子が伝わってくる。「ごめんね、紘花……。こんなことになっちゃって」
「おめでたいことなんだから、そういうふうに言わないの」彼女は軽く叱るように言ってみた。「式とか挙げるの?」
「挙げる、つもり、……それで。その、……紘花にも出て欲しいなって……」
「うん。喜んで出席させて頂きます。……良かったね。ウェディングドレス着た花嫁さんになるの、知奈の夢だったじゃない」

 学生時代の友人の夢を思い起こす。

 彼女は、バリバリ働く会社員になりたいと願っていた。

 一方で、南雲知奈の夢は、『普通のお嫁さん』。子どものためにパンケーキを焼くような、平凡で、ありきたりな主婦になりたいと、目をきらきらさせて語っていたものだった。

 対照的な夢に、打ち明けたときは互いが互いに吹き出したものの、それでも結局、お互いが、お互いの夢が叶うように、学生の頃は、願ったものだった。

 懐かしい学生時代の記憶を友人も共有している。

「うん。うん……」涙ぐむ知奈の声に、一気に距離が縮まる感じがする。彼女も同じ、きらきらした学生時代の記憶を思い起こしているはずなのだ。「それで、九月の十五日なんだけど……三連休の最後の日の」
「大丈夫だと思う」彼女はすぐに答える。「予定は入ってないし」
「招待状、あとで改めて送るから……」
「うん。待ってる。……つわりとか大丈夫?」
「結構キツイ」ここで初めて友人は笑った。「毎日酸っぱいもの食べてる」
「そうか、……じゃあ、お大事にね」言ってから、彼女は、妊婦に『お大事に』と言うのも変かもしれないと思った。
「うん、ありがとう……」
「式の準備も大変だと思うけど、頑張ってね。楽しみにしてるから」
「うん、うん……じゃあ、またね、紘花……」
「うん、ばいばい」

 笑顔とともに彼女は電話を切った。

 話してみれば不思議と距離は縮まるものだ。

 連絡を取らないあいだは、相手が自分のことをどう思っているかなど分からない。信じる力を過信し、相手を放置してしまい、終わったのがあの苦い恋の結末だったが。


 自然と、受け入れられる自分が、そこには居た。


(あたし……、嬉しいんだ、二人のこと)


 子どもができるなんて奇跡的な確率。元はといえば二人とも大切な人間だ。その二人が結ばれたのだから、祝福すべきかもしれない、と彼女は思った。


 元彼氏に対する複雑な想いが無いわけでは無いけど。


 それでも、晴れの日には晴れやかな顔をして臨もう、と彼女は思ったのだった。


 *
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